第8話 2人目の裏切りと宣戦布告
今度こそ、ソリドは精も根も尽き果てて倒れる。
「ぐう・・・シオン様、申し訳ありません・・・」
「よい。なんの罪にも問わん。何があった?」
ソリドは、とても悔しそうな、それでいて悲しそうな表情をする。
「裏切りです・・・三魔将の1人、セリカ・オルフェンドが混乱に乗じて、魔族側の要人達を魔法で洗脳したのです・・・」
セリカ・オルフェンド。〈
その実力はソリドと比べてもなんら遜色のない、銀髪の美女だった。
「情けない、話です。我々は一番近くにいながら、彼女の心の内に燻る闇に、気付く事ができなかった・・・」
「そうか・・・」
「シオン君っ!」
戦力増加を避けるために魔方陣を破壊しに行っていたカレンが戻ってくる。何やら慌てている様子だ。
「どうした?」
「大変だよ!あちこちから沢山の魔獣が集まってきてるの!」
「ほう・・・あの魔法陣は強い魔力で魔獣を引き寄せる狙いもあったか」
「は、おっしゃる通りです。我々が下された命は、シオン様を出来うる限りこの町に留めておくこと。私も、あの魔法陣もその仕込みです」
ふむ、とシオンは思考を巡らす。
「わ、私が熾焔剣でー」
「まだ一度も成功していないだろう。暴発させる未来しか見えん」
「シオン様。ここは我々に任せて先にお行き下さい。なに、この程度の数、ものの内にも入りません。すぐに追いつきます」
「…なんか危ない気がするから却下だ」
シオンはそういう話を信じている訳ではないが、今のソリドの様な事を口にした者はだいたい死ぬ。
「これも、お前の計算の内か?セリカ」
空を仰ぎ見て、問いかける。
強いがまだ未熟なカレン、憔悴したソリドとその部下を守り、魔力をそこそこ消耗しながらギリギリ殲滅できるレベルの敵。だがー、
「何が目的か知らないが、魔王というのを分かっていないようだな」
突如、周囲の空気がバチバチ、と帯電し始め、とんでもない量の魔力がシオンの元に集まり始める。
そこにいるだけで空気が爆ぜる程の圧倒的な力。そしてー、
「あらゆる理不尽を、あらゆる運命を、あらゆる敵をその手でねじ伏せる最強の存在。それこそが魔王だ」
崩壊したデルタの町を、漆黒の雷が覆う。
展開したのは、己の持つ神器から魔力と魔法式を借りて、神の権能にも劣らない力を発揮する、この世界の理を超えた魔法。〈神威魔法〉と呼ばれるあらゆる魔法の最上位の魔法。
力を借りる神器にもよるが、その威力は個人で扱える最大級の魔法、
そして、シオンが力を借りたのは500年以上前からの相棒、〈虚滅剣アランベルク〉。
例え、目に見えない概念や宿命であってもお構い無しに全てを滅ぼす最強の神器。
その滅びの力を得た黒雷はデルタの町周囲の、大気を、魔力を、大地を生命を破壊する1つの秩序と化す。
「
シオンを最強たらしめた滅びの一撃により、全てが音もなく、黒光と共に塵も残さず消滅した。
とてつもない暴風が吹き荒れ、周囲は半径2キロに渡って1メートル程掘り下がり、その全てが更地になっている。どこにも生命の気配は、ない。
咄嗟に耳を塞いでその場に伏せたカレン達がむくりと起き上がる。
「…う、あ、そっか。魔法が着弾した瞬間に空気も全部消滅しちゃうから音もないんだ?」
「え、ええ、あれこそがシオン様の切り札の1つ、〈無音の神威魔法〉…まさか、すでにかつての御力を取り戻しておられるとは…」
「「「結局、我々は何しに来たんだろうか…」」」
あ、ソリドの部下の存在を忘れてた。
「…まあいい。それよりもー」
上空に浮かぶ、完璧に隠蔽された魔法陣の式を読み取り、シオンは自らの声を魔力に乗せて飛ばす。
「視ているだろう、俺はすぐに王都へ行く。待っていろ。せいぜいそれまで奪った玉座にふんぞり返っているがいい」
すると、シオンの耳にクスクス、と笑い声が微かに届く。
『ええ、待っているわ。私の、魔王様ー』
それは、とても懐かしく、どこか陰鬱とした声だった。
「後はお前達に一任する。侯爵に話を通せば早いだろう。ある程度カタが着いたら王都へ戻れ」
「は、お任せ下さい」
シオンはきっちり宣戦布告を済ませたら、ソリドに指揮を任せ、カレンと共に
前に目を向ければ、王都をぐるりと囲む巨大な城壁が目に入る。
「ねえ、これ王都に入った瞬間にドカン、とかないよね?」
「問題ない。奴らも一枚岩ではないようだからな。下手に動きはしないだろう」
「んー、でもなんかありそうな気がするんだよ」
「こちらは何の非も無いからな。堂々と入ればいい」
町の周囲を更地にした者が言うセリフではないが。
2人は城門潜り、王都の中へ入る。
やはり、建物も人もこちらの方が断然多い。
たくさんの種族が行き交い、とても活気があるがー
「なんかピリピリしてる?」
「ふむ。グラスクとソリドに聞いた通り、国家中枢では両種族の溝が大きいようだな」
なんでも、今の王都は大戦の時代に主流であった実力主義から、血統主義へ変わっているらしい。
実力ではなく、どれだけ高貴な家かで全てが決まる。
この高貴な家とは、大戦の時代から続く大家とそれに連なる一族なのだそうだ。その上、純血である事が最も尊ばれているとか。
(そりゃあ溝も埋まるはずがないか。時間が経っている分、余計に複雑化していそうだな…)
この調子だと王立魔法学院とやらも期待できそうにない。
そして、王都は元々人族の本拠地であった聖都を少し拡張した場所であり、そのためか人族の血が濃い者が多い。
逆に元魔族の本拠地、魔都も同じく王都と名を変えている。
これは、国を治める王を魔族側と人族側で交代しながら務める、両統迭立をとっているからだ。
なぜか名前が同じなので、人々は魔王都と聖王都と呼び分けている。
なぜ最初からそうしなかったのかは、今でも謎らしい。
「ッ!シオン君!」
「…ああ、すまない。どうした?」
「どうしたって…着いたよ、お父さんが用意してくれた家に」
どうやらいつの間にかグラスク侯爵がもっている王都滞在用の別荘についていたようだ。
「おお、意外と普通だな」
「だね。お父さんのことだからなんかすごい豪邸に改装してそうって思ってた」
いや、あの親バカならやりかねない。
「くはは、ドアの向こう側に待ち構えていたりしてな」
「あははっ、それは流石にね」
そうしてバッチリとフラグを建設しながら少し小さ目の屋敷のドアを開ける。
『やあ、2人ともおかえりなさい!!』
侯爵がいた。
2人はそっと扉を閉めた。
「「家を間違えたようだ(みたいね)」」
『待って待って!!ここで会ってるよ!?この家が君達の愛しの我が家になるんだよ!?』
数分後ー
『酷いねぇ。シオン君なら一目で通信用の魔法だと見抜いてくれると思ったのに』
中にいた侯爵は、魔法により空中に投影された映像であった。魔法陣の上に立つと、それと対になる魔法陣の上に立ったものが投影される代物だ。因みに、映像なので実体はない。
「すまないな。なんか、こう…ここまでお約束を守られるとな?」
「ていうか、お父さん、仕事は?」
カレンが少しむすっとして聞く。
『はっはっは、心配ない。書類関係はもう済んだ』
侯爵の公務がそれだけであっさり済む筈がないが、シオンはめんどくさいと思ったので、突っ込まないでおく。
『ああ、それより、この家の管理をしてくれる使用人を紹介しよう』
侯爵がパチンと指を鳴らすと、3人の男女が入ってくる。
1人はメイド、もう1人は執事、最後の1人は料理人といったところか。
「初めまして。この屋敷の管理と主にカレンお嬢様のお世話をさせていただきます。マリア・エレオールと申します」
メイドのマリアが恭しく頭を下げる。
「次は私ですかな。せブ・ルードヴィッヒと申します。マリアと同じくこの屋敷の管理とシオン様のお世話をさせていただきます」
初老の執事、セブが胸に手を当てて一礼する。
騎士礼、つまりセブは昔は都市を護る騎士だったのだろう。どうりで鍛えられた体をしている。
そして最後はー、
「あっしは、ここでの食事を任されております、マハルというもんです。よろしゅう」
少し独特な訛りで話すコックのマハル。
「ふむ、マリアにセブにマハルか。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします…」
しかし3人か。
一般的な貴族邸に比べればかなり小さいが、こんなにも少人数で回るものなのか、とシオンが考えていると、それを見透かしたように侯爵が付け加える。
『ああ、もちろんもう少し使用人はいるけどね。主に君達が接するのはこの3人だ。残りは少しづつ覚えていったらいいさ』
用意周到である。
するとー、
『侯爵様っ!何をしているんです、まだ仕事はありますよ!!』
侯爵の背後から声が聞こえる。当然ここではなく、ユークリアスの街にいる本人の背後だ。
『え、ええ!?』
『ほら、まだ追加があります!早く済まして下さい!』
ドサドサッと何かが大量に置かれる音。
『そ、そんなあ!?』
『デルタとその周囲が壊滅したんですから、当然です!』
そこまで聞いた瞬間、シオンはスっと目を逸らす。
カレンはジーッと半目でシオンを見つめる。
「ま、まああれだ。頑張れ」
『え、ちょ、シオンくー』
侯爵が何か言いかけたが、お構い無しにシオンは魔法陣同士を繋げていた魔法線を切り、陣を解除する。
「ねえ、次から神威魔法は禁止にしない?」
「善処する」
こうして、王都への激しい道のりはようやく終わりを迎えたのであった。
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