第15話 憎悪と魔王 1

「ならばぜひ聞かせて貰いたいものだな、〈代行者〉とやら」

シオンは一気に70の魔法を同時に展開する。

宿魔者ホルダーの体と魂を乗っ取って、お前達は何を企んでいる?」

そして一斉掃射。火焔の天使の時よりも、威力が増しているが、憎悪の天使ーーいや、代行者が持つ深紫の神器から発せられた紫光に触れると、全ての魔法がグズグズと腐食し、崩壊する。

「『知れた事。我が主を復活させるためである』」

「憎悪神と戦乱神は、俺とアーネストが滅ぼした」

「『否』」

代行者が剣を振るうと、シオンの足元に黒い円が出現する。

「『汝が滅ぼしたのは、唯の入れ物』」

円からドス黒い魔力の槍が幾重にも飛び出してくる。

咄嗟に複合魔法〈隔世障壁ランページ・バルク〉で防御するが、槍が触れた所から魔法が腐食され、ボロボロと崩れていく。

「『神の力は、その程度では傷つかぬ』」

シオンは〈終末の魔眼〉で槍を破壊して、鋭く踏み込み、代行者へ依代の剣を突き出す。

しかし、それも深紫の神器に弾かれる。

「『神は永劫不滅の存在。入れ物を何度壊そうとも、その力は、秩序は消えぬ』」

ドクン、と代行者のもつ神器から魔力波が放たれる。

黒と紫が混ざりあった嫌な魔力。シオンはすぐに〈防護魔法シールド〉と〈反魔法アンチスペル〉を重ねがけして身を守るがー、

『うわ、なんだこれ!?』

『ひっ、き、気持ち悪い…』

『なんだ…頭に何か入ってくる…!』

カレンに繋げていた〈通信魔法テレス〉越しに、クラスメイトの悲鳴が聞こえた。

「シオン君っ!?」

「こちらは大丈夫だ。お前は?」

「わ、私は、アル君が守ってくれたから…。でも他の皆が…!」

ふむ、とシオンは思考を巡らせる。

そして、今、自分が防いでいる魔力波を魔眼で解析して、気付く。

「カレン、そこから離れろ!」

「え…?」

瞬間、カレンのいる辺りから、かなり強い魔力が複数現れた。

目の前の代行者とそっくりな魔力が。

「なるほど。その神器は相当高いレベルの〈魂魄魔法アニマ〉と〈精神魔法メント〉を行使できるのか。つまり、その能力の本質はー、」

「『然り。我が主を宿す神器、〈怨絶剣アルガビオン〉。その権能は、〈魂魄支配〉。あらゆる生物は我が傀儡となる』」

ふむ。となるとかなり厄介だ。

精神支配でなく、支配。

つまり、他人を操るだけでなく、天使や神の魔力を与えて、一時的に他人の能力を底上げする事も可能ハズだ。

そして、魂は個人を個人と確定させている、いわば、その世界での在り方を決めている代物だ。それを支配できればどうなるか。

「きゃっ!?皆どうしたの!?」

カレンの声が聞こえた瞬間に、シオンは怨絶剣を〈終末の魔眼〉で睨んで力を停止させ、カレンのいる場所へ〈遠視の魔眼〉を向ける。

そこでは、カレンを除いた全員が禍々しい魔力の翼を纏い、武器や魔法を構えてカレンを取り囲んでいた。

放つ魔力が人族のモノではなく、天使のソレに変わりつつある。

恐らく、これこそがこの神器の真骨頂。

対象の存在の格を引き上げる能力。

シオンも似た魔法は使えなくもないが、制約や限界がかなり厳しい。

だが、目の前の天使と神器は魔法そのものの限界を軽々と突破している。

「カレン。そいつらは天使に操られている。このままでは取り返しのつかない事になるだろう。殺さず無力化しろ」

「またっ、無茶苦茶をっ!っと危なっ!?」

シオンの指示を聴きながらもカレンは器用に魔法が集中放火される中、ぴょんぴょん飛び回って回避している。

まあ、向こうはなんとかするだろう。あれでも神器を従える宿魔者ホルダーだ。そう易々とやられはしない。

そして、シオンは魔眼を切り、目の前の代行者に視線を戻す。

「さて、取り敢えず二次被害の増加は防いだか。さっさとアイツらに掛けた魔法を解除して貰うぞ」

「『無駄だ』」

「そうか?」

シオンは魔力を解放して依代の剣を構える。

「『気付かぬ程、汝も愚かではあるまい』」

「ほう。なんの事だ?」

シオンは、〈大炎魔法メガ・フレア〉と〈大雷魔法メガ・ライトニング〉を15個ずつ展開し、放つ。

それらを一瞬で斬り捨てた代行者は続ける。

「『戦争の火種が、あちこちに散らばっている事に。両種族の憎悪が、表面上でしか薄れていない事に。その根幹に、魂に刻まれた怨嗟と憎悪は消えていないと』」

代行者が怨絶剣を振るえば、幾重にも魔力斬撃が放たれる。

それらを回避しながら、シオンは距離を詰める。

「些末な事だ。千年以上も争い続けた者達が、そう簡単に和解はできぬ。ゆっくりと、歩み寄るしかない」

依代の剣に魔力を纏わせて怨絶剣を受け止め、ゼロ距離で〈神殺紅雷槍ロンギヌス〉を放つ。

だがー、

「『無意味である』」

すぐに引き戻された怨絶剣によって〈神殺紅雷槍ロンギヌス〉が

「『もう分かっただろう。汝の力の総量が、101事にな』」

「…」

「『それは罰だ。秩序を狂わせた反逆者に、神が与える罰。天に背きし愚か者は、その剣と叡智を奪われる』」

代行者は、剣先をシオンに向ける。

「『神威魔法〈紫怨絶斬ギルヴァン〉』」

代行者の魔力が神器の魔力と一体化し、深紫の魔力が剣身を覆う。

「ほう。ここに来て神威魔法か。なんだ、存外お前も焦っているのではないか?」

「『否』」

怨絶剣が振るわれる。

シオンはそれを紙一重で回避したー、

瞬間に刃を覆った魔力が急に薄く広がり、大剣の形を模す。だが、所詮は明確な実体のない魔力の塊。その程度ではシオンを傷つける事など出来ない。

そう、思っていた。

だが、その魔力の大剣はシオンの胴を大きく斜めに切り裂いた。





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