第3話 宿魔者と呪いと
時は遡ること数分前。
燃えている屋敷の周囲では慌ただしく消火活動が行われていた。
衛兵は炎が燃え移らないように植物を伐採し、魔導師は懸命に〈
しかし、全く火が衰える気配がない。むしろ、先刻より勢いを増しているようにも思える。
「まだ火は消えないのか!?」
「ダメです!消した傍から炎が押し寄せてきます!」
「なんとかしろ!侯爵様のご令嬢が取り残されているんだぞ!」
そう。実はシオンが唇を奪った少女、カレンは侯爵家の長女だったのだ。
そして、その父であるグラスク侯爵はー
「離せモルト!中にまだカレンがいるんだ!」
「それでもです!今この都は貴方を失う訳にはいかんのです!」
燃え盛る屋敷に突貫しようとして、執事に取り押さえられていた。
金髪の美形である彼は、顔を悲愴に歪ませて必死に手を伸ばす。
「頼む…あの子まで失う訳にはいかないんだ…誰か、誰でもいい。娘を助けてくれーっ!」
悲痛な叫びが響くが、誰も彼の願いに応えることができず、皆一様に表情を暗くする。
もう諦めるしかない、と執筆が侯爵に言おうとした瞬間、周囲が刺すような冷気に包まれる。
そして、バキィィンッ!!という音と共に屋敷が炎ごと凍りついた。
「「「…は?」」」
誰もが目の前で起こった事を理解できず、フリーズしていると、中から少女を抱き抱えた1人の青年がでてくる。
「ふむ。本調子とは程遠いな…」
言わずもがな、最強の魔王、シオン・クロスロードだ。
「何をしている。さっさと事後処理を始めろ」
固まっている大人達に威厳を感じさせる声でそう言うと、周囲の人々はハッと我を取り戻す。
だが、気を失っているカレンの姿を見ると途端に恐れをなした表情でざわめき始める。
「おい、あの髪…」
「マジかよ、悪魔の子じゃねえか…」
「まさか、侯爵様のお嬢様が…?」
そればかりか急に距離を取り始め、シオンにも警戒するような眼差しを向ける。
すると、人垣の中から簡易鎧を身に付け、剣を抜いた衛兵がシオンとカレンの父である侯爵の間に立つ。その表情からは怒りが見てとれる。
「…何のつもりだ?」
シオンがそう問うと、予想だにしない答えが返ってきた。
「その悪魔の子をこちらに渡せ、小僧。国に害を及ぼす物は何であろうと始末する」
すると、侯爵が焦ったように言う。
「ま、待て!娘は今まで1度も暴走はしなかった!呪いはー」
「侯爵様!何をおっしゃる!国に仇なす悪魔の子は即刻始末するのがこの国の法でありますぞ!王家に反逆なさるつもりか!?」
と、鋭い返答がある。
その間、シオンは口を挟めなかった。
あまりの愚かさに呆れすぎて。
確かに、
だが、きっちり専門家がついて鍛錬すれば、1人で一個中隊に匹敵するほどにまで成長するのだ。
その上、彼らの力は土地の開発にも、災害への対処にも役立つ。まさに、百利あって一害無しな存在なのだ。
それを、始末するやら悪魔の子やら言って処断するのは愚の骨頂としか言いようがない。シオンはとても可哀想なものを見る目で2人をみていた。
すると、衛兵がこちらに向き直り、怒鳴る。
「小僧!その悪魔をこちらに渡せ!逆らえばどうなるか分かっているだろうな!」
と、剣を突きつけながら高圧的に言う。
この男は鍛えられた偉丈夫で、その眼光も相まってなかなか迫力のある風体だが、シオンからしてみれば小動物が喚いているに過ぎない。
それどころか、その衛兵がもつ剣の方が目に付いた。
あまりにも品質が悪く、ガラクタの様な剣だった。これではろくに魔力も纏わせる事もできず、敵の〈
「…その剣、ちゃんと専門の鍛治職人が打ったものか?あまりに粗悪品すぎるぞ」
と、ごく自然に挑発紛いの返答をポロっと口にしてしまう。
だが、これも仕方ない事だ。目の前に突きつけられた剣は人族と魔族が争っていた時代では、ただの飾りとしか扱われてなかったレベルの品物なのだ。シオンにすれば、玩具を向けられているにすぎない。
「そんな物が脅しに使える訳ないだろう。俺はそこの男に忘れ物を届けにきただけだ。どけ」
「んな…!」
衛兵は頭に血が昇っているのか、シオンの無愛想な返事を聞くと、
「貴様ぁぁッ!」
怒りで顔を真っ赤にして切りかかってくる。がー
(…遅い。遅すぎる。今の俺でもこの間に20回は攻撃できるぞ…??)
とてつもなく遅い攻撃だったので、シオンは適当に1歩横にズレるだけで楽々と回避する。因みに、万全の状態ならシオンは0,3秒の間に3桁は優に越える回数攻撃できたりする。
「ッ!?」
振り下ろされた剣はそのまま地面に食い込んでしまい、動きを止める。
衛兵は剣を引き抜きながら信じられない物を見る目をシオンに向けてくる。
「そもそも、貴様らは
シオンがそう諭しても衛兵は聞く耳を持たない。それどころか、更に逆上する。
「黙れッ!」
今度は気絶しているカレンを狙って剣が振るわれるが、シオンは易々と対応する。
「〈
あらゆるモノを腐食する魔法を自分の手に纏い、手刀でカレンに迫る刃を両断する。
そして、
衛兵は、腹を押さえてその場に崩れ落ちる。
この間、約2秒。
(・・・冗談にならないレベルの弱さだな。死んでないといいが)
ほぼ全ての魔法を極めたシオンは、〈
まだ意識があるのを確認し、一安心したところでガッ、と衛兵の肩を踏みつけて、詰問する。
「一つ聴くが、その悪魔の子とやらと定義は明確に設定されているのか?」
「そんな、近衛兵長が一瞬で…!」
「嘘だろ、なんなんだあのガキ…」
「え、あの人、このここらで1番強いお方だよな…」
そんな声がシオンの耳に届き、唐突にある仮説が頭に浮かんでくる。
(まさか…平和に慣れすぎてあらゆる技術が進歩するどころか退化したのか!?)
周囲の会話を聞いて、シオンは信じたくない現実を知る。
まあ、弱くてもきちんと暮らしていけるいい時代になったということだろう、と解釈してとりあえず頭の隅に押しやる。
「う、ぐ…」
衛兵、もとい近衛兵長のうめき声で、意識をそちらに戻し、もう一度問う。
「おい、その悪魔の子とやらの明確な定義はあるのか?」
少し、踏みつける力を強めながらもう一度聞くと、ようやく近衛兵長は口を開いた。
「なぜ、それを、知らない・・・?」
「知らないから聞いているんだ。転生してまだ数時間しか経っていないからな」
と言っても理解されない事を思いだし、先を促す。
「悪魔の子は…混じりのない銀髪を持ち、その巨大な力で周囲に災いを起こす…よって、これらは即刻処分すべし、と…」
「なるほど。そういう見分け方があるか」
確かに、
そこまで聞いて、シオンは足をどけ、近衛兵長を解放する。
彼はヨロヨロと起き上がりながらも言う。
「分かった、だろう…その悪魔の子を…」
渡せ、と言う前にシオンがある事実を突きつける。
「クハハ…お前の目は節穴なのか?そこまで明確に判断基準があるにも関わらず、碌に確認もしないとは」
「何、をー!?」
顔をあげた近衛兵長にシオンはカレンの髪をみせる。
1部分が黒いその前髪を。
「確か、混じりのない銀髪であることが条件だったな。ならば、この子はただの被害者だ。悪魔の子ではない」
「あ…」
みるみる近衛兵長の顔が青ざめていく。
つまり、彼が行ったことはー
「俺はこの時代の法はよく知らないが、貴族の娘を悪魔呼ばわりし、話も聞かず、あまつさえ命を奪おうとした。これは立派な罪なのではないか?」
近衛兵長は青ざめた顔で震えながらも反論する。
「だ、だが、色が違うといっても一部分だけだっ!染めるなりして、か、簡単に偽装できるではないか!」
確かに、それも一理あるがー
「お前は馬鹿か?偽装するなら一部だけでなく、髪全体の色を変えるに決まっているだろう。それに、国が定めた法とやらにしっかり定義してあるではないか」
「な、それはただの、屁理屈ではないか!げんに周囲に災いがー」
「見たところ、燃えていたのはこの屋敷だけだ。他に被害はないし、消火活動にあたるとは治安を守る者の義務だろう。それともなんだ、お前は自分が遵守しようとした法に逆らうのか?」
ごちゃごちゃ言ってくる近ー、
(長いので兵長と呼ぼう・・・)
兵長を一蹴し、唖然としているグラスク侯爵の元へ行く。
「何があったかは知ないが、父親だというのなら子が一人立ちするまで目を離さないことだ」
侯爵相手にも傲岸不遜は口調であるのは魔王クオリティー。
だが、シオンの言葉一つ一つには無視できない威厳と重みがあった。
「あ、ああ、すまない。感謝する・・・」
侯爵もややつっかえながら、カレンを受け取る。
そして、シオンがもうもう一言言おうとすると、背後から怒声が響く。
「ふ、ざけるなぁぁ!こんなことが許されるハズがない!ここでは私が
と、訳のわからないことを口走りながら折れた剣で斬りかかってくる。
だが、シオンは先程と同じ手刀で残りの刃と鎧を瞬く間に切り捨て、頭を掴む。
「ふむ。お前は呪いや悪魔がなんたるかを知らないがようだ」
そう言って、シオンは魔法を発動させる。
「〈
すると、黒い魔法文字が帯の様に連なり、兵長の頭に、そのまま体全体に巻き付く。
「過ちを認めるまで、痛みに苛まれ続けるがいい」
呪魔法・審判は、魔法をかけられた者の罪を暴き、それに応じた苦痛を与える魔法だ。
だが、きちんと過ちを認め、懺悔すれば自動で解除される。
「ぐ、う、あぁぁぁ!痛い!熱い!止めろ、止めてくれええ!」
だが、1度すれば止めようがない。それこそ、かなり高位の魔導師に無理矢理〈
「お前が自らの過ちを認めればその苦痛は止まる。言っただろう」
そう言い残して、シオンは無慈悲にその場を離れる。
「カレンを落ち着ける場所が必要だ。別邸のような物はないか?」
呪魔法のあまりの酷さに固まっていた侯爵は・・・
「どうか、娘の命だけは!」
「なぜそうなる」
その後、なんとか誤解を解いて侯爵の本邸へ向かった。どうやら火事があった屋敷が別邸らしい。
移動する間、侯爵はやっぱりびくびくしていた。
そして結論。
やはり魔王は聖王が言ったとおり鬼畜だった。
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