第6話 特訓開始と3ヶ月後の異変

翌日、シオンとカレンはグラスク侯爵家のかなり広い庭にいた。

「まず、お前には神器と宿魔者ホルダーの特徴である強大な魔力を制御できるようになってもらう」

「は、はい!よろしくお願いしましゅっ!」

「・・・」

カレンはガチガチに緊張していた。

今も物凄くそわそわビクビクして、体が静止しない。

今まで怯え、忌避していた物を受け入れるのだから仕方ないかもしれないが、今の状態で神器を抜いたら間違いなく暴走する。魔力は技術の他に、感情にも力や性質を左右される。

なのでー、

「やり方を変えるか」

「へ?」

シオンがそう言った瞬間、カレンの頬を雷の矢が掠めていく。

カレンの体がビタッと静止し、一気に顔が青ざめる。

「今の精神状態では神器どころか、魔法さえも扱えん。ぶっちゃけ言って話にならん。だから、お前には最初にその怖がりを克服してもらう」

「え、えーっと・・・?」

嫌な予感がしたのか、カレンがダラダラと冷や汗を流し始める。

「王立魔法学院の入試まで3ヶ月半。その間は毎日このメニューを行う」

シオンは魔力で一枚の紙をカレンの目の前に飛ばす。

それを見たカレンは更に顔色が悪くなる。


宿魔者ホルダー育成メニュー これで君も神を殺せる!

1、毎朝走り込み五キロ(距離は少しずつ伸ばす)

2、飛んで来る魔法をひたすら回避(重りをつける)

3、魔法、魔力制御の特訓

4、神器の能力の制御特訓


「君は私を殺す気なのかな!?」

「何を言う。この程度のことが出来ないのなら死ぬぞ」

「死ぬの!?ていうか私、神を殺すつもりなんてないんだけど!」

「お前は天使に目をつけられている。昨日話しただろう」

「シオン君が守ってくれるんじゃないの?」

「今の俺の魔力残量は8.9%。天使くらいならいくらでも相手にできるが、神かそれに準ずる存在には勝てん」

すでに外堀は埋まっている。

その上、カレンの面倒を見るのも魔法学院を卒業するまでだ。その後のことも考えるとカレンの強化は必要事項なのだ。

「ほら、やるぞ」

不意討ちで〈雷魔法ライトニング〉をカレンに向けて放つ。

「うひゃあ!?」

間一髪で避けられる。

「ほお、なかなかやるな」

シオンは〈多重展開マルチタスク〉という、魔法を発動手前で止め、ストックする技術を使い、100個の魔法をストックする。

「これを使いきるまで魔法の回避訓練は終わらないからな?」

「ッ・・・このっ、鬼畜ぅぅぅっ!!」

この日からしばらく毎日のように、庭でカレンの悲鳴と怒声が響き渡ることになった。

ーーー

時は流れ、3ヶ月後。

あちこち芝生が剥げた庭で、カレンとシオンは剣を交わしていた。

凄まじい技量で打ち合っているように見えるが、実はカレンが遊ばれているだけだったりする。

「ふ、ぬ、ううっ!」

カレンは必死に熾焔剣を振るうが、シオンはで鼻歌混じりに全ての斬擊、焔擊を弾き、受け流し、切り払う。

「〈焔剣フランベルジュ〉ッ」

熾焔剣から吹き出た焔が5本の炎で出来た長剣を作りだし、一斉に殺到するが、シオンはそれらを真っ二つに

その直後、死角から凄まじい突きが繰り出されるが、シオンはその剣先に木剣の先を正確にぶつけて動きを封じ、そのままカレンを押し返す。

ただ、押しただけなのにカレンは5メートルほど後退する。

「・・・なんで木製の剣に切れ味があるの、そもそもどこからこんな馬鹿力がてでてくるのっ!」

「刃がないならつければいい。力に関しては、仕方ない。俺とお前では魔力の密度があまりにも違う」

魔力には身体を賦活し、強化する力がある。そこらの魔導師程度の魔力では、常人より少し強い位になるが、シオンは素手で城壁に大穴を開ける程の力がある。

「例えるなら、お前の魔力は石、俺の魔力は鋼鉄だ。重さ、強さ、1つの挙動に伴う量も比較にならない」

そんなとんでも魔力で木剣に〈付与魔法エンチャント〉で切れ味を付与し、〈武装強化魔法アームド〉で強度を底上げすると、神器すら防ぐ名剣が出来上がる。

これは大戦の時代では誰もが出来る初歩的な使い方で、アーネストにいたっては書類の束を丸めたモノで神器の一撃を受け止めて、反撃までしていた。

「まあ、3ヶ月でこのレベルまで来るとは予想以上だ。今のお前は大戦の時代の宿魔者ホルダーにも劣らないだろう」

ぽんぽん、とカレンの頭を撫でると

「ふへへ・・・」

と、カレンはだらしなく顔を緩ませる。

因みに、なぜそうなるのかシオンは露ほども知らないが、少し離れた所でメイド達が温かい目で2人を見ていたりする。

とても分かりやすい。

だがそれを察することがない、という見ていてなんとも歯がゆい状況である。

「朝食の時間だ、戻るぞ」

「うんっ」

そそくさと歩いていくシオンの後ろを子犬のようについていく。

これは飼い主と飼い犬のような感じだな。

と、その場の誰もが思ったが、侯爵が聞いたら、と思うとゾッとするものがあるのでシオンもメイドさん達も何も言わない。


朝食が済むと、2人はあらかじめ準備していた荷物を手に取り、侯爵家の玄関に向かう。

そこでは、大勢の使用人達とグラスク侯爵がすでに待っていた。

「いやあ、ほんとに早い3ヶ月だったね」

「まあ、あれだけ忙しかったらな」

「あはは…」

実はこの3ヶ月、平和に過ぎたかと言えば、そうでもない。

シオンとカレンは様々な事件に巻き込まれながら修行を行っていたのだ。それらを乗り越えたのもカレンの急激な成長の要因となった。

「今の王都は、ここより幾分安全だが、安心できる場所でもないだろう。シオン君、娘を頼むよ」

「ああ、そっちは問題ない」

ついでに娘をもらってくれてもー」

「却下」

「!?」

まだ諦めていなかったようだ。

シオンは秒で断るが、カレンがその場に崩れ落ちる。

「どうした、カレン」

「…なんでもない」

かなり不機嫌そうに答える。

「ははは、その調子なら大丈夫かな。じゃ、2人とも、いってらっしゃい」

「「いってらっしゃいませ」」

「「いってきます」」

こうして、カレンとシオンの激動の日々が幕を開けた。


その4時間後ー

2人は侯爵の治める都市、ユークリアスから王都に向かう商隊の馬車に揺られていた。

王都まで3日、王立魔法学院の入試はそこから更に2日後、というゆとりのあるスケジュールだ。

あまりにも暇なので、2人は近寄ってくる魔獣(魔力を持った凶暴な動物)を撃退する手伝いをしたり、他愛もない話をして時間を潰していた。

今は馬車の座席に2人共寝っ転がっている。

「暇だねえ」

「そうだな」

「何か面白い話とかないの?」

「…唐突に無茶振りがきたな」

ない、と言おうとしたが、カレンがうるうるとした目で見てくる。

「はあ、何が聞きたい?」

「えっとねえ、シオン君が探してる人の話!」

カレンには、3ヶ月前に転生した理由も含めてできる限りの説明をした。

アーネストとの約束も知っている。

「そうだな、一言でいうなら優しい男だった。人の醜い面を知っていながらもその理性を、温かさを信じ、彼らを護る為に剣を振るった、歴代最強の聖王だった。魔法の腕は俺が勝っていたが、剣技では最後まで勝ち越すことは叶わなかった。その上、〈剣魔法ブレイド〉という特殊な魔法を使っていてな、あらゆる剣を100パーセント再現するという馬鹿げた魔法にはかなり手を焼いたな」

それを聞くと、カレンは意外そうな顔をする。

「シオン君でも勝てない人っていたんだ?」

「やつは俺を倒す為に、人族に請われ、味方した天使にとんでもない力を与えられていたからな」

「へ、へえ…」

すると、カレンはシオンがじっと馬車の天井のある一点を見つめていることに気付く。

どうかしたのか、とカレンが声をかける瞬間、ズガアアアンッ!!と凄まじい雷鳴と共に紅い雷光が周辺を走る。

シオンが、商隊の真上に神殺紅雷槍ロンギヌスを撃ったのだ。

「ちょ、ちょっと!いきなりどうしたの!?」

耳を塞いカレンが、涙目になりながら抗議する。

「ついてこい」

シオンは音に驚いて止まった馬車から降りて、隊の先頭にいく。

すると、そこには黒焦げになり、原型を留めていない死体があった。

それもかなり大きい。

追いついたカレンも驚いて息を呑む。

商隊のメンバーも同じ様子だ。すると、この隊のリーダーがシオンを見つけると駆け寄ってくる。

「シオン殿、これはいったいなんなのだ?」

「ワイバーンだな。少し前からずっと俺達を追跡していた」

ワイバーンは全長4メートル程の前脚のない下位竜だ。上位竜とは雲泥の差がある。

「え、なんでワイバーン?」

カレンが当然の疑問を発する。

この辺りにはワイバーンどころか竜の目撃情報が全くないからだ。

「…たしか、今日はこの先の町で一泊するんだったな」

「はい。王都とユークリアスの中間地点、デルタの町に」

「〈契約魔法エンゲード〉の魔力が残留している。これは誰かの使役獣だ。魔力線も町がある方から伸びているし、何かあった可能性がある」

「そんなまさか!デルタの町は王都との重要な連絡橋でもあります。その防御設備は並じゃないですよ」

「俺なら5秒で更地にできる」

「何言ってるの!?」

シオンのとんでも発言にカレンが突っ込むが、

華麗にスルー。

「俺とカレンが先行して様子を見よう。お前達は少しペースを早めて後から来い」

「そ、それは出来ません!侯爵様からお二人を丁重に王都へ送り届けるよう言われているのです!そんな危険な事はさせれません」

護衛として同行している近衛兵達も頷く。

「問題ない。何もなかったらすぐに戻る」

「いや、戻ると言われても、ここから町まで10キロはありますよ!」

「距離があるなら省けばいい」

そう言い放ち、シオンは〈扉魔法ゲート〉を展開し、魔法で出来た扉の向こうをリーダーに見せる。

そこには目的地であるデルタの町が見えているのを見て、その場の全員があんぐりと口を開ける。

「な?」

「…わ、分かりました。貴方たちにお任せします」

「…私には聞かないの?」

カレンはスルーされたまま放置されていた。


扉魔法ゲートの門を潜り、町のすぐそこまで転移したシオンとカレンはすぐに町を護る城壁の門へ向かう。

「普通に入って大丈夫なの?」

「悪さをしに来たわけではないからな」

5秒で更地にできるとか言ってた者のセリフではない。

「まあ、すでに何者かが悪さをした後のようだからな」

「え?」

シオンが瞬時に視界に入る魔法術式を破壊する〈終末の魔眼〉を使い、城壁を睨むとその威容が急にジジッと音を立ててブレたかと思うと、あちこちが崩れ、ボロボロになった城壁が姿を現す。

「な、なにこれ!?」

「〈幻影魔法ファントム〉で巧妙に隠されていたが、魔法の魔力が隠せていなかったからな。見破るのは容易い」

おまけに、本来は城門があるべき場所には直径4メートル程の大穴が空いている。

「嘘でしょ…デルタの町は、大型の魔獣が群れで襲ってきてもビクともしない要塞都市なのに…」

「相当なやり手だ。あのワイバーンもここから放たれたと見て間違いない」

だが、異常はそれだけではなかった。

のだ。建物はあちこち無惨に破壊されているが、死体どころか血の一滴も見つからない。

「探してもムダだ。町の中心に行くぞ」

「中心?」

「〈結界魔法フィールド〉で何らかの領域を作成している。幻影魔法ファントムの魔力を隠しきれてないのはそちらに力を注いでいるからだろう」

2人が歩き始めた瞬間、目の前に竜巻が現れ、中から2人の男が出てくる。

その男たちは、先ほど離れた商隊の護衛だった者だ。

「あなた達ッ…!!」

カレンが反射的に熾焔剣を抜こうとするのを手で制し、声をかける。

だな。この時代では珍しい。何者だ?よもや騎士だとは言わないだろう」

2人共、シオンと同じ紅い瞳と強い魔力を持っている。

「我々は卑しき人族を淘汰し、再び魔族の威光を取り戻すべく集った者だ」

「国の腐敗を促す人族という害虫どもを駆除するためにな」

言いたい放題である。シオンは今の政治にあまり詳しくないが、目の前の者達が違法な集団であることは分かる。

「お前達、この町の住民はどうした?」

「ふん、あの穢らわしき者達ならば全員、我らがの元に送ってやったわ」

偉そうに、どこか誇らしそうにと返答があった瞬間、2人の魔族の周囲に紅い雷が現れる。

「ふむ。お前達が救いようのない馬鹿であるのはわかった。とりあえず死ね」

「なっ!?」

「こ、この魔法はー」

神殺紅雷槍ロンギヌス

紅雷が2人の魔族を塵も残さず消滅させ、黒焦げた石畳が残る。

「シオン君…」

「行くぞ。じき日が暮れる」

「行くって、どこに?戻らないの?」

当然の疑問である。

「あの商隊の護衛は全部で6人。つまり、敵は後4人いる。その上、商隊の魔力反応がない。全員死んだか最初から裏切っていたかは知らないが、俺達に味方はいない」

「え、じゃあさっきの魔族って私達を狙ってたの?」

「ああ。しかも、奴らは〈大戦の時代〉の魔族だ」

「は!?魔族ってそんなに長生きなの!?」

「人族は長くて200年が限界だが、魔族は1000年以上生きていける」

今の魔族は大半が人族との混血なので、寿命はその半分程だ。逆に人族の方は寿命が大幅に伸びていたりする。

「でも、よく分かったね?」

「俺の神殺紅雷槍ロンギヌスを知っていた反応だったからな。さ、寝る場所を探すぞ」

「…昔ってほんとに凄かったんだね」

そして2人は各々別の場所で眠りについた。

その時を待ちわびている4つの視線に気づかずに。



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