第8話 【世界史】文系と革命
「試験勉強は順調か?」
「まあ今のところね!理系科目は着々と進んでるわ。逆に世界史がちょっと危ないかも」
「難しいのか?」
「いや、量が多いの。見てこれ!」
そういうと彼女はノートを数十ページ分めくり、つまみ上げた。そこに書かれた知識を詰めろということなのだろう。
「君はやることが多くて本当に大変だな」
「貴方もちゃんと文系科目やらなきゃダメよ?英語とか...」
「ま、まあ落ち着こうじゃないか。そんな早まった提案するなんて」
「私は十分落ち着いてるわ」
「国王然り君主然り、人の上に立つ者に待っているのは革命だけだ。だから俺は下で悠々自適に暮らすとしよう。それなら英語なんていらないはずだ」
「じゃあどうぞお好きに。分からないところがあっても英語いらないから一人で大丈夫よね」
「俺が悪かった、英語ほど必要な科目などこの世に存在するわけないのにな」
「別にそこまで言ってないわよ」
軽く噴き出す彼女に目をやると同時に、例の世界史ノートがちらりと見えた。
「名誉革命か、中学の頃に習ったことがあるな」
「そうね、でも名誉革命っていったって意外と複雑なんだから」
「血を流さずに行った初めての革命だろう?」
「そんな単純じゃなくて、兵士の裏切りとか国王が約束破ったりとか色々あったの」
「複雑そうだな、順を追って説明を頼む」
「まず1642年の清教徒革命って知ってるわよね、あれのおかげで当時イギリスは王権廃止に成功したの。でも代わりにクロムウェルっていう清教徒革命の主導者が、厳しい政治をやっちゃって、みんな嫌気が差してたんだ」
「独裁者を排除して、また独裁をするなんてなんだか本末転倒な話だな」
「そこに元王子のチャールス2世が戻ってきて、『自由は保証するし革命派の者は許してやる。だから俺を王にしないか』って言ったらみんな大歓迎だったわ」
「でもそれで終わりじゃないんだろう?」
「ええ!王位についたチャールス2世は早々に約束を破ってクロムウェルを処刑したし、イギリス国教徒だった国民にカトリックを強制したわ。彼の後を継いで王になったジェームス2世なんて軍隊の将校をカトリックに変えちゃったの。民衆の不満はたまる一方だったわ」
「なるほど。君が言った、国王が約束やぶったりというのはそういうことか」
「でも、ジェームス2世の娘のメアリはイギリス国教徒で、オランダ国王のオラニエ公ウィレム3世と婚約してたの。だから国民は最後に希望として、彼女たちに国王になるようお願いしたわ。ここからが面白くてね!」
彼女の口調がなんだか楽しげだ。教師になった将来、こういう風に生徒に教えたいんだろう。
「ジェームス2世は軍隊を使って国王になろうとする彼女たちに対抗しようと思ったの。でもでも、彼の軍は将校だけがカトリックでそれ以外がイギリス国教徒のままだったわけ。だから最後まで兵士は攻撃を開始せず、メアリとオラニエ公ウィレム3世達は怪我なくロンドンのお城に入れたそうよ!これでジェームス2世が亡命して終わるのが名誉革命よ」
ふうと一息ついて、熱のこもった物語に終止符をつける。彼女は満足げに笑い、長くなっちゃってごめんと爽やかに手刀を振った。
「本当に君は教師に向いているな。生徒よりも授業を楽しんでいる」
「え、もしかしてつまらなかった...?」
「いや、俺も中々楽しめたと思うぞ」
まあ君ほどじゃないがな、と俺は心の中で小さく呟く。
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