第3話 【化学】理系とカルメ焼き

「あら、甘い匂いがすると思ったら良いもの持ってるじゃない」


「さっき化学室で実験があってな。カルメ焼きを作ったんだ。食べるか?」


「ありがと!半分いただく」


彼の手元にあったカルメ焼きは、その固そうな外見とは裏腹に簡単に二分割された。口に入れるとすぐに溶けてしまう、不思議な食感ーーー


「これ中学のときに私も作った気がする」


「そうだな、俺も作ったことがある。ただあの頃は右も左もわからない状態だったから、作るので精一杯だったな...」


「へえー意外!貴方にもそんな時期があったんだ」


「まあ色々あってな...。ただ、今は知識があるから、基本的な反応も色んな視点で見られるのだ」


「例えば?」


「まず、カルメ焼きが膨らむのは、熱する過程で二酸化炭素(CO2)生成されるからだ。細かく言えば炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)の熱分解が行われている」


「あー、全然覚えてないけどなんとなくわかるかも」


「二酸化炭素以外にはなにができるか知っているか?」


「水とあと...な、ナトリウム」


「そこでナトリウムができたら君はノーベル賞を取れるぞ」


「もうー、馬鹿にしないでよ」


一言多い彼に、少しむっとする。


「すまん、そういうつもりじゃなかったんだ。ほら、カルメ焼きもう半分あげるから許してくれ」


「そしたら貴方の食べる分なくなっちゃうよ」


「カルメ焼き半分で君の機嫌が治るなら安いもんさ」


そう聞くと、いま渡されたカルメ焼きを頬張っているのが申し訳なく思えてきた。


「それで、二酸化炭素の他に何ができるの?」


「炭酸ナトリウム(Na2CO3)と水(H2O)だ。ちなみにナトリウムの単体はイオン化傾向が高いから、化合物を高温高圧下で電気分解しないと、途中で他の物質とすぐ反応してしまうんだ」


「そうなんだ。私ナトリウムの反応性なんて知らなかったわ」


「ちなみにこの反応は、実は炭酸ナトリウムの生成がメインになることも多いのだ。効率よく反応を進めるためにアンモニアソーダ法という製法もあるぞ」


理系の勉強を怠ってきた私にとっては少し難しく感じるが、彼にとっては簡単な事なのだろう。どうしても才能の差を感じてしまう。


「それはどういう製法なの?」


「話すと長くなるが、要はアンモニア(NH3)や二酸化炭素といった身近な物質を組み合わせて反応を何度も繰り返そうというものだ。化学反応はコスパが命というわけだな」


「なるほどねー。ちなみにアンモニアは分かるけど、ソーダってどこに使われてるの?」


「ソーダは炭酸ナトリウムのことだ。使われてるというより、作られている物質だな。由来はおそらく、ナトリウムの英語名がソディウムだからだろう」


「本当、色んなこと知ってるのね」


「まあな。君が文系教科を学んでいる間、ずっと理系教科に触れていたから、嫌でも身につく」


「私は貴方と違ってこういうことを理解していく自信ないなあ」


私が溜息をつくと同時に、彼は少し笑った。


「君は俺とそっくりだな」


「へ?」


虚を突かれて、口から情け無い返事が漏れる。彼は過去を懐かしむかのように目を閉じて、私に告げる。


「俺は中学の頃、理系科目が大の苦手だったんだぞ!」


「へ?」


この返事は虚を突かれたでもなく、本心である。


「君と同じように、いやもしかしたら君以上に数や文字にアレルギーを持っていた。しかし中学の頃、数学と理科の大好きな友人が俺に理科の楽しさを教えてくれたんだ」


「私、貴方は昔からずっと理科が好きで、私と違うんだってばかり思ってた...」


「そんなことは断じてない。俺以上に可能性に溢れているくらいだ。だから」


いつものように、半分開いた窓から陽が差した。夕陽の輝きを帯びた彼の眼は、多分今までで一番活き活きしている。


「君にも理系を好きになってもらえたらなと、俺は願っている」

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