#486 コンバート記念・事務所対抗大会⑫

「それじゃあヨゾラさん、最初のうちは何かと大変だと思うけど、よろしくね」

「いえ、コチラこそ、無理を聞いてもらって」


 あれから星野夜空は、ファン投票の結果にともなってFSLゲーマーズを脱退した。表向きはファンの意向に添うものであったが、実際には事務所の都合であり、投票も望む結果になるよう操作されていた。


「本当に、大丈夫なんですよね?」

「はい、問題無いですし、仮に問題になっても、問題ありません」

「「…………」」


 言い切る清水の言葉を、ユンユンとヨゾラが渋い顔で受け入れる。


 FSL脱退後、ヨゾラはユンユンが経営するアイドル事務所YYPに就職する事となった。本来ヨゾラはFSLと、機密保持の観点から関連企業に就職・所属することはできない契約を結んでいたのだが…………鳳グループから派遣されている裏の経営者である清水は、ヨゾラの所属を攻略サイト運営部門に置く事で回避した。この部門は業務や節税の観点から別会社扱いとなっており、FSLの縛りから外れた組織となる。


「すでにYYPのサイト運営部門は、別会社として(法的に)独立しています。FSLの契約書には6割以上該当していないといえます」

「思いっきり、グレーに聞こえるんですけど」

「はい、ですので問題ありません」

「「…………」」


 実際のところ、FSLの契約書は違法スレスレ。グレーなら訴えられても勝ち目はあるし、そもそも訴えてくる可能性自体が極めて低い。FSLとしてはあくまで牽制であり、無茶な要求である事は理解したうえでやっているからだ。


「まぁ、わかりやすく言うと…………テレビのタレントが事務所をやめた際、タレント名や芸能活動を禁止できますか? って話です。もちろん、事務所からいくらか、圧力はかかるでしょうけど」

「それ、YYPウチが圧力をかけられるヤツだよね?」

「えっと……」

「あぁ、ヨゾラさんをせめているわけじゃ!」


 FSLゲーマーズは、ゲームの実大会に参加する事を想定して素顔を公開し、アバターもリアルボディをもとに作られていた。この場合は事務所の権利よりも個人の肖像権が優先されるので、名前や芸能活動を事務所が制限する事は出来ない。もちろん、FSLの名前や当時のアバター、あとはFSLの内部事情を口外する事は許されないが…………いくら誓約書で制限しても、所属タレントを法的に縛れるのはそこまでが限界となる。


 ともあれ、これらは民事的な制約なので弁護団を用意して力ずくで要求をとおす、あるいは金銭や活動の制限を求めてくる可能性は残されている。もちろん、そんな事をしてもFSLに得はないが。


「まぁ、良いじゃないですか。どうせ、FSLは数年後…………ウチの子会社になるんですから」

「「………………」」


 イベント後、鳳グループはフジシライグループにFSLの買収をもちかけた。その内容は『1億円でYYPの子会社になること』で、FSL側は1000億円を提示し、交渉は即破談となった。


「その、FSLも大概だけど、ウチの1億も、大概ですよね」

「はい、あの場で間違って(交渉)成立しても困りますから」

「うぅ、大企業、こわい……」


 YYPの事業規模を考えればFSLの設備や人材は過剰であり、手にしても持て余すどころか赤字に転落してしまう。


 近い将来、フジシライグループが赤字続きのFSLを処分する可能性は高い。その時、買い取り先があるのは都合がよく、その際、人材や機材は親グループに吸い戻されるだろう。しかし、もぬけの殻となったFSLならYYPとしては活用しやすいサイズ感となる。


「その、FSLは、本当に潰れて、しまうのでしょうか」

「そうですね。早ければ1年、少なくとも3年以内には」


 FSLは兼ねてより蟲毒じみた企画で所属アイドルやファンをフルイにかけてきたが…………優勝目当てで空気の読めないゲーマーズの行動と、その指示を出していた事務所に非難が殺到し、炎上してしまった。もちろん配信業界そのものを見下し、周囲の評価をかえりみなかったこれまでのFSLなら、この結果もある程度無視しただろう。しかしそこに鳳グループの目が入ると話も変わってくる。


「その、古巣とはいえ、こんな形になってしまって……」

「はい、すごく、感謝しています」

「あ、はい」


 静かに吊り上がるヨゾラの口元を見て、ユンユンがかけようとした言葉を飲み込む。


 大企業の損切は思いのほか早い。その短期的な利益志向がストリーマー業界との相性問題を生んでいるのだが…………それはさておき、大会後、FSLは大きなテコ入れを発表した。表向きは前向きな理由だったが、本当の理由は職員のリストラにともなう規模縮小。


「そういえば、いいのですか? もうすぐですよね、コラボ配信」

「あぁ、そうだった! ぐぬぬ、忘れていたのに!!」

「「…………」」


 限界化するユンユンを見て、2人は何度目かのため息をつく。


 大会前の練習で、YYP所属タレントはFHメンバーと何度かコラボ配信という名の練習会をひらいたが、今回のコラボは別案件であり、今後は指導員・対戦相手として定期的な協力の話があがっている。一応、事務所同士ではなく個人としてのコラボだが、Eスポーツ大会で知り合ったプロも含め、YYPはそれらの架け橋的な立場になろうとしていた。


「えっと、それじゃあ私は配信準備にはいりますね」

「うぅ、おねがい」


 配信アシスタントとして作業に戻るヨゾラ。彼女の所属は攻略サイトの運営部門なのだが、業務としてはアイドル部門の担当と言って差し支えない状況になっている。基本的に配信時はそのサポートに入るが、それ以外は攻略サイト向けの情報収集や撮影のためタレントと行動する機会が多いからだ。


「これで人手不足問題も、一安心ですね」

「しばらくは指導で、寝る間もない状態ですけどね」


 受け入れた元FSL所属アイドルはヨゾラだけに止まらない。基本的に女性タレントに限定されるが、キャシー猫野の友人をはじめ、YYPは運営スタッフとして訳アリの元ストリーマーを広く雇用する方針となった。


 これは単純に"経験者"という部分もあるが、下心としては事務所や他ストリーマーとの連携を強化する狙いもあった。もちろん訳あって事務所を除名・卒業した者と大っぴらにコラボするのは難しい。しかしその相手が『繋がりのある事務所』に所属し、確認できる状態にあるのは都合がよく、ストリーマーとしても接点が作りやすい状況にあれば『あくまで個人活動』としてコラボする手も使える。要するに『公認・非公式コラボ』としてキャシー猫野がお忍びでYYPを訪れる可能性もあるわけだ。


「ああ、あと、男性部門の設立も、考えておいてくださいね」

「それは…………お兄ちゃんを説得できたらって事で」

「「…………」」


 2人の脳裏に、アイドルとして活動する向井の姿が…………霞となって消えていく。


 基本的にアイドル路線が強い事務所は男女で運営を分けるものだが、もし作るとすれば向井を入れないわけにもいかないだろう。当の本人は、まったく興味がない様子だったが。





「鬼が出るか、蛇が出るか」

「さすがに倒せると思うがな」


 時は遡り、FSLゲーマーズの宝物庫戦。そこには大会運営が用意した"サプライズ"が待ち構えていた。


「はぁ~ぃ、いらっしゃ~ぃ。待っていたわよ~ぉ」

「「なぁ!!?」」

「お、お前は!?」

「なぁ、お前はと、聞かれたら~。答えてあげなくちゃね~ぇ」

「色欲!!」

「ビーストか!!」


 運営が用意したサプライズは、もう1人の魔王。色欲を司る有名プレイヤーにして、もと芸人のビースト田所であった。


「もぉ~、それ、わたしのセリフよ~ぉ」

「不味いな、とびっきりの鬼をひいちまった」

「いや、でも、さすがにバランス調整は入っているだろ?」

「だと良いが…………これがチートアイテムを手にする代償か」


 半裸の魔物の姿で現れたビースト。このアバターは男性淫魔・インキュバスの亜種。本来の淫魔族は対異性に特化しているのだが、亜種に転生すると特攻対象を自由に選べる。これによりビーストは、男性アバターでありながら『男性特攻のインキュバス』を作りだしたのだ。


「時間が惜しいです。急ぎましょう! さあ!!」

「そ、そうだな」


 FSLの女性アバターはヨゾラのみ。しかし彼女は支援特化ビルドなので対策にはならない。


「皆、着実に削っていこう。大丈夫、それこそ15分かけたっていいんだ」

「おぉ、そうだったな。さすがカムイ、冷静だぜ」

「15分とは、なめられたものね~ぇ。まぁ、舐めるのも舐められるのも、どっちも好きなんだけど~ぉ」

「「…………」」


 男性陣の背筋を冷ややかな感触が駆け巡る。彼らの本能が、人生最大の警鐘を鳴らしてやまない。


 しかしそれでも、前に出なくては始まらない。


「これでも、喰らえ!」

「いやん、せっかちねぇ」

「おい、行けるぞ! やはり、動きは……」

「つ~かまえた~ぁ」

「「へぇ??」」


 ビーストの必勝パターンは、組み付きからの<ドレインタッチ>による攻撃と回復の両立。L&Cは同士討ちアリであり、1人でも掴んでしまえば『相手にだけダメージを通す』ことは難しい。もちろん、蘇生魔法もあるので犠牲を払えば何とか出来るだろうが……。


「さぁ、お待ちかねの時間よ~ぉ」

「ちょ、何をするんだ!? はな…………ムウウウウウ!!」


 唇と唇が重なる。残念な事にセクハラ対策で、口づけなどの過度の接触には触覚遮断や描画回避措置が適用されてしまうが…………それでも隠れた口元や構図から、状況は想像できるし、本人たちもその感触を脳内補完してしまう。


 感触は無いはずなのに、見えていないのに…………本当に、体験しているように感じてしまうのだ。


「あら~ぁ、気持ち良すぎて、昇天しちゃったようね~ぇ。次は、だ~れ~に、しようかな~ぁ」

「やめろ、来るな! そんな趣味は……」

「残念、そっちは行き止まりよ~ぉ」


 あまりにも惨たらしい惨状を見て、男たちは半狂乱で逃げ回り作戦や陣形は機能しなくなる。これが通常の魔物であれば、遠距離攻撃で削り切る選択肢もあっただろうが…………残念ながらL&Cは近距離戦重視の設計であり、それがなくてもボスの限定スキルや装備で対策出来てしまう。


「アハハ! 皆さん、回復はしますから、頑張ってください! 幸い、相手の瞬間火力は低いですよ!!」




 宝物庫に…………男たちの悲鳴と、ヨゾラの笑い声が木霊する。

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