第4話

 電車とバスを乗り継ぎ、縹の事務所を訪れると、通話で言っていた通り本当に在宅だった。心のどこかで、ひょっとしたらいないんじゃないかと思っていた自分に驚く。

 こちらから名乗る前に向こうから声が聞こえた。

〈早いな。もう来たのかい〉

 インターフォンから聞こえてきた声は、チップ越しに聞こえてきた声と同じく明瞭だった。

「まだ名乗っていませんけど……」

〈夏生だろう? 来るって言ってたじゃないか〉

 これで違う人だったらどうするつもりだったのだろう。自分には関係のないことだと思えども、縹が失態を犯す様を見たくないと何故か思ってしまった。

〈鍵は開けておくから勝手に入ってきてくれたまえ。その間にボクはコーヒーの準備でもしておこう〉

 会うのはまだ二回目だというのに、やはり妙に距離が近い気がする。縹のこの距離の近さはどこから来るのだろう。

 その言葉と同時に、玄関の錠が開けられる音がした。ドアノブを回せば、簡単に中に入ることができる。

 縹に依頼しているクリスタルの解錠も、この錠のように簡単に開けばいいのに――これから行われる説明が、それとは正反対のものであることを確信しながらも、そう願わずにはいられなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る