第12話 【数学】体育会系と回転

「急に押しかけて悪いな翔!追試になったら夏の大会でれないんで、勉強教えてくれ」


試験前日の夕方に俺の部屋へ駆けこみ、爽やかに深刻なお願いをするこの男の名は、中谷竜吾という。こいつとは中学からの付き合いだ。


「どうしてお前はいつも間際になって助けを求めるんだ...」


「仕方ないだろ?いつもは練習に追われてるんだから、帰ったら寝ちゃって勉強する暇なんかねえよ。しかも、俺には翔という後ろ盾があるんだから」


「残念だがお前の後ろ盾も今回ばかりは忙しい。今まで理系教科の勉強に割いていた時間を、英語なんぞに費やしてしまったからな」


「そういえばお前、最近は君津とよく喋ってるよな」


「まあ席が近いから自然と接点も増えてくるだけだ。竜吾も彼女とはどうなんだ?この前2人で遊びに行ったんだろう?」


「ああ、まあ楽しかったよ。君津は話してみると結構面白いし、顔も可愛い。だけど、ちょっと引っかかる点があってな...」


「引っかかる点?」


俺がそう聞き返すと、竜吾は少し口籠った。饒舌な彼が言葉に詰まったとき、次にはいつも朗報とは言えない情報が渋々と述べられるのだが、今日は少し違った。


「逆に、翔は何も引っかからない?」


「俺は何も知らないぞ。強いて言うならくらいだ。でもそんなことはいくらでも起き得る、ちょっとした偶然だ」


「まあ、そうだよな。いや、さすがに俺の思い違いだったかもしれない。忘れてくれ」


「ああ」


5畳半の空間にちょっとした沈黙が鳴る。これを妨げて良いのか、悩んでいるうちに竜吾が言葉を差し出した。


「で、本題だ。明日は俺も翔と同じく数学の試験がある。範囲は複素数平面だが、正直言って意味が分からない」


「意味が分からないのは竜吾の計画性だろう。一体なぜ今まで放置してきた」


「いやー、ドモアブルゲーかと思ってたら意外とそうでもなくて。だいたい極形式ってなんだよって話なんだわ」


「実数と純虚数の和で表される数、複素数の醍醐味は回転ができることだ。x軸に実数を、y軸に虚数を置いた複素数の座標系の中で〈ある点からの距離〉と〈x軸から見た角度〉の二つの要素だけで、複素数を表す形式を極形式という」


「そうだっけか。で、何がしたいんだ?」


「極形式同士を掛け合わせて、回転させたいだけだ。複素数の特性を活かす問題は大体がこんな感じだぞ。というか、お前には一から教えなきゃだめだな」


「ああ、だから今日はみっちり教えてくれ」


「なあ、もう一度言うが俺も忙しいんだぞ...」


「そう言って前も夜通し手伝ってくれたじゃん!ちなみに、今日はパジャマと歯ブラシも持ってきたぜ」


「泊まる気満々じゃないかこいつ」

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