第2話 異変と救助

ハッと意識が戻ると、すぐに魔王シオン・クロスロードは自身の状態を確認する。

どうやら、しっかり前世の記憶と容姿を引き継げたようで、何もかもが同じだ。

だが、体は鉛のように重く、虚脱感がまとわりつき、目眩がする。

「ッ…時間を超えた影響か?」

とりあえず休める場所を、と思ったが、ここがどこか全く分からない。街の裏路地にいることは風景でなんとなく分かるが、それ以上の事は知る術がない。

相変わらず体調は良くないが、仕方なくシオンは飛行魔法フライトを展開し、地面を蹴る。

瞬く間に地上数百メートルまで上昇し、あちこち飛び回って今いる場所を確認していき、ここは城壁に囲まれた中規模の城塞都市で、中央に城に近い造りの建物があることから貴族などそれなりの地位につく者の直轄地であると推測する。人口も多く、経済も活発な様子だ。

そして特筆すべき点は、魔族と人族とその混血が共に暮らしている事だ。

両方の種族の特徴をもつ者が多々見受けられる。

つまり、自分とアーネストが神を討ったのは無駄ではなかったのだ。

「はは、これは少し感動してしまうな…」

偶然出会えば即座に殺し合いが始まるような関係だった頃から、2種族の関係は大きく好転しているようだ。どこにも争いの影が見えない。

シオンは満足しながら新たに魔法を展開する。

地理や生命反応を詳しく調べるのに使う、〈探査魔法サーチ〉だ。

だが、魔法を展開すると異変がシオンを襲う。突然シオンの体から魔力が湧き上がり、探査魔法サーチと並列展開中の飛行魔法フライトを破壊したのだ。

そんな事があれば待っているのは当然…自由落下しかない。

「う、おおっ…!?」

すぐに魔法を展開し直すが、また最初の目眩と虚脱感が襲ってきて展開破棄ファンブルしてしまう。もう地面と衝突するまであまり時間がない。

シオンはすぐに思考を切り替えて行動に移る。

「自分の魔力が使えないのなら、周囲の魔力を利用すればすむ話だ」

少量の魔力を目眩などに耐えながら消費し、〈領域支配ゾーンコントロール〉と呼ばれる技を使う。

これは、少量の魔力で自身の周囲1、2メートルの領域に漂う魔力を引き寄せ、吸収するだ。

最大の利点は1の消費で2〜3の魔力が補充できる事と、魔法ではないので妨害されにくい所。

そして、わずかに使用できる魔力を使って飛行魔法フライトを展開し、そのまま落ちていく時に目に付いた大きな屋敷に突っ込んだ。

いつの時代でも、いきなり窓から突っ込んでくる者は即刻逮捕されるものだが、今回は例外だろう。

なぜなら、シオンが飛び込んだ屋敷はー火事になっていたのだ。

火の勢いは凄まじく、屋敷全体が燃えていて煙も辺りに充満している。

今、シオンは身分を証明するものを何一つ持っていないので、このまま街に降り立ったら不審者扱いされるのは目に見えている。なので、

「煙と消火時の混乱に乗じて街に紛れこもうと思ったが、なぜ消火されない?」

転生前の時代であれば、皆がそこそこ魔法を使えたので、火事は基本的に関係者で消火していた。あいにく近くに人が居なくとも、魔導師がすぐにかけつけて〈水魔法クレント〉や〈氷魔法フリーズ〉を使って2分もかからず対処していたのだが…

「それは後で調べるか。今はさっさとここから出ー」

「ーすーて…だれか…ッ」

屋敷から出ようとしたシオンの聴覚が、若い女性の声を聞き取る。

「チ、逃げ遅れか…」

すぐにシオンは身を翻し、声の聞こえた部屋へ入る。

その部屋の中は異常な空間になっていた。中には呼吸を荒くし、かなり顔色の悪い、綺麗な銀の髪をした美少女が座り込んでいた。体型も顔つきも何から何まで申し分ない。それだけならまだ分かるが、助けを求めたであろう彼女からは紅い魔力が溢れ出し、その溢れた魔力が炎へと姿を変えて火事の勢いを増加させる。傍から見れば異様な光景だが、シオンには心当たりがあった。

「〈宿魔者ホルダー〉か」

宿魔者ホルダーとは生まれつきランダムな1属性の魔法に者のことで、常人を遥かに凌駕する魔力を持っている。それ故に自身でも制御できない大量の魔力が溢れ出し、事故を起こすことも珍しくなかった。

眼前の少女は、火属性の宿魔者ホルダーというわけだ。

「誰…?」

少女はか細く、綺麗な声で問うた。

「お前が助けを呼んでいただろう?」

だが、少女は首を横に振る。

「ダメ…誰も私の、このを治せなかった…」

呪い。確かに呪魔法カースドは存在するが、少女はただ魔力を制御できていないだけだ。少なくとも呪いの気配はない。

「呪いは知らないが、今のお前はただ魔力が暴走しているだけだ。それを収めれば自然と治る」

そう言ってシオンは少女に手を向けて、魔法を展開する。

「〈鎮魂魔法レグイース〉」

魔力は生命の源である魂から生み出される。シオンが展開した魔法は制御を失った魂を鎮め、魔力を縛る魔法だ。

だがー

「ッ、だ、めッ!」

突然叫んだかと思うと、少女の魂は止まることなく、先程よりも更に強く魔力を生み出し始めたのだ。その凄まじい魔力は鎮魂魔法レグイースをチリチリと少しづつ焼き切っていく。

「なるほど…どうやらとんでもない原石だったようだな」

シオンはある妙案を閃き、ニヤリと笑う。

「お前、名はなんという?」

「…カレン」

自身の魔力の熱に苦しみながら、少女ーカレンは応える。

「そうか。ではカレン、お前に問おう。このままではお前は自身の魔力に身も心も燃やし尽くされてしまうだろう。だが、俺はお前を助ける事が出来るー…どうだ、生きたいか?」

すると…

「なまえ…」

「うん?」

「貴方の、名前は…?」

「俺はシオン。シオン・クロスロードだ」

そう聞くと、カレンは目を丸くする。

「伝説の魔王様と、同じ名前ね…」

「俺がその本人だ」

だが、カレンはそれを冗談と受け取ったようだ。クスリ、と笑ってシオンを真っ直ぐ髪と同じ銀の瞳で見る。

「お願い、シオン…私を、助けて…!」

「いいだろう。その命、何がなんでも救わせてもらう」

そう不敵に言い放ち、シオンは新しく魔法を展開する。

そこそこの魔力が必要だが、すでに領域支配ゾーンコントロールで魔力を十分以上に吸収しているから心配は要らない。

展開するのは〈強化魔法エンハンス〉の上位互換、〈王女の口付け〉。本来、これは女性が使うことで真価を発揮し、対象を何倍にも強化する魔法だ。

しかし、男性が使うと面白いことにのだ。

力を引き出し続ける祝福から、力を奪い続ける呪いへ。

これを利用して、カレンから溢れる魔力をシオンが吸収するように調整する。

「カレン」

「…?」

熱で意識が朦朧とした顔でカレンはシオンを見る。

「後でいくらでも謝る」

「ん、んむっ!?」

そう言うやいなや、シオンはカレンと唇を重ねる。

今は、感触も相手の反応も気にしている余裕はない。〈王女の口付け〉を反転させた、〈王子の口付け〉は15秒間、キスし続けないと発動しない。

驚いて身を引こうとするカレンを抱き寄せて抑え、発動を待つ。

そしてー…

2人を白黒の光が覆い、お互いの髪の一部がメッシュを入れたように相手の髪の色に変わる。

すると、カレンの体から溢れていた魔力が収まり、火の勢いが急に衰える。

カレンはそのまま気を失うが、シオンは毎秒ごとに供給される大量の魔力を吸収し、目眩や虚脱感が薄くなっていくのを実感する。そして、入れ替わるように力が少しずつ湧き出てくる。

シオンは気を失ったカレンを抱え、1番簡単な魔法を展開する。

「〈氷魔法フリーズ〉」

すると屋敷はそのままで、物を燃やす炎だけが一瞬で凍りつき火事は鎮火された。

範囲攻撃系の魔法で対象を指定するのは極端に難しい超高等技術だ。

それを全く万全でない状態で軽々と行える、周囲と隔絶した技量と才覚こそシオンを魔王たらしめる要素の一つだ。

「ふむ、本調子とは程遠いな…」

そんな中、不服そうなシオンは氷柱の森を悠々と歩き、屋敷の外に出る。

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