#470 WC事変⑦
「ちょっと、アンタたち! 今度の大会は事務所の看板を背負ってるんだからね!!」
「「うぇ~ぃ」」
キャシーの激励を気だるい返事で返す面々。集まったのはフォローハート(FH)の大会参加メンバー、キャシー猫野、"星渡ウタウ"、"大空寺イオ"、獅子王マコト、"スカーレット山田"の5人に助っ人指導員の風間を加えた6人。
「ごめんなさいね。キャシーちゃんが無理を言って」
「いえ、そんな。こちらもコラボしてもらって」
FHは基本的に協調性皆無なのだが…………それはさて置き、1番の先輩であるウタウが風間に声をかける。
「キャシーちゃん。"ユミル"さんの事で悩んでいたから……」
「あぁ、やっぱり」
ユミルとは、キャシーのリアルの友人で、一度は社会にでて働いていたものの労働環境や人間関係を理由に退職。その後は、キャシーの勧めもあってFHのオーディションを受ける事となったのだが…………キャシーの推薦だけではTHには入れず、様々な事務所のオーディションを受けてまわった結果、ようやく合格したのがFSLだったのだ。
FSLの悪い噂は当時からあったものの、付き合いはほとんど無かったため内部事情は分からず、なにより『仮にも一流企業なので大丈夫だろう』と楽観視してしまった。
「私もFSLのやり方は、ちょっとどうかと思うけど…………違法では無いし、何より私たちが大っぴらに叩くわけにもいかないじゃない?」
「そうですね。私も、あからさまに敵視するのは止めた方が良いと思います」
FSLがユミルを採用したのは『キャシーの友人』だったから。最大手であるFHから少しでも視聴者を吸い上げるための戦略であり、デビュー後はコラボ配信を何度かやった後、チャンネル登録者数の伸びが落ち着いたところでアッサリ解雇。結局、活動期間は1年にも満たず、集めたファン(チャンネル)や投げ銭は契約書にしたがって事務所のものとなった。そのため本人に残るものは無く、それどころか個人勢として活動することも、キャシーのコネで関連会社に就職することも出来なくなった。
その事が切っ掛けてFSLのやり方は話題となったが…………扱いにかんしては契約書に明記された通りであった事や、なによりユミルもキャシーの後押しがあったから売れただけで、それを妬む者も多かった。そのためこの話題が本格的に炎上することはなく、結局、事件はFSLが形ばかりの謝罪文を発表したところで(他の話題に流される形で)有耶無耶になってしまった。
「ちょっとイオ先輩! 本気出してください!!」
「いや、出しているから! キャシー、今日は厳しすぎない!??」
「なに言ってんですか!!」
キャシーのデビューは5人の中では3番目であり、2番目のイオは先輩なのだが…………先輩相手とは思えない言動がたびたび見られる。FHも広義では芸能事務所なので芸歴は絶対なのだが、人柄やキャラ付け・設定しだいで配信時の力関係は多少前後する。
「アハハ……。やっぱり、いつもの感じになっちゃうね」
「その、協力しておいてなんですけど、良いんじゃないでしょうか? あの3人は」
いまいち締まらない面々。それもそのはずで、キャシーの思惑を知っているのはウタウのみ。残りの3人は『普段のコラボ』の認識で参加しており、おまけに配信まで行っている。
くわえてオープンアクションに強いメンバーの中で、集められたのはマコトのみ。ほかは結局、スケジュールの都合をつけられなかった。
「あぁもう! 私1人じゃ手に余るワ! だから今回は、ゲストを呼んでいます!!」
「「おぉ~」」
「あんまり紹介が遅いから、てっきり忘れているのかと思ってました」
「忘れとらんは!!」
控えていた風間が、キャシーと入れ替わる形で3人の指導に入る。それまではキャシーが相手という事もあってオフザケの色が濃かったが…………入れ替わると同時に空気が変わり、プレイングも幾分かキレが増す。
「たく、あの子たちは……」
「みんな、なんだかんだでキャシーちゃんのこと大好きだから、一緒になると、つい、ハメを外しちゃうのよね」
「え? いや、それは……」
先輩のウタウにたしなめられ、頬を染めるキャシー。FHは一見すると問題児の巣窟だが(事務所の規模に対しての)所属ストリーマーは限界まで絞っており、その繋がりは家族に近いものがある。
「しかし、不味い事になっちゃったね。まさか、向井選手がFSL側につくなんて」
「はい。結局私も、あまりスケジュールがあけられなかったし」
キャシーとウタウは、このあと別の仕事が入っており、今回は挨拶のみの参加であった。FSLを倒しに行くのも私怨半分であり、『倒したところで何が変わる?』という問題もある。
「それは私もだよ。お互い、出来る範囲で頑張っていこう!」
「はい!」
しかしながら2人は、その気になれば本当に変える力を持っている。相手が日本の大手芸能事務所なら、こちらは世界レベルのインフルエンサー。本気で問題を告発すれば、証拠の有無にかかわらず世界的な注目を集められる。
もちろん、事務所所属のアイドルとして、そのような行動は許されないのが…………だからこそキャシーには、親友の為に今の立場を捨てられなかった負い目があった。
*
「すいません。今回はご無理を言って……」
「ん? まぁ、たしかに無理は言われたな」
「「…………」」
時間は遡り、場所はFSLが用意した待機エリア。FSLゲーマーズの収録を控え、それぞれがリハーサルをこなしていた。
「あの…………向井さんて、趣味とかあるんですか?」
「ん? …………人殺し」
「え??」
「冗談だ」
「あ、あぁ! そうですよね、アハハハ」
渾身の自虐ネタが盛大にスベる向井と、それでも必死に場を取り繕うFSL所属のアイドルゲーマー・ヨゾラ。
向井は結局、会社の利益もあってFSLの申し出を飲んだ。もちろん、本心はまったく気乗りしないままなのだが…………ここでF&Cやトワキンの営業を立てておくのは、今後の活動を考えると利が多い。
それに、個人的にゲーマーズに直接会って聞いておきたいことも……。
「「…………」」
「余計なお世話だと思うが……」
「??」
「大会が終わったらどうなるか、分かっているんだよな?」
「…………はい」
ヨゾラは今回の大会終了後、FSLをクビになる。もちろん、いくつか回避する手段は提示されているが、それはあくまで大会を盛り上げるための演出にすぎない。FSLがヘイト役として彼女を使い捨てる選択を選んだ時点で、この結果が変わる事は無いのだ。
もちろん、FSLがその真実をヨゾラに"直接"伝える事は無いのだが…………FSLに所属していれば、先輩から裏話を聞く機会はいくらでもあるし、それこそ現場の空気で察せてしまう。実際、今も(挨拶ではなく)マネージャーに向井の機嫌取りを命じられている。
「実際のところ、お前たちは事務所のやり方を、どう思っているんだ?」
「え??」
思わぬ質問に、目を丸くするヨゾラ。
ヨゾラは事前に、影山から向井の取り扱いにかんする注意を受けていた。気難しい人物で、性格は最悪。年上に興味のないロリコンで、そのくせ大企業に務めているからとお高くとまっている。リハビリシステムの成功例という立場と、圧倒的な強さ以外に価値のないクズ男だと。
「たしかに契約書には、活動内容や、投げ銭の扱いは明記されている。しかしその匙加減や、それこそ先に現場やシステムを分かりやすく説明したのかって話だ」
相手が子供でも、契約書を交わしたならソレに従うのが社会人の義務。それはもっともな意見だが『会社の基本方針には従ってもらいます』と契約書にあったとして、『まぁ、会社なんだし方針に従うのは当然か。不都合があったらその都度交渉すればいいや』と思うのが普通であり…………まさか実態は『話は聞くけど、実際に個人の意見が通ることは無い』とは思うまい。
結局のところ契約書は、会社を守るためにあるわけで…………都合の悪い部分は"解釈"で乗りきれるように曖昧な書き方となっている。投げ銭の扱いも同じで『投げ銭で得た利益は事務所が受け取り、経費などを差し引いたのちに評価に基づいて報奨金に加算する形で配分する』とあるだけで、具体的な配分比率は記載されていない。そのため1%でも渡せば契約書を順守したことになるし、そもそも報奨金の具体的な内訳が分からないので判断のしようがない。
「その…………正直、思うところはあります。でも、納得している部分もあるっていうか、カムイさんたちは、むしろ
「…………」
ストリーマーになったからと言って、企画や編集に興味があるとは限らない。収入も、事務所が(アイドル系はとくに)5割以上とっていくケースも珍しくないため『FSLが特別薄給』という事もない。アイドルとしてチヤホヤされたいだけ。会社員として働きたくないだけ。ぶっちゃけゲームもそこまで拘りが無い。そういった考えの者は意外に多く、その者たちにとってFSLは天国なのだ。
もちろんカムイたちのように『持ち上げられるグループ』に入れたなら、だが。
「それに私も、ここでの苦労が、将来の助けになるって、思える部分もありますし」
くわえて若者は、良くも悪くも頑張れてしまう。傍から見れば完全アウトなブラック企業でも、中に入って酷使されれば正常な判断力は失われ、数年は働けてしまう。その数年で得られるものが"精神論"程度の価値しか無かったとしても…………人は本能的に『見えている罠』よりも『未知の闇』を恐れる生き物であり、周囲の意見や都合の良い解釈に流され"現状維持"を選んでしまう。
「そうか。俺はそこまでお人好しではない」
「はぁ?」
「「…………」」
洗脳された信者の洗脳を解くのは救いなのか? 信者は洗脳されているので不満はなく、(洗脳される前ならともかく)今さら元の生活に戻ったところで幸せになれる保証はない。
「その……」
「なんだ?」
「向井さんって、お人好しですよね?」
「違う」
「フフフっ」
ヨゾラにとっての向井の第一印象は『不器用だけど、根は優しいお兄さん』であった。
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