第4話 【古文】文系とこころざし
「はい、これ」
「ん、この茶色い包みはなんだ?」
「昨日のカルメ焼きのお礼にクッキー焼いてきたの。甘いもの大丈夫?」
「ああ問題ない、わざわざありがとうな。早速頂くことにする」
小さな袋を開けると抹茶の香りが鼻腔をくすぐる。見た目も匂いも完璧だ。
「あ、味は保証しないから!」
「そこで保険を掛けなくても...ん!これは美味いぞ」
「ほんとに!?」
「本当だ、見た目と匂いで上がり切ったハードルを軽々と超えている。これで将来の副業も決まりだな」
「ありがとう!でも気が早いなあ。本業だって確定したわけじゃないんだからね」
「まあ君が将来何になろうが、俺は応援し続けるつもりだがな。なんていったって君は俺の推しだから」
「何そのポジション...」
「君はなぜか応援したくなる。だから推しポジだ。ただし、それ以上でもそれ以下でもないことは念頭に置いておいてくれ」
「解せないけど、とりあえず分かったって言っておくわ」
「なあ、ところでこの包みに書いてある『なんじにこころざしたてまつらむ』とはどういう意味だ?」
「あーそれは古文ね。『なんじ』はあなた、『こころざし』は贈り物、奉るは謙譲語の『差し上げる』、最後の『む』は意志かしら。繋げれば『あなたに贈り物を差し上げましょう』という意味になるわね」
「そうか、見た目からは想像できない意味だな」
「そうね、そこが古文の難しい所かも。ちなみに『こころざし』は愛情っていう意味もあるし、『たてまつる』は召し上がるなんて意味もあるわ」
「愛情は『こころばへ』ではなかったか?」
「『こころばへ』は確か、心遣い、性格、趣だったわ。愛情とは少し違うかも」
「いや待て。じゃあ『こころばせ』はどうなる」
「心遣い、性格、風流心。趣が風流心っていう人の心に変わっただけね」
「『こころ〜』だけに一体どれだけ気を遣えばいいんだ全く!」
「それだけ昔の人は内面に目を向けてたってことなのよ。私たちだって、外見褒められるより性格褒められた方が嬉しいでしょ?」
「そうだな、俺みたいに変な性格のやつはいつまで経っても褒められることはないが」
「そうね、たしかに貴方はとっても変人だわ」
「少しは否定してくれ...」
あははと無邪気に笑う彼女は失礼極まりない。しかし笑い方からして嫌味は全くないことは分かるので、怒るに怒れない。
「でもとっても優しい人だと私は思うわ」
さりげなく出てきたその言葉は暖かく俺の心に灯った。
「ただし、それ以上でもそれ以下でもないってことは、念頭に置いておいてほしいな」
「君にはA組の彼がいるもんな」
「そこはわざわざ触れなくていいっ」
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