第24話 理乃
「──それからは、あらゆる時間を勉強に当てたよ。三度の飯より三度の復習、解けるまで帰れず、覚えるまで寝れず、の毎日で数回ぶっ倒れたのは今となってはいい思い出だ」
「そ、相当無茶したわね......」
「それが、人間は凄いもので、一度スイッチを入れると幾らでも自分を追い込めるようになるんだぞ。当時は死ぬほどきつかったが、無茶だとは不思議と思わなかった」
「それで必死に勉強して、この高校に入学できたんだ。あなたって見かけによらず、とんでもない努力家なのね」
「ああ、なんだか照れるが、お褒めに預かり光栄だ」
「......それで、詩織さんとはどうなったの?」
「高校は違うが、たまに連絡を取り合うくらいの仲だ。人懐っこいところだけは理乃に似ていて、すぐに打ち解けられたよ」
「そっかあ。なんだか、辛い思い出も含めて教えてもらって、ちょっと申し訳ないわ」
彼は静かに首を横に振り、微笑を顔に滲ませて言った。
「これは辛い思い出などではない。むしろ、俺と理乃の祝福すべき門出の話だ。だからこそ君に話す意味があるのだ」
私はそう言って顔を上げる。
私達が立っているのは学年掲示板の前。
物理基礎、化学基礎、文系数学の3つの成績上位者一覧の1位の欄全てに自分の名前があることが、未だに信じられない。
あんなに嫌で嫌で仕方がなくて、成績も平均程度だった理系科目が、隣の彼のおかげで、首位を独占するまでに至ったのだ。彼には感謝しかない。
「俺がこの話をするのは、決まって嬉しいことがあった時だ」
「そっか。理乃さんも、きっと報われると思うよ」
「──そうだな!こっちの理乃はもう報われているようだしな」
私に向き合って、悪戯っぽく彼が笑う。
私が彼の話を聞いて、なんとなく運命を感じたこと。
それは、私の名前も『君津 理乃』だったこと。
ちょっと文系教科を学ぶ者の名前とは思えないかもしれないけれど。彼の恋する理乃さんの凄さには、全然及びそうにないけれど。
それでも、今は少しだけあっちの理乃に近づけた気がして、嬉しい。
「ところで、お医者さんになりたいのはどうしてなの?」
「決まってるだろう。理乃の生きた証を残す研究をするんだ。どうせなら、人を直接的に救えるような成果が欲しいだろう。......それに」
「それに?」
「死にそうだった俺を救ってくれた理乃への恩返しがしたいんだよ。相手に色々な世界を見せて、生命の輝きを感じさせられるような人になりたい」
「なるほどね。相手に色々な世界を見せる、かあ」
「君みたいにな」
「ふふ、ありがとう。実は言われるのちょっと期待してた」
「相変わらず小賢しいな」
彼は軽くため息を吐き出す。その横顔は、疲れているようで、その実少しホッとしたような表情だった。
文系の私と理系の彼は、これからもお互いの視点を共有していくだろう。そこでは、理解できないことも、異議を唱えたくなることも当然出てくる。それでも、相手への誠意と知りたいという気持ちさえ持っていれば、きっと自分の知らない世界への入り口が見えてくるんだと思う。
私にとっては、それが楽しみで仕方ないのだ。
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