#485 コンバート記念・事務所対抗大会⑪

『>事務所をまたにかけたメドレーって今までなかったよな? >つか、事務所の許可とったの?www >アーカイブ消される可能性あるから録画必須だな』


 盛り上がるコメント欄。大会ルールで、当人たちにこのメッセージは届かなくなってしまったが、それでも彼女たちを応援するコメントや、投げ銭はとまらない。


「日焼けは恐ロシア~……」

「僕らはめざしたー! シャンゼリゼー」


『>おぉ、上手い事つなげたな! >伴奏がないのが残念。あとで切り抜き師が付けてくれるの期待 >アイドル組は即興ダンスも上手いな。DooMは見てないで頑張れ』


 もちろん、メドレーの完成度はお世辞にも高いとは言えない出来だ。しかし、"即興"であれば出来の悪い部分も含めて楽しめる。そしてなにより…………彼女たちは普段から完成度の低い歌配信やコラボ配信もやっており、視聴者も馴染める部分があった。


 テレビ局やFSLなどの外部企業資本の事務所からすれば、このような場当たり的で完成度の低いパフォーマンスは見るに堪えないものだが、真に視聴者がストリーマーに求めているモノはこのような"リアル"であり、失敗や軌跡が入り混じるからこそ彼らは彼女たちを"推す"のだ。


 その本質を理解せず『専門家の本格的な指導と演出』などと外部企業勢がテレビ番組のようなチャンネルを立ち上げても、失敗するのは必然。もちろん、もっとも重要なのはストリーマーの魅力であり、それがあれば何処に所属しても成果はあげられるだろう……。


 その事務所に(損切とばかりに使い捨てにせず)ストリーマーをじっくり育てる根気があれば。


「悪いが時間が惜しい! 乱入させてもらうぞ!!」

「「なっ! FSL!!?」」

「まてっ! 今は俺たちが……」

「問答無用!!」


 そこに乱入してきたのはFSLゲーマーズの面々。彼らは向井と3チームのやりとりを知らない。しかしプロデューサーは状況を把握しており…………そのうえで出した指示が"乱入"だったのだ。


 もちろん、選手たちの視点から知り得ない情報を彼らに伝えるのは反則だ。しかしこの状況は例外であり、『空気を呼んでメドレーにくわわれ』と指示を出すべきだった。それでもその指示が出せなかったのは、所属タレントを軽視し、利益や上役の顔色を重視するFSLの企業体質があった。


『>おい! なに妨害してんだよ!! >空気読めよFSL! >あぁ、もう台無しだよ >ちょっとFSLにクレーム入れてくる』


 荒れに荒れるコメント欄。彼らの行動は、大会ルール的にはむしろ"正しい"のだが、致命的に面白くない。くわえて、FSL運営が欲しているのは勝利であり、その景品である案件。空気を読んでメドレーにくわわれば、それは得られなくなってしまう。


「コチラとしては、戦いたいなら相手になるだけだ。しかし……」

「「…………」」

「手は、抜いてやれないぞ」

「の、望むところだ!!」


 そして向井も、斬りかかられては応戦するしかない。


「なんだその太刀筋は。まるで成長していないな」

「そんな簡単に、強くなれたら、苦労はしていないっての!!」

「…………」


 数的不利にも動じることなく、繰り出される斬撃を受け流していく向井。ちなみに成長していないとは、チートアイテムの有無をさしているのだが…………彼らはそれを読み取っていないのか、あるいは理解したうえではぐらかしているのか。


「あぁもう、無茶苦茶だよ! どうする??」

「もういいや、見届けようぜ」

「だな」


 この展開を受け、他チームは傍観ムードとなった。


「ちょっとアンタたち!!」

「キャシー先輩!」

「ちょっとマコトちゃん、止めないで!!」

「大丈夫、大丈夫だから」

「…………」


 FSLに勝たれたくないキャシーが妨害しようとするが、それを獅子王が止める。それは体裁の問題ではなく……。


「それでよく、プロを目指す、などと言えたな」

「「なっ!!?」」


 背後から飛びかかるカムイの斬撃を、向井は見もせずに受け止めてしまう。はたからみればチートじみた動きだが、これも歴とした技術。スキル攻撃の発動音から軌道を予測し、わずかに体を逸らせて受け止める。それは相手を見る必要のない、ただの覚えゲーだ。


「もちろん、目指すのは勝手だ。そこに才能の有無を問うつもりもない」

「ちょ!? ……やめっ! …………やめてくれ! くそっ、やっぱり今まで、手加減してやがったな!!」


 カムイを軽く吹き飛ばし、執拗に起き攻めをくわえる向井。


 WCには、ダウン直後に無敵時間が設定されている。この時間は僅かだが、そこから即座に起き上がって攻撃に移れば、1回は無敵状態で攻撃できる。しかしそれはあくまで1回であり、その直後にダウン攻撃を受ければ、当然ながら再度ダウンしてしまう。


「しかしだ! "戦い"に向き合っていないヤツに、かける情けは持ち合わせていない」

「何を! 俺は!!」


 向井は、戦う相手を選ばない。挑まれれば誰の挑戦でも受け、しばらく相手の攻撃を受けたのちに倒す。本来、格下の相手と戦えば勘は鈍り、弱くなるのだが…………彼は頂点を目指すうえで『格下からでも貪欲に学び、なにか1つでも学ぶものを見つける』という目標を掲げて強くなった。その選択が万人に有効なのかは分からないが、少なくとも彼は、そうして強くなったのだ。


 向井がいう戦いとは、向上心や足掻きであり…………カムイは確かに、向井に挑んでおり、必死に戦っている。しかしリスクを恐れて宝物庫への挑戦を諦め、あげくキャシーのように奇策を考える事もしない。向井からしてみれば、"見"の段階は前の挑戦で済ませており、そこで勝敗も決していた。


 そんな中で、カムイはなんと『無策で再挑戦した』のだ。厳密に言えば『体力が削れたところを横取りする』という策はあったが、それは作戦ではなく、ただの運頼み。カムイ自体には何のアップデートも入っていないのだ。向井の逆鱗に触れたのは、そういう部分であった。


「お前は、俺に勝てない。それは、アバターの性能でもなければ、置かれている環境の問題でもない」

「なっ! だから…………起き攻めわ!」

「単純な、心構えの問題だ。お前は、どこに行っても、何をしても……」

「やめろ、もう、体力が……」

「絶対に、俺をこえられない」

「「…………」」


 カムイの体力が尽き、光となって消える。もちろん蘇生魔法は向けられるが、それも連続使用のペナルティーで発動せず終わった。


「あれ、もう終わり? もうすこし、無様をさらして…………おっと」

「「…………」」


 思わず本音を漏らすヨゾラの言葉を、皆が聞かなかったことにする。


「さて、そろそろ時間か。最後に、挑戦する者は……」


 終了を告げるカウントダウンがはじまる。ここからの逆転は難しいだろうが、皆で一斉に攻撃すれば、あるいは……。


「その、向井さん、今回は、ありがとうございました」

「「…………」」

「「ありがとうございました!!」」


 頭を下げるキャシーにつられて、一堂が頭を下げる。そこにはカムイを除くFSLの姿もあった。


「挑戦する気が無いのなら、ここまでのようだな。まぁ、またの機会があったらよろしく頼む」

「「…………」」


 タイムアップの知らせと共に、世界が光に包まれて消える。




 こうしてコンバート記念・事務所対抗大会は、向井の勝利で終わった。

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