世論調査

夏梅はも

第1話

 もし封建時代に世論調査があったら?

 そう閃いた清水上教授は、さっそく研究中の仮想歴史演算装置から結果を求めたのだった。


「これはおもしろい」


 演算装置が映し出す画面に教授はただ一言だけ吐き出したのであった。

 仮想の歴史の場面が流れていく・・・・・・。




 とある和室の一室。火鉢を前に二人の武士が座っている。


「ご老中、近頃お上の評判がよろしくないようで」


「奉行のお主が言うでない、越後守」


 しかし、老中と呼ばれた男は心底疲れたように肩を落としている。火鉢に手を当てると、


「いかがしたものか」


 奉行をじろりと見たのである。視線を感じている奉行は火鉢の中をじっと見つめていた。押し黙った二人にただ火鉢の炭のはじける音だけが響く。

 やがて、すたすたと足音が廊下から近づいてくると、若い男の掛け声とともに障子が開いた。


「お呼びとのことで只今参上いたしました」


「左様であった」


 入れと老中が若い武士を招き入れる。奉行の真向かいに座るように促した。


「この者、面白き策を申す徒目付」


 と老中が奉行に言った。


「お主の口から越後守にも言うてみよ」


 恐縮するように頭を下げていた徒目付は汗をぬぐいながら顔を上げると、


「はっ、恐れながら」


 よく通る声で喋りだした。




「・・・・・・なんと、そのような発想、いやはや」


 かぶりを振る奉行の顔色は紅潮していた。


「ご、ご老中、この者まことに上様に使える武士でござるか?」


 とんと畳に突き立てた扇子を持つ片手は震えていた。

 畳に頭を叩きつけるように顔を下げた徒目付は固まってしまった。


「まあまあ、奉行よ。そう昂るではない」


 老中は両手を大きく広げながら言うと、


「ここはひとつ徒目付の建言を受け入れようではないか」


 ぽんと膝を叩いてみせたのであった。

 互いに向き合った奉行と徒目付の目は大きく見開いていた。




 それから数日後、往来が激しい大橋の袂に人だかりができていた。人々の視線の中心には真新しく立てられた高札があった。やがて、


「お上よりのお達しである!」


 一人の武士が背後の高札を示しながら声を張り上げた。晴れ渡る青空の下、よく響く声で高札を読み上げ始めた。すると、


「お役人様、あっしにはよくわかりませんで。つまりどうしろと?」


 首をかしげた若い職人らしき男が尋ねる。そうだと頷く人は多い。

 うーっと唸った武士が、つまりだと小声で言って大きく息を吸うと、


「つまりだ!お上が気にくわないのはご老中のつとめが足りないからだと思うか思わないか、聞いておるのだ」


 一気に言い切った。へえと声が群衆から上がる。


「この場でお役人様にお伝えすればよいと?」


 行商だろうか、大きな箱を背負った男が訊いてきた。またしても頷く人は多い。


「町人は長屋の大家が、商人はお店ごとに意見をまとめ町名主まで届けよ!期限は今日から半月後である」


 言い終えて肩で息をする武士であった。




 江戸城の大広間にい並ぶ武士がひれ伏している。上段に坐する武士が、


「面をあげよ」


 やや甲高い声で言った。一同上体を起こすと上段の一番近くに座る老中が、


「上様、こたびの市井の民に聞きし声をご検分お願い申します」


 もう一度深々と頭を下げる。同時に二人の武士が重そうに箱を運んできた。どすんと上様の目の前に置くと脇に控えた小姓が鍵を受け取り中身を取り出した。差し出す文を読み出す上様は次第に顔を紅色させる。


「掃部守」


 老中を名指す上様の声は震えている。


「余が聞いておるのは、そちの老中としての働きが良いか悪いか、民に問うた話だったが・・・・・・」


 かしこまり頭を低くしたままの老中に向かって、手に持つ文の塊を握りつぶした上様が続けて言う。


「全て書かれた内容は、この余の、征夷大将軍の悪態ではないか!」


「やれ、まことに?」


 上体を跳ね起こした老中が袴を畳に擦らせながら上段に近寄る。遅れて大広間がどよめく。


「静まりなされ!」


 老中の脇に控えていた奉行が声を発した。慌てながら上様から受け取った文に目を通す老中。


「何たる・・・・・・失態。かくなる上は責を負って腹を切りまする」


 深々と頭を下げた老中に向かって上様が、ほうと頷きながら、


「では、そちの切腹の是非、またしても広く民に聞こうではないか」


 肘掛けに寄りかかって訊いた。平伏したままの老中の脇から、


「お止めくだされ」


 またもや奉行が言う。そして伏せ目になると続けて言った。


「ご老中の切腹の是非を問うても、民は上様の切腹を望むはず」

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