第21話 感情方程式

「人の行為とそれに対する相手の心の動きが方程式で表せたら、どんなに生きやすい世の中になるんだろうな、って思うときがあるの」


理乃が砂糖をふんだんに入れた甘ったるそうな紅茶をすすりながら呟く。彼女はようやく勉強がひと段落し、休憩に入ったらしい。一方で同じ教材を使っている俺はまだまだ一服できそうもないのだが。


「相当難しい式になるんじゃないか」


「そしたら私とカケル君が解明していけばいいじゃん」


「いまの俺の脳みそじゃ来世まで費やしても出来ないだろうな...」


「ふふっ、そんなことないよ。実はね、カケル君やればやるほど伸びてるんだよ?今までわざと言わないでいたけどね」


理乃が悪戯っぽく肩を揺らしながら笑う。こんな可愛らしい仕草をしていても、勉強の時は冷徹な鬼教官となるのだから余計に怖い。


「そう思ってるんだったら、俺のミスに対してもう少し寛容になってほしいよ」


「だめだめ!カケル君は悔しがって伸びるタイプだから、ムチムチムチアメムチくらいが丁度いいの」


「理乃の思い込みかもしれないぞ?」


「大丈夫!カケル君が気づかないだけで、もうあらゆるパターンを試したからねっ」


にこっ、とお得意の微笑み。その笑顔の裏にはとんでもない計算と試行錯誤が組み込まれているのだ。怖い、怖すぎる。


「俺は、理乃の方程式が欲しいよ...」


「え?あー、なるほど。いいね!じゃあ作ろう!!」


ふと呟いた提案が意外と前向きに承諾された。教材から目をあげると、理乃の目が輝いているのが見える。ああ、また彼女に火をつけてしまった。こうなったら理乃は止まらない。これから何十通りものパターンを洗い出して法則化するのだろう。いや、まさかそこまではさすがにしないんじゃ...







理乃の心情変化のパターンを二百種類に分け、俺の二百種類の行為と結びつける諸々の法則を編み出し終わった頃には、掛時計の短針は4つ分も進んでいた。本当にやったよ、この人。


「これで大体私の感情が法則化されたでしょ!例えば、『カケル君が計算ミスをする』+『カケル君が静かに微笑む』は何でしょう?」


「えーっと、笑顔の定理を使って計算ミスの第三方程式と第一方程式を連立するんだよな...これか、『表面上にこにこ笑う』+『やり直させたい』×『爆発寸前の感情』であってるか?」


「正解!カケル君は順応が早いね!」


「ああ、あと計算ミスしたらこれからは絶対笑わないことに決めたぞ」


「意外と私とカケル君みたいに、関係が一対一なら人の心もパターン化できるのかもね!私がいなくなっても研究は任せたよ!」


「多分、そんな事を出来るのはこの世で理乃しかいない」

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