第9話 差別と蹂躙

聖王都についてから三日後、王立魔法学院の入学試験の日がやってきた。

「それじゃあいってきますね!マリアさん、セブさん!」

「「いってらっしゃいませ」」

そうして、シオンとカレンは通学路となる予定の道を2人で歩く。

「ふむ、やはり視線が集まるな」

訝しむような視線、あからさまに侮蔑する視線、憎悪がこもった視線があちこちからシオンに集まる。

その上、貴族階級の人間が人口の3、4割を占めるだけあってなかなか選民意識の高そうな輩が多い。

道行く人もほとんどが人族の血が濃ゆい混血か、純血だ。

「もう…!魔族だからって差別するのはどうかと思うな!」

カレンは少々ご立腹のようだが、ポンポンと頭を撫でて静かにさせる。

更に数分歩くと、目の前に巨大な白亜の砦が現れる。門の上には『王立魔法学院』と書かれた立派な看板が取り付けられているので、ここが目的地のようだ。

「懐かしい。人族を死守する最後の砦、ダラル・カターテか」

大戦の時代、魔族の猛攻から人族を守り切る程の鉄壁の防御力を誇る砦だ。

なにせダラル・カターテの背後には人族の国、キャメロット王国の首都と軍の本拠地である聖城が控えていたので兵は強者揃いの上に、神器使いと多数の宿魔者ホルダーが控えていたし、数多の超物騒な罠が仕掛けられていた。

「シオン君はここに来たことがあるの?」

「大戦の時代にな。まさかここを魔法学院にするとは思いもしなかったが」

確かに設備は最高級のものがそろっているだろうし、今の時代の者が魔法を撃ちまくった位ではビクともしないだろう。

そのまま門をくぐって受付を済ます。

「確認しました。カレン・ユークリアス様、シオン・クロスロード様、あなた方に聖王の加護があらんことを」

入ってすぐの広場ではすでに沢山の若者が各々待機していた。

王立の学院に入学しようとしているだけあって大戦の時代には遠く及ばないが、そこそこの魔力を持つ者が多い。

「へぇぇ、凄いところだねぇ」

カレンは思わず感嘆の声を上げる。

まあ、無理ないのかもしれない。

磨きあげられたかのように輝く白亜の建物、あちこちに設置されている最新鋭の設備。なかなかどうして、魔法技術は退化しているものの、以前と変わらない壮麗さを保っていた。

「シオン君の会場はどこ?」

「第3会場だな」

「ありゃ、離れ離れになっちゃうね」

カレンが残念そうに言う。

「どの道、会うのは合格してからだ。ほら、行ってこい」

「うん、頑張るねっ!」

と、綺麗な黒と銀の髪をなびかせながらカレンは自分の会場へ歩いていく。

その美貌ゆえか、髪色のせいか(カレンの髪は魔法により、全体の3割程を黒く染めている)やたらと注目されていたが。

そんなカレンを横目にみながらシオンは配られた紙に書いてある試験ルールを確認する。


1、試験は実技、教師との面接を順に受け、それぞれ規定の点数を満たさないと不合格となる

2、この学院内では身分、出自は関係なく、あらゆる生徒が同等に扱われる

3、不正、妨害行為を行った者は即失格となる

4、ただし魔族の受験者に限り、得点調整が行われる可能性がある


「…何が同等だ馬鹿め」

遠回しに魔族は受からせる気はないと言っているようなものだ。どおりでこの都市がやけに魔族の血が濃ゆい者が極端に少ないはずだ。

しかも先程からやたらとシオンは注目されている。

理由は言わずもがな、純血の魔族だからだろう。

するとー、

「おいおい、こんなところに魔族が何の用だ?ここは聖王都だぞ?」

横からチャラけた声が掛けられるが、普通にスルー。

「ほんとに大丈夫か、ここ」

「おいっ!!貴様、聴いているのか!?」

流石にうるさいので、シオンはようやく声の主を見る。

いかにもという印象を受けるチャラ男がいた。後ろには取り巻きが数人立っている。

「ああ、すまない。あまりにも存在感が稀薄だから気づかなかった」

「んな!?」

シオンの不遜な物言いに周囲からざわめきが漏れる。

「や、やべえぞあの魔族…」

「あの冷酷なヘイルに目をつけられたら、タダじゃすまないぞっ」

「おいおい止めてくれよ…なんで本番前に血の海を見なきゃいけないんだ…」

周囲の反応からするに、この時代ではそこそこの実力者のようだ。

「貴様、この俺をバリスト子爵家の嫡男と知っての言葉か?」

ヘイルと呼ばれた男が額に青筋を浮かべて聞いてくる。背後の取り巻きたちがあ、やべっというように距離を取り始める。

「いや、知らんな。そもそもここへは三日前にきたばかりだ」

「なら、冥土の土産に教えてやる。俺はバリスト子爵家の、ヘイル・バリストだ!」

「ほう、やけに高慢だと思ったが貴族か」

身分は関係ないハズだし、これはれっきとした妨害行為の筈だが、広場に常駐している教師はニヤニヤと面白そうにこちらを見ている。

どうやら形だけのルールのようだ。全くもって下らない。

「ここはお前みてえな平民の、雑魚魔族が来る場所じゃねえんだよ、消えな!」

ヘイルがそう怒鳴った瞬間、彼の周りに魔法式が帯のように現れ、バチィッ!と高圧電流が発生する。

当然シオンに直撃するがー、

「…これは何のイタズラだ?」

「な、なななっ!?」

服が少し焦げただけで、何の傷もなかった。

シオンが常時纏っている、少量だが他者とは比べ物にならないほど高密度の魔力に魔法が相殺されたのだ。

「というか、イタズラでももう少しまともな魔法を撃つと思うが」

「貴様・・・俺の雷魔法ライトニングがただのイタズラだと言っているのか!?」

「違うのか?あまりに魔法式が稚拙だったのだが」

そう言うとヘイルは更に顔を真っ赤にして叫ぶ。

「もう許さんぞっ!消し炭になれぇっ!!」

ヘイルを中心に先程のイタズラとは比べ物にならない魔力が集まる。

「や、やべえ!ヘイル様がアレを撃つぞ!」

「離れろぉぉ!!」

「いやぁぁ!?」

周りの人間は慌てふためいて逃げていく。

何をするつもりだろうかと考えていると、ヘイルの魔法が完成する。

「これで終わりだぁぁ!〈大雷魔法メガ・ライトニング〉ッ!!」

正真正銘の雷がヘイルの手元から放たれ、着弾し、そこそこの爆発を起こす。

「は、はははは!見たか、こ大戦の時代より受け継ぎし我が至高の雷魔法ライトニングを!」

そうやって高笑いするヘイルを尻目に、周囲の者は感心と恐れが半々と言った視線を向けている。

「まじかよ…なんだあの威力」

「これが大戦の時代から続く名家の力か」

「軍人でもあんなの撃てる奴なんてほとんどいないのに…」

皆、戦々恐々としている。

「はーはっはっはっは!この俺にかかれば魔族なんざ怖くもないぜ!」

「ふむ。多少なりともまともな雷魔法ライトニングを使える者はいるのだな」

「はーっはっはーはあっ!?」

だが、雷をその身に受けてもシオンには傷一つついていなかった。

「あまりにも魔力の扱いが雑だがな」

「き、貴様っなぜ死んでいない!?」

「おかしな事を言う。ただの雷魔法ライトニングなど、防御してくれと言っているのと同じだろうに」

「ふざけるなっ!!俺が使ったのはあの大魔法《

メガ・スペル》だぞ!避けるどころか防ぐことさえ出来ない筈だっ!!」

それを聞いてうそだろ、とシオンは額に手を当ててため息をつく。

まさか魔法理論どころか、強弱の基準でさえも劣化しているとは思わなかったのだ。

先程から喚いているヘイルは大魔法メガ・スペルを使ったと言っているが、あれは大戦の時代だったら誰でも扱える最下級魔法に分類される威力だった。

「まあ、悪かったな。まさかあそこまで弱いとは思っていなかった」

ここで余計に神経を逆撫でするのも、魔王クオリティ。

「〜ッ!こ、このー」

「しょうがないから見せてやろう。大魔法メガ・スペルを」

ヘイルがまた魔法を展開するより遥かに早く、シオンが魔法式を組み、魔法を完成させる。

大雷魔法メガ・ライトニング

ズドオオオッ!!と凄まじい魔力を内包した雷撃はヘイルごと周囲を軽く吹き飛ばしながら広場の一部にクレーターを作り、黒焦げになったヘイルが横たわっていた。

周囲の様子を軽く探ってみるが、どうやらヘイル以外に死人も怪我人もいないようで、少し安心する。

そしてー、

「やれやれ、この位で死ぬとは情けない。〈蘇生魔法ネクロン〉」

シオンは黒焦げになったヘイルへ蘇生魔法ネクロンを使う。

肉体と衣服が再生され、ヘイルはハッと目を覚ます。

「な、お、俺はっ!?」

「1度死んでから生き返った気分はどうだ?」

「ひ、ひいっ!?」

シオンが近づくと、ヘイルは腰を抜かして後ずさりする。

「お、お前、俺にこんなことしてタダですむとー」

「それはお前がここから生きて帰れたら、の話だろう?」

シオンの軽い〈威圧〉にヘイルどころか周りで事の顛末を見ていた野次馬さえも顔を青くし、体を震わせる。

「それとも、記憶をいじって今日の事を無かったことにする、でもいいが」

右手に魔力を集めながらシオンはジロリ、と周囲に視線を向けるとー

「「「う、うわぁぁぁぁぁ!?」」」

それだけで、野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

一瞬でシオンの周囲には誰も居なくなった。

「なんだ、これでは話にならんな」

(((お前が化け物なだけだっ!!)))

その場の全員が、心の中で突っ込んだ。


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