第4話 賭けと魔力切れ
グラスク侯爵の本邸へ移動したシオンは、カレンを寝室に寝かせると応接室に通された。
目の前にはグラスク・ユークリアス侯爵が座っている。
なにやら緊張した面持ちだ。
「・・・別に取って食ったりはしないぞ?」
「あ、ああ、すまないね!年甲斐もなく緊張しているようだ・・・」
これは自分が待っていても話が進まないと察し、シオンは口火を切る。
「さて、今回の事件だが、色々と聞きたいことがあるんじゃないか?」
「そ、そうだ。カレンのあの髪は何故色が変わっているんだ?あの子は確かに悪魔の子の特徴を持っていたのに・・・」
また、悪魔の子だ。
(まずはそこから正さないといけないのか・・・)
かなり時間がかかりそうだ、とため息を一つついて、シオンは説明を始まる。
「まず言っておくが、その悪魔の子というのは間違った呼び方だ。彼女のような銀の髪か瞳に、強大な魔力を持つ者を
そして、シオンは自分の身の上を一通り話す。
「話は、わかった・・・確かに、一般人は知りようのないことも知っているし、あの常人離れした力…だが、君が伝説の魔王の転生体である、というのはにわかに信じがたいな」
そりゃそうだ。むしろ信じれる方がどうかしている。
「俺は別にお前に信じよう信じまいがどうでもいい。ただ情報が欲しいだけだ」
そう。今、一番シオンが欲しいのは今の時代の情報だ。基本のきも知らない状態で国中、もしくは世界中を渡り歩くには不便すぎる。
「今は何年だ?俺とアーネストが神との戦いに赴いたのが1086年だったと思うが」
「おお、細かい数字から聖王の名前までピシャリだ。今はそうだね・・・旧暦で言うと1588年だね」
どうやら多少の誤差はあるが転生する時期は概ね予定通り、といったところか。
「後に人族と魔族は和解して新しい暦が出来たんだ。今は共通暦298年。といっても呼び方が変わって数字がリセットされただけだけどね」
「なるほどな。というか、和解に200年かかったのか・・・」
「あっはっは、これはまだ速い位だと思うよ。1000年以上も争って、憎みあった両種族がその5分の1に満たない年数で和解したのだから」
それもそうか。と納得してシオンは次の質問をする。
「悪魔の子とかいうのはいつから生まれたんだ?大戦の時代、と言ったか。俺が魔王をしていた時はカレンのような者は
そう。本来なら国の宝として保護し、きちんとした教育を施すべきの彼らにあの仕打ちだ。今まで何人の宿魔者が犠牲になったことか。
「悪魔の子、という概念は大戦の時代末期に生まれた概念だ。詳しい経緯はよくわかっていない。だが、37年前に悪ー、宿魔者が自分たちの境遇に納得できず、反乱を起こしたことがある。その被害は凄まじいもので、多数の国が大打撃を受けてね。その時から宿魔者への風当たりはやり過ぎな位強くなったんだ。差別が、その親族に及ぶ程まで」
「もしかして、更に昔にも似たような事が?」
そう聞くと、グラスク侯爵は無言で頷く。
「過去に三回程ね。最初は和解に反対する者たちが一般人と手を組んで、2、3回目はさっき話した理由で」
つまり、大戦後にまともな政策がとれず、世間は混乱し、その時の失政が未だに尾を引いている、ということだ。
確かに、あの莫大な量の仕事を丸投げしたのはシオンも悪いと思ったが、あらゆる事態にたいしてのカウンターは用意していたし、専門家も魔王城に呼んで万全を期していたハズであった。
シオンはため息と共に、一言。
「あいつら、見つけたら滅ぼす」
殺気を込めて呟いた瞬間、世界の何ヵ所かで政府要人や隠居が一斉に寒気を覚えた。
彼らが元魔王に拳骨を落とされるのは後の話…
「こちらが聞きたいことは以上だ。お前は俺に聞くことがあるか?」
と聞くと、グラスク侯爵の纏う空気が真剣なものに変わる。
「カレンが力を暴発させる可能性はあるのかい?」
「俺が魔法を
「もし解除したら?」
「今回の二の舞だろうな。俺以外に止められるとは思えん」
「それと、本題なのだがー
・・・本当にうちの娘にキスしたのかい?」
「本題そこか!?」
目が真剣だ。もうこれは侯爵の目ではなく、1人の父親の目だ。
まるで、婚姻交渉にきた相手に娘はやらん!と言う時のような。
「魔法を発動させるのに必要だったからな」
そんな父親を前にしても堂々と答える。さすがは魔王。全く意に介していない。
実際、シオンがいなければカレンは死んでいたので、そこは強気だ。
「ふむ。ならばシオン君」
「なんだ?」
グラスク侯爵がシオンの手をガッと握る。
「娘をもらってくrー」
「お前はバカか」
即答する。
「あの容貌なら引く手あまただろう。それに、貴族の面子というものはないのか」
と、キッチリ正論を返すのだが、
「いやぁ、全ての人々が君のような価値観を持っていればいいんだがね・・・」
と、苦い顔で言う。
確かにカレンは誰もが二度見すると言っても過言ではない美少女であるが、今の時代には〈悪魔の子〉という概念がある。
高貴な立場であれば尚更敬遠されるということだ。
「本人に確認するべきだと思うが?」
そもそも、シオンはこの世界のどこかに転生しているはずのアーネストを探さなければならない。
「いやー、多分大丈夫だよ。なんなら賭けようか?」
などと言う。
シオンはカレンが承諾するとは微塵も思っていないので、話に乗ることにした。
「ほう、何を対価とするんだ?」
「賭けに勝てば、あの子の事を守ってやって欲しい。もらうもらわない、は取り敢えず保留だ」
「負けた場合はどうする?」
「その時は必要な情報、資金、物資をこちらに注文してくれ」
まあ、妥当と言えば妥当か。自分の要求を呑ませつつ、相手の欲しいものも対価として提示している。
「いいだろう」
二つ返事で了承する。
実のところ、結果がどちらでもシオンにとってあまり関係なかったりする。
あと何割か力が戻れば、遠い場所にいる人物を守りながら移動する手段が使えるからだ。
「よし、では1度カレンの様子を見にいかないかい?」
シオンに流れてくる魔力はカレンが気絶したことにより、量は減っていたが、数分前から少しづつ増えている。意識が戻り始めている証拠だ。
「そうだな。じき目を覚ますようだ」
2人はカレンの寝室に移動しながらも会話を続ける。
「しかし、君は本当に魔王だったのかい?」
「ああ、俺が15代目の魔王だ」
「だったら、伝説の
グラスク侯爵は笑いながら言う。
「ふむ、たしか聖王アーネストと戦った時は2日間休み無しに剣を交わし、魔法を撃ち合ったりしたな。お陰で大陸の2.5割が草もろくに生えぬ荒地になってしまったが」
「…へ、へえ」
侯爵の頬が引き攣る。
「それならカレンを助けてくれた時も〈威圧〉を使えば手間が省けたんじゃないかい?」
〈威圧〉とは、魔力を魔法に変換せず高密度に圧縮して放出し、周囲にいる生物を威嚇し恐れさせる技だ。
「そうしようと思ったのだが、どうやら使えぬようだ」
「え、なぜだい?」
「原因は分からぬが、謎の目眩と虚脱感のせいで魔法の維持もままならい上に、同時に2つ以上魔法を展開すると、邪魔が入るのだ」
今はカレンから吸収している魔力を使っているので、そこまで酷くない。
「…邪魔の方は分からないけど、その目眩と虚脱感って魔力欠乏症じゃないかい?」
そう聞いた瞬間シオンは歩みを止める。
「待て、魔力欠乏症とは…俗に言う魔力切れという解釈でも通じるか?」
「通じるよ」
「…謎は全て解けた」
つまり、シオンが感じていた症状は魔力が底を尽きかけた時に出るものなのだ。
そう考えると、魔法の出力が本調子でなかったり、カレンの魔力を取り込むことで少し症状が和らいだのも全て説明できる。
「どうかしたのかい?」
「すまない。魔法が使えぬ訳が解明したのでな。お陰で邪魔者の検討もついた」
「ほう、それは良かった」
そして、運命の別れ道(?)であるカレンの寝室に辿り着く。
「もう起きてるかな?」
シオンはすぐ眼に魔力を集め、〈魔眼〉を使う。
魔眼とは魔族のみが使える技で、集める魔力のパターンによって、任意のモノを見やすくしたり、見たものに干渉する奥義だ。
〈遠視の魔眼〉や〈透視の魔眼〉、あらゆる魔法を打ち消す〈終末の魔眼〉など、何種類も存在する。
シオンが使ったのは〈心視の魔眼〉。対象の状態を見る魔眼だ。
「起きている。そのまま入って問題ないだろう」
そう聞くと、侯爵は遠慮なくドアを開ける。
中は家具が少なく、少々殺風景だ。
その端にあるベッドの上でカレンは上体を起こしてこちらを見ていた。
「あ…」
カレンは、シオンを見つめるとすぐ俯いてしまう。
僅かに頬も赤いようだ。
「カレン!無事目を覚ましてくれて良かった!!」
俯いた瞬間、侯爵がカレンに飛びつく。
「きゃあっ!?」
流石にあの勢いは危ないと思ったので、〈
風のロープがカレンにぶつかる寸前の侯爵を捕まえ、シオンの足元にポイッする。
「や、やあ流石にこれは痛いよ?シオン君」
「よう、あの時はすまなかったな」
華麗にスルー。これこそが歴代最強の聖王にさえ通用したスルースキルだ。
「…別に。必要に迫られてやったことだし。わ、私は気にしてないよ」
カレンは、相変わらず俯いたままだ。頬もさっきより赤い。
「そう言ってくれると助かるな。魔力の方はどうだ?」
「シオン君が溢れた魔力を処理してくれてるから大分楽になったよ…ありがと」
ここで初めて顔を上げ、にこりと微笑む。
その笑顔1つにも華がある。
そこで、侯爵が復活してくる。
「カレン、彼が髪の色を少し変えてくれたお陰でもう偽装をする必要が失くなった。これからは堂々と街を歩ける」
「うん…!」
「そこで、だ。念願だった王都の魔法学院に通ってみないか?」
「え…いいの?」
「おい、まー」
雲行きが怪しくなってきたので、口を挟もうとしたが、侯爵が手で制す。
「魔法学院でカレンの見た目は、色々と危険な事の引き金になるかもしれない。でも、シオン君はカレンが望むなら同行し、守ってやってもいいそうだ」
「え、ホントに?」
「ああ、本当さ。そして、私は君とシオン君が一緒になってもなんの文句もない。どうだい?」
最後の一言が気になったが、賭けの内容には反していない。〈守る〉の内容に場所や期間の指定はないのだから。
そこまで聞いて、シオンは侯爵がカレンを貰ってくれ、という話を保留にした意図を悟る。
ようするに今が無理なら時間をかけて仲良くなればいい、という考えなのだろう。
「私、魔法学院に行ってみたい…自由になれたなら、もう隠れなくてすむなら、夢を、叶えたい」
ポツリポツリと、カレンが言う。
「そうか。では、シオン君。賭けは私の勝ちのようだが?」
「ああ、いいだろう。ただし、卒業までだ。それ以上は流石に面倒を見る余裕がない」
「了解した。カレンも構わないね?」
「うん…」
そして、少しすると侯爵は色々な手続きをする為に部屋を出ていった。
「「…」」
沈黙が痛い。どう話を始めたものか、と思案していると、カレンが口を開く。
「シオン君…あれ、様が正しいの?」
「元魔王だからな。呼びたいように呼べばいい」
「そっか。ねえ、シオン君」
「なんだ?」
「私、もう無理矢理力を抑えなくて済むの?」
「ああ。お前の許容量を超えて生成された魔力は俺が取り込んでいる」
「もう、この苦しい思いもしなくてすむの?」
「もちろんと言いたいが、まだ1つやり残したことがある」
「え?」
「お前の魂ー、魂魄の魔力生成を止めなければいずれ、自分が生きるのに必要なモノまで消費しかねない。そうなれば、待っているのは死だ」
そう。未だにシオンが疑問に思っていること。
(本人が意識を失えば魔力の生成は止まる。なのに何故、カレンの魂魄は止まるどころか力を増す?)
「恐らく、お前の魂魄になんらかの細工が施してある。それが、お前達が悪魔の子と呼ばれる原因を作ったのだろう」
見解を述べて、シオンはカレンに近付く。
「へ、な、何っ!?」
「お前にかけた魔法を
「それ、大丈夫なの?」
「今の俺の力では五分五分だな」
見てみないとわからないが、もっと低い可能性もある。
「私は、シオン君を信じるよ」
と、カレンは真っ直ぐな目でシオンを見つめる。
「クク、何を言うカレン。俺はお前に何がなんでも救わせてもらうと言った。
ー魔王の言葉は絶対だ」
堂々といい放ち、シオンは魔法を展開する。
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