#484 コンバート記念・事務所対抗大会⑩

「はい! イオ先輩のASMRのモノマネをします!! ごどお”のおど、だんだんお”お”……」

「なんだその、亡者のうめき声みたいなのは??」


 真剣勝負は何処へやら、事務所対抗大会のラスボス戦は大喜利大会の様相を呈していた。


「いや、これがイオ先輩のASMRなんですよ!」

「いや! さすがにそこまで酷くないから!!」

「そうなのか?」

「じゃあ、ちょっとやってみてくださいよ」

「お、おぉ……。ごどお”のおど、だんだんお”お”……」

「「同じじゃねえか!」」


 高度な真剣勝負もたしかに需要はあるが、高度になればなるほど理解するのは難しくなる。向井の強さはまさにソレであり、大半の者がチートやヤラセを疑った。しかし大喜利大会にかわった今は違う。どちらかと言えばコチラの方がヤラセであり、真剣さは薄れているのだが…………大衆が理解できる戦いになった事や、そもそもベクトルの違う魅力がうまれた事により、ヤラセなどを意識する流れ自体が無くなったのだ。


「なるほど、これは俺の無知だったな。なかなか似ていたので"良し"としよう」


 自傷スキルの血刀を空撃ちして体力を減らす向井。このペースでいけば、時間内に倒す事もできそうだが……。


「それじゃあ次、いきます。水色春、歌います! きみ~の~……」

「いや、歌はもういい。時間的にも、ジャンル的にも」

「しまった! 時間の事、考えてなかった!!」


 早くも漂うネタ切れムード。彼女たちは基本的にリアクションを売りにするパフォーマーの集まりなのだが…………芸人ではないので万人受けする"持ちネタ"はあまり持っていない。とくに今回は制限時間が短く、用意が必要なネタも使えない。


「くそぉ…………こうなるなら、汚組を呼んだものを」

「いや、案件でアイツラを使うのは。それに、下品なネタは通じないと思うぞ」

「それは、そうかもだけど」


 事務所内には、いわゆる汚れ芸人的なポジションの者も多く、彼らは短い間を持たせるのは得意だ。しかし相手は、病院暮らしの廃ゲーマー。下ネタのみならず、萌えや流行りネタの反応がすこぶる悪く、切り口が見つからない。


「次はいないのか?」

「「…………」」

「それならいっそ、残り時間で持ち歌のメドレーでもやるか? そういうの、得意なんだろ??」

「いや、メドレーなんて……」


 反射的に拒否してしまったが、よくよく考えれば出来なくもない。リアクション系が多いDooMはともかく、FHとVIPはアイドル路線であり、持ち歌があってメドレーの経験もある。もちろんそれは、事務所内に限られた話だが。


「いいじゃないか、やろうぜ! 多少の不出来は愛嬌。それに、こんな豪華メンバーで歌うなんて、そうそうできないし!」

「はぁ~~、それじゃあ、サビのみで、交互にまわしていきましょうか」

「おぉ、さすがキャシー、わかってる!!」

「イオ先輩も、歌うんですからね?」

「え!? わ、わかった……」


 ここで『やらない』と言い出すノリの悪いヤツが、トップストリーマーになれるはずもない。


「決まりだな。俺たち、歌配信は普段やらないけど、こうなったら付き合うぜ!」

「よし! そうときまれば……」


 盛り上がる彼女たちだが…………それ以上に、彼女たちのファンの盛り上がりは激しかった。





「くそっ! いつまでチンタラ戦ってんだ!!」

「アイツラ、そもそも真面目に戦う気なんてないのさ、最初から」

「しょせん数字だけ。ちょっと信者にウケればそれで良いって連中だ」


 ボス部屋の控室で、FSLが愚痴をこぼす。彼らは結局、宝物庫にはいかず、こうして順番を待っている。しかし…………対戦内容が大喜利大会になった事で試合時間は延び、3チームが敗れる展開はおきにくくなっていた。


「しかし、向井プロの体力は、確実に削れているはずだ」

「そうだな。やはり……」


 狙うは『終了間際の乱入』。しかしその作戦には2つの問題があった。1つは世間体の悪さで…………もう1つがMVPの問題だ。


 この際、ノーマナー行為で叩かれるのは仕方ないとして、かりに向井を倒せてもMVPがとれなければ叩かれ損に終わってしまう。


「それで、いつ、突入しますか? 私としては、出来るだけ早い方が……」

「それは! いや、焦る必要は無い。展開的に、誰かが特別、活躍しているわけでもないからな」


 冷静と言えば聞こえはいいが、追い込まれた状態でのカムイの言動は、どうしても優柔不断で消極的な部分が目立ってしまう。


 それに、正直なところカムイに限らず、内心ではこのまま待機して『負けてしまいたい』気持ちが高まっていた。しかしそれが出来ないのは、事務所判断が絶対のFSLに所属してしまった者の宿命であり、それでもなお、彼らはFSLを捨てられずにいる。


 ただ1人を除いて。


「そんな事を言って、勝てる戦いしかしないからカムイさんは、万年ルーキーなんですよ」

「「なっ!!」」


 ふだん大人しいヨゾラが、明確にカムイを叱責する。それはもちろん、積もり積もった思いも大きな理由であったが…………大会終了後、クビになる事がわかっているからこその吹っ切れであった。


「まぁそもそも、はじめからプロなんて排しゅ……」

「「!!」」


 ヨゾラの言葉が突然遮られる。


 カムイも事務所の指示に逆らっていたが、それでもやっている事に"理"はあり、プロデューサーも不服ながら納得していた。しかしヨゾラのそれは違う。明確な事務所への冒涜であり、表向きは『機材の不調』と発表されるだろうが、じっさいのところは担当プロデューサーによる強制ストップであった。


「そ、そろそろ頃合いか!?」

「そうだな! べつに、ルール的には乱入ありなんだ。遠慮する事は無い!!」


 何事もなく向き直る面々。彼らの時間稼ぎはここまでが限界。これいじょうは進退にかかわりかねない。


「そうだな! ヨシ、行こうぜ!!」

「…………」


 何度も触れてきたことだが、FSLは所属ストリーマーの脱退後の活動を大きく制限している。それはゲーマーズの目的でもあるプロゲーマー化も、実質的に含まれている。たとえ大会で連勝し、賞金で生活できるようになっても、参加する大会を選ぶ権利は事務所にあり、方針としてアイドル活動を優先しているので大会に専念することもできない。ではいっそゲーマーズを引退すればいいように思えるが…………その場合、大半のプロゲーマーがおこなっている『配信で副収入を得る』方法が使えなくなってしまう。いや、それだけならまだいいのだが大会などで回ってくる実況解説の仕事も『配信関連』あつかいとなり、制限されてしまうのだ。そうなるとスポンサーもつきづらくなってしまう。


 そう、すべては演出。夢を追う少年少女を見せる。それがFSLの用意したシナリオであり、そこに巣立った者たちへの配慮は無い。


 もちろん、巣立ったスター選手がFSLの名を売る可能性はある。しかしそれを言うのなら、真っ黒な内部情報を同業他社に流されるリスクもある。それらを天秤にかけた結果、選ばれたのが"完全規制"であり…………FSLの上層部は、彼らに何の期待もしていないどころか、彼らを絶対的に見下し、それこそ『見世物のサル』程度にしか考えていないのだ。




 ボス部屋へと繋がるゲートが、再度、霧と共に彼らを向井の前へと誘う。

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