街のお掃除屋さん

流々(るる)

街のお掃除屋さん

「今日の仕事はどこまで行くんすか?」

「代官山だよ」

「へー、お洒落なところじゃない。オフィス?」

「いや、マンションだとさ。かなり高級らしいぞ」

「朝から暑いし、ちゃっちゃっと終わらせて、恵比寿あたりで呑んで帰りたいっすね」

「おいおい、誰が帰りの運転すんだよ?」

「ジュンさん、呑まないんだからお願いしますよ」

「やだね」

「えー、いいじゃないっすかぁ」

「今日の運転当番はタカシだろ」

「えっ、呑みに行くんなら俺だって呑みたいよ」

「それじゃ、言い出しっぺのヒデが運転だな」

「いやいや、意味わかんないっす。そしたら、俺は呑めないじゃないっすか!」

「そのくらいにしておけ。もうすぐ着くぞ」


 表通りから少し入った、一方通行の道を白いワンボックスカーが進んでいく。

「あのマンションですか?」

 エントランス廻りには、一枚鏡のように磨かれた黒御影石が貼られていた。

 低層部は大判の砂岩で仕上げられ、高層部はスクラッチタイルを使っている。

「やっぱ、お洒落っすね」

「車、どこに停めます?」

「業者用の駐車スペースがあるって聞いてるけど」

「あぁ、あそこっすね。もう一台、何か作業してるみたいですけど」

 二台分の駐車スペースに、既に電話業者の車が停まっている。その隣に停め、中から青い作業用つなぎ服を着た男が四人降りてきた。

 車のサイドには『街のお掃除屋さん 家花 House Flower』と可愛らしい字体で大きく書いてある。

「それじゃ、行きますか」




 エントランスのパネルから608号室を呼び出す。

「お世話になってます。ハウスクリーニングの者ですが」

「何? ハウスクリーニングなんて頼んでないけど」

「えっ、おかしいな……。グローバルイシュー社の三浦様からご依頼があり、こちらへ11時とのご指定だったのですが」

「三浦さんかぁ。あの人はいつも連絡がいい加減なんだよな、まったく」

 インターホン越しにも分かるほど機嫌の悪い声が消え、オートロックの自動ドアが開いた。



 エレベーターを降り、廊下を右手に曲がった突き当りの部屋でインターホンを押す。

「どれくらい時間が掛かるの? 俺、昼過ぎには出掛けたいん――」

 玄関ドアが開けられると同時に、ヒデが素早く対象の背後に回り込む。

 タカシが対象の両手首を取っている間に、左腕を背後から首へ回し一気に締め落とす。

「おぉ、やれば出来るじゃん」

「この前は、暴れられちゃったもんなぁ」

「あれは対象が思ってたよりデカくて、うまく腕を回せなかったんすよ」

「おかげで腹パンしたもんだから、予定が狂って飛び降りに見せかける羽目になったし」

「そのくらいにしておけ。さっさと終わらせるぞ」



「どこにします?」

「寝室でいいだろ」

 ヒデとタカシが失神している対象を抱えてベッドまで運び、壁にもたれるように座らせる。

 ジュンが対象の右手にトカレフを握らせ、口に咥えさせてから引き金を引く。

 一瞬で、トマトを投げつけたように脳漿が壁に飛び散った。

「こいつもデスゲームに手を出したんすかね」

「ITで儲けた奴なんて、そんなのばっかりじゃないの?」

「金持ちって、どうして刺激を欲しがるのかねぇ」

「そのくらいにしておけ。引き上げるぞ」



「このクラスのマンションだと、部屋の玄関ドアもオートロックなんすね」

「これじゃ、密室殺人だってやり放題だよな!」

「自殺の偽装も楽で助かるよ」

「そう言えば、防犯カメラって大丈夫なんすか?」

「そっちはヒロが警備会社の回線をハッキングして、15分だけダミーの映像を流してる」

「あれ、先に停まってた車ってヒロだったのか!」

「あっ、もういないぜ」

 駐車スペースには白いワンボックスカーだけが残っていた。



 そのサイドに書かれた文字をよく見ると、『街のお掃除屋さん 家花イエハナHouse Flower』とルビが振られていた。

「この前、ヒロさんに教えてもらったんすけど、サバンナの掃除屋って――」

「いいから、乗れ」

 四人を乗せたワンボックスカーも街中へと消えていった。



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