1.ラムネの葛藤

「......んで?お前いくつだ?」



後悔半分、責任半分ってところか。

あの中年の男に言われるがまま、色雨の弟を自分の家に連れてきてしまった。

こんな暑い夏の日に、飛んだ災難だ。




「ハイ!浜 真空 !今年中学に入学した十二歳! 」




思ってたより、元気だった。

常に死んだ魚の目をしていると言われていた俺が、この少年とウマが合うはずがない。

驚くほどに正反対だ。

まるで、太陽と屑(クズ)だな。




「そうか。元気が無駄にいいな。

玄関入って右側が風呂、左側がトイレだ。

ここ、アパートの二階だからあんまり下に響かない様に......っていねぇ!?」




遊び盛りの中一をナメていた俺が甘かった。

ある意味恐竜と化した、少年が俺のリビングを荒らしまくる。

......ったく、だから子供は嫌いなんだよな。




「ねえねえ!これって音なるの!?」




「ん?あんまり荒らすなって......うおあ!!」



ちょっと待て!それは俺の商売道具のトランペットだぞ!

コイツ、目ギランギランさせてやがる......

気づいたら、喰らいつく恐竜から奪い取ってた。

俺って大人げねぇ。




「えー、聴きたかったのになー。

真空、音楽とかすきだけどなあ」




少ししょげてる顔なんか、色雨にそっくりだ。

よく、二人でアイスなんか食べて俺だけ当たりの棒引いたりして

「もう!なんで、私だけハズレばっかり引いちゃうのよ」

そういう時は、片頬を膨らせる癖がある。

アイスは俺たちの思い出だ。

......あ、アイス、冷凍庫にあったっけ。






「......ん、ラムネバー。嫌いか?」


運良く、残り二本になっていたアイスバーを一つは既に俺の口の中に、

残りの一つは、しょげたままの少年の目の前に突き出した。


「いいの?真空、ラムネは夏の空の色してるから大好き!」


純粋過ぎる満面の笑顔。


......子供って単純だな。






「......美味いか?」



久し振りの一人じゃない至福のアイスタイム。

キッチンとリビングが一緒になった狭いスペースに置かれた、小さいちゃぶ台に

小さい子供と食べるアイス。



なんか歯痒い。





「真空の大好きな味!ありがとう、おじさん!」


おじさん.....!?


これでも一応生まれてから、24年しか経ってないんだが。


さぞかし不服そうな顔をしてたんだろう。

少年は、不安そうに俺の顔を覗き込む。



子供ってなんでも表情がオーバーだから気が狂う。


「じゃあ、おじさんの事なんて呼べばいい?」


おっと、ここに来てやっと

まともな疑問を投げかけて来た。



「そうだな......苗字が川野だし、

川野さんとかでいいんじゃねぇのか?」


「うん!じゃあ間とって川ちゃんにする!」



なんで間とったの!?

そんな俺のツッコミには気付くはずがなく、

俺は、お決まりのお返しをしなくてはならない。


「じゃあ、俺はお前をなんて呼んだらいいんだ?」


少年はアイスを少しかじって考えてから


「真空でいいよ」


と、言った。


「そうか.....じゃあ真空って呼ぶよ」




空はまだ明るくて、

目を背けたくなるほど眩しい太陽が

俺たちを照らしてる。




「......ねえ川ちゃん」



真空は、食べ終わったアイスの棒をクルクルと両手で回しながら

俺をじっと見つめて来た。





「.......どうした?」






「僕を......引き取ってくれて、ありがとう」





俺は何も言えなかった。

黙って、ラムネバーの最後の一口を

かじる。

俺には爽やか過ぎる甘味が喉を通り過ぎて、溶ける。




「......あ、当たり棒」



不覚にも当たりの棒を引いてしまった。


喉にはまだほんのり、夏の風味が残っていた。




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