第12話 決闘と前夜
その日の夜ー
王都に住む貴族達の屋敷が軒を連ねる地区の一角に、一際目立つ屋敷があった。
伝説の剣士、ゼラ・ミストレアスの子孫であるミストレアス公爵家の屋敷だ。
その広大な庭でリリアは鉄の剣を構え、じっと木製の的を睨んでいた。
そして、息を大きく吸い込み、気合い一閃。
「ハッ!!」
風をも置き去りにするかの如き斬撃。瞬く間に的が三等分されて地面に落下する。
今の時代の者では視ることすら困難な攻撃。だが、それを放ったリリアはとても不機嫌そうにしていた。
「なんなのよ、アイツ…!」
原因は、学院でシオンにかけられた言葉だ。
『そんなものはただの猿真似だ』
偉大なる初代ばかりか、その技を受け継いできたアストレア家そのものを侮辱する言葉。
家格と血統をなによりも重視するこの時代での貴族批判は重罪だ。
リリアが家に報告すればシオンはすぐさま処刑され、カレンのユークリアス家は改易となっていただろう。
だが、リリアはしなかった。いや、できなかった。
シオンのあの言葉は、まるで、幻閃剣を汚しているのはお前達だ、と言っているように感じたから。
あの魔族の眼には、強い憤りと形や振り方を真似て、受け継いだつもりでいる自分達への侮辱が宿っていたから。
そして、その言葉は、正鵠を射ていた。
リリアは背後に気配を感じて振り向く。
視線の先には、でっぷりと太り、脂ぎった肥満体に必要以上に華美な服を着た男がいた。
この全く剣を持つ者に見えない男がリリアの父、バレル・ミストレアスだ。
後ろでは、見目麗しいメイド達を侍らせている。
「リリア、どうかしたのか?」
リリアはすぐに表情を切り替える。
「いえ、なんでもありませんわ。昼間に会った、少し舐めた口をきく魔族と娘を思い出してしまっただけです」
極めて事務的に告げる。
「ほう。選ばれし勇者の血統である貴族に盾突くとは、教育がなっていないなぁ」
バレルが下卑た笑みを浮かべる。
この男は、権力を良いように使って、数多の女性達を〈貴族批判への罰則〉という名目で嬲り殺してきた。
今も、脳裏では見知らぬ少女を痛めつける妄想にふけっていることだろう。
親と思いたくない程のクズだ。
「いえ、お父様の御手を煩わせる程ではありません。相手は学のない魔族に病弱で碌に家から出たことも無い小娘ですから」
そう言うと、バレルは少し落胆しながらも身を引く。
「そうか、ならば良い。我ら貴族の崇高さを、馬鹿共に叩き込んでやれ。我らには、勇者の声が味方しているのだからな」
そう言い残して、バレルは屋敷へ戻っていく。
父の背を見送るリリアの眼は、非常に冷たかった。
「なんで、そこらの魔族にも分かる事を、あの人達は理解してないのよ…」
剣を握る手に自然と力が籠る。
「私達は、誇りを持って戦い、民を護り抜いた勇者の子孫なのよ!?それなのに、今の貴族は、国を、民を、守るべきモノを何だと思ってるのよ…!」
リリアはこの平和な時代では珍しく、強い選民意識を持っていない。
同じ思いを抱える同士を見つけ出し、共に研究と訓練に明け暮れる模範生であった。
だが、絶望した。そこで歩みを止めてしまったのだ。
何故なら、自分達はこの時代で敵う者がそういないレベルまで駆け上がってしまったからだ。この世界ではこれ以上強く、正しくなれない事が分かってしまった。
昔の事を調べれば調べるほど、今の人族の愚かさが自分達に突きつけられた。
あの強く、誇り高かった勇者は、いつしか貴族と名前を変え、その力を背景に欲望を暴走させ、堕落した。
そして、弱くなった自分達では不満を持つ民を押さえつける事が出来ないと分かれば、教育を変え、貴族絶対優位の思想をそこかしこに植え付けた。
そんな世界をただ見る事しか出来ない自分にも腹が立つ。
そんな時、リリアはまだ実力主義が残っている魔王都に悔しさと憧れを持つのだった。
そして、そんな独白と葛藤をシオンは何キロも離れた自宅の屋根から視ていた。
もちろん素の視力ではなく、魔眼の1つである〈遠視の魔眼〉で。
「ふむ。まともな思考を持つ者もいるのだな」
シオンは、遠視の魔眼だけでなく、〈
この魔法は平たく言えば、魔力線を繋いだ相手の心の声を聴く事が出来るのだ。
尋問にも使われるこの魔法は隠蔽性が殆どない。大戦の時代なら魔力線を繋ぎ、魔力を注いだ瞬間に逆探知されるのが常だったが、この時代の人族にはシオンの魔力は強大過ぎる。あまりにも強いので感覚が麻痺してまい、気づかれる事は無い。
故に、こうして堂々と盗聴紛いの事をやっているのだ。
リリアの父が何やら気になる事を言っていたが、今は情報が無い。
ひとまずリリアの本心が知れただけ儲けものだ、と魔法を解除する瞬間、リリアの魔力を通じて声が聴こえた。
『何を躊躇う…、殺せ…、滅ぼせ…、あの世界の異物を…、消しされ…』
ノイズの混ざった、不快な声だ。
その声は、どす黒い憎悪に染まっていた。
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