ここは心を鬼にして……!

「はい! じゃあビー……トルギア」


 ちらりとあのクールボーイを見る。

 彼はコクリと頷く。


「ビートルギア大会参加希望のお友達ー!」


 時刻は10時45分。

 場所は移ってビートルギア売り場前のイベントスペース。


 そこには既に専用の台と、中華鍋のようなスタジアムが設置されていた。


 手に手に番号が書かれた券を持った子供たちが集まってくる。


「はい。では、手元の券の番号の順に、ここから一列に並んでー!」


 ゾロゾロと子供たちが並ぶ。最終人数は四十人余り。その内十人が強豪チームと噂の「ディープフォレスト」のメンバーだ。

 

「手元の参加抽選券、真ん中にミシン目が入ってるのが分かるかな? まずはそのミシン目で二つに折ってください」


 私は券をクジと千切ってもらう前に、ミシン目で折る手順を入れた。キッズに切ってもらうに当たり、変な破れ方をするのを防ぐためだ。


「はいもう一回。今度は反対側にー」


 子供たちは素直に従って抽選券に折り目を入れていく。赤キャップのクールボーイも。あの黒ポロシャツの一団の子たちも。


 いい子ね。


「そしたら券をそこから千切って。小さい方をこの箱に入れて、大きい方は無くさないように持っておいてくださーい!」

「司会は慣れてるんだね」


 赤キャップのクールボーイが1番のクジを箱に放り込みながらそう言った。


「子供会の指導員してたのよ」


 得意げに言った私に、クールボーイはキャップのツバをくいっと下げて合図で返した。


 なにそれ? 敬意?


 おっとそれどころじゃなかった。

 四十余人の子供たちが次々とクジをクジ箱に投げ込んでゆく。


 その時初めて、私は私に……いや、私の持つクジ箱に注がれる幾つもの視線に気付いた。参加者の子供たちのものではない。


 親御さんたちだ。


 イベントスペースの外縁をぐるりと取り囲むように、異様な雰囲気の大人たちがジッと私のクジ引きの運用を見つめている。


 そう言えば、他店でクジ引きでトラブルになって炎上したって言ってたな……。


 私はごくり、と喉を鳴らしてツバを飲み込んだ。


 でもやる事は決まってる。

 私は司会で、審判だ。

 堂々と、大きな声で。


「では、これからクジを引いていきます。今回のトーナメント枠は16。今から16枚のクジを引いて、当たったお友達がトーナメントに参加できます。当たらなかったお友達は残念ですが、今日の大会には参加できません。申し訳ありません」


 キッズたちがザワ付く。

 約三分の二の子たちは参加できない計算だ。ほんとに人気のオモチャなんだな……。


 黙って抽選券を握りしめる子。お願いしますお願いしますと何かに祈る子。みんなそれぞれに真剣なんだな。親御さんも必死になるわけだ。


 クジを引いて当たる子が決まればハズレる子が決まる。ハズレる子には気の毒だけど、ここは心を鬼にして……!


「じゃ、行きます。一枚目……27番!」


「はい! やったー!」

 黄色いランニングのおチビさんが満面の笑みで駆けてくる。

 私は彼に1番の、今度は大会参加券を渡しながら、彼の名前を聞く。

「お名前は?」

「シムラ ショウイチロウです!」

「ショウイチロウくんね」

 バインダーに挟まれたトーナメント表の1番枠に「ショウイチロウ」と名前を書く。


「じゃ、次のクジ引きますー!」


「ビートルポイントは?」

 私の近くでボソッと囁く声があった。赤キャップの子だ。


 ビートルポイント……?

 あ! そうか、参加賞の500ポイント!


「あ! ごめん待ってショウイチロウくん! ポイント! ビートルポイント!」


 私は慌ててグッズカゴの中からQRコードの印刷された小さなカードの束を取り出した。


「はいこれ、参加賞の500ポイントね」


 危ない危ない。危うく炎上するところだった。


「ありがと」

 私は傍らにいた例のクールボーイにお礼を言った。


 彼はキャップのツバをくいっ。


 またそれ? 流行ってんの?

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