第28話 【地理】文系と旅行

 連休明けの授業は普段とは段違いに気が重い。


 何倍にも膨れ上がった体感時間が生徒たちにのしかかり、睡魔を連れてじわじわと俺達の精神を削るからだ。そんな強力な化け物達に勝つ術などないのだと、俺を含めた全国の高校生達は悟っているだろう。だから、授業が進むにつれて一つまた一つと前に座っている生徒達の頭が崩れ落ちていく光景も、六限が終わる頃にはただの風景と化していた。


 しかしそんな気怠げな空気の蔓延した教室に一人、異様な雰囲気を醸す生徒がいた。周囲の人達の放つオーラとは明らかに違い、夏休みに入る前の小学生のような溌剌さすら感じる。HRが終わったあと、誰だろうと思いながら帰り支度をしていると俺の方へ彼女はゆっくりと駆け寄ってきた。長くて艶のある黒髪を揺らしながら、姿勢良く歩みを進める彼女が俺の目に留まる。やがて俺の机の前で足を止め、くりっとしつつ聡明な眼差しでこちらに視線を合わせた。


 この構図が──いつからか日課となった俺たちの放課後トークである。


「久しぶり!元気にしてた?」


「ああ、どうやら七ヶ月ほど更新の間隔が空いたみたいだな。この不自然な空白をどう埋め合わせるつもりなのか俺には検討もつかない」


「あらあら、そういうメタ的な発言しないでよ。一応旅行に出かけてたっていう設定で誤魔化すつもりだったんだから。ほら、ちょっと日焼けしてるでしょ?頑張ったの」


「はは、君の発言も大概だぞ」


「それはさておき、本当に楽しい連休だったわ。まさかノルウェーに親戚が住んでたなんて夢にも思わなくて」


「ノルウェーまで行ったのか!君は随分と思い切ったことをしたんだな。たったの三連休で北欧旅行をする人などごく稀だぞ」


「うん、想像を絶する大変さだったわ。移動だけで一日かかるから、実質あっちにいられたのは一日だけなのよ......」


「──あ、すまない。忘れていた。開校記念日と振替休日も合わせたら五連休だったな」


「へ?あー、そうだったそうだった!やっぱり三日間ノルウェーライフを満喫できたんだったわ」


「日数を間違えた俺も悪いんだが、君の設定さすがにガバガバすぎないか?」


「やっぱり更新の間が空いちゃうと設定とか色々忘れちゃうものなのよ!」


「そんな作者側の事情は知りたくもない......」


「それはさておき、じゃーん!見てこの写真。凄く綺麗な景色でしょ?」


「そびえ立つ山といい、山岳の間を走る川といい、北欧の自然の壮大さが伝わってくるな。しかしこんなに川が山に食い込んでいていいものなのか......」


「フィヨルドってところだから、それが自然なのよ」


「フィヨルド......?どこかで聞いたことがある」


「それもそのはず、私たち地理でもうやったのよ。氷河が山に浸食してU字に抉られた谷に、水が入り込んでできた奥深い入江みたいな地形のことなの」


「なるほど、だから氷河がほぼ存在しない日本ではなかなか見られないのか」


「そうそう!ちなみにここみたいに急な山と海が接してできる地形は他にもあってね、海が陸に食い込んだ三角形状の地形はエスチュアリ、急な山と海が交互に現れてギザギザした構造の海岸になってるリアス式海岸とかもその仲間よ!リアス式なら日本に沢山あるはずだわ」


「さすがの知識量だな。よくそこまで詰め込めるな」


「へへ、探検家になれたら自分の船を買ってフィヨルドとかを走るのが夢だからね。これくらいは当然よ!」


「あれ、君の将来の夢って教師じゃなかったか?」


「あ、そうだったわ」


「その設定くらいはしっかりしてくれ」

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