#471 WC事変⑧

「……って事は、ダンジョンに入る前に、"誰の"ダンジョンに入るか選べるようになるってこと!?」

「そうなるわね。まぁ、わざわざ低評価のダンジョンに挑む人は少ないでしょうから、混雑状況を見ながら高評価ダンジョンをローテーションしていく事になると思うけど」


 WCの大会前では最終と思われるアップデート情報が公開され、界隈は大いに盛り上がっていた。


「でも、それってヤバくないか? 高評価を得るために面白みのない効率一辺倒のダンジョンが乱立して、狩りが流れ作業になっちまうって事だろ??」

「違う違う。この"星"は単純に利用者のグッド評価で決まるものじゃないんだ」


 L&Cには占拠したプレイヤーが自由にダンジョン(要塞なども含む)内をカスタマイズできるODMというシステムがある。これは本来、条件を満たした状態で該当エリアを奪い取ったプレイヤー、1名のみに許された機能であった。


 しかしながらWCとのダンジョンコンバートにともない、対象ダンジョンの追加と『占領者(1名)に限定する縛り』が撤廃される事となった。ODMには『クエストNPCは配置できない』などの制限が加わるので『既存ダンジョンが置き換わる』というよりは『ダンジョン内にレベリング専用エリアが追加される』感覚が近い。


「つかさ、そもそもユーザー評価なんてアテにならないだろ? Cルートの連中だっているわけだし」

「狩りやすい。カッコ人間側とは言っていないってか?」

「そうか、モンスター側も評価できるのか」

「あとは稼働率とか、もろもろ加味してAIが評価するんだから、高評価だからって狩りやすいとは限らないって事よね」


 ちなみに新型ODMは、理論上は無限に増やせるものの、ODMの編集権を獲得する手間や、実際にODMをカスタマイズする手間、そして作成したダンジョンを維持するためのコストもあるので、実際には有限となっている。


「つかさ、メインはやっぱりWCの操作感でダンジョンを作れるってところだろ!」

「おお、そうだった! なんだかワクワクするな」

「そう? あれって面倒だから、自分で作るのはちょっと」

「ぶっちゃけ、その手間をレベリングにまわせって話だよな」

「「あぁ~~」」


 実際の新型ODMは、基本フォーマットからの編集に加え、WCのマップ生成技術を利用したランダム生成機能もあるものの、基本的には"やり込み要素"の位置付けで、そもそも必要アイテムを揃える段階でフルイにかけられる。


「でも、一部のアイテムは間違いなく値崩れを起こすだろうから、今のうちにレアアイテムは換金しておいた方が良いかも」

「何を今更。アプデ前に在庫整理するのは、商人プレイの基本だぞ」





「悪いな、こんな遅くまで手伝わせて」

「何を言っているんですか、兄さん。手伝っているのは私の意思です」

「それはそうだが、一応、な」


 深夜、向井兄妹が大会用ダンジョンのカスタマイズ作業を進める。


 イベントの基本方針として、向井が控える最終エリアでの『特殊ギミックで挑戦者を倒す』行為はNGとなったので、デフォルト設定のままでもいいのだが…………『WCモード対応エリア』に変換したことによりうまれた"アラ"は、どうしても手動で修正しなくてはならない。


「そういえば、WCには(L&Cのような細かい)属性分けはないんですよね?」

「属性は無しで、種族のみ。冷気や氷は、全部"水棲"扱いになる。まぁ、そもそも特化装備を使うって概念が(WCには)ないらしいから、闘技場みたいな感覚だな」

「それでは大半の(高価な)特化装備が無駄になってしまいますよね」

「なるな。L&Cモードなら普通に使えるけど」


 同じオープンアクションと言っても、タイトルによって細部の仕様は大きく異なる。その中でもWCは尖っており(素材やエンチャントで調整要素はあるものの)たとえば近接攻撃武器カテゴリーは"剣"のみとなっているため、F&Cに限らず大半のタイトルで整合性の問題が出てしまう。


「とりあえず、内装はこんなものか?」

「やはり、荒く見えますね」

「そこは……。いっそニャン子に丸投げするか」


 WCの世界は、1メートルの立方体を基準として構成されている。実際には様々な形状のブロックがあるのでいくらか緩和されるものの、やはり『積み木の世界』といった印象はぬぐえない。


「兄さん! なぜ、今、猫がでてくるんですか」

「え? 得意そうだし、アイツ」

「そういう話ではありません!」

「えぇ……」


 この兄妹。基本的に仲は良いのだが、会話の噛み合いはすこぶる悪い。


「し、しかし、まさかココまで大変になるとは」

「そうですね。新しいODMやWCモードの仕様を覚えるところからでしたし」


 今回の大会、挑戦者側は普段のWCの延長で気軽に挑戦できるものの…………それを迎え撃つ向井や運営は大混乱。新型ODMの動作確認やイベントをおこなうために必要な操作。結局、集まった技術者だけでは足りず(デバッカーの数合わせのために)営業担当まで駆り出されることとなった。


「なんとか時間を作ってFSLゲーマーズに会ってみたが…………睡眠不足でぶっ倒れそうだったよ、ホント」

「あの人たち、本当に弱かったですね」

「あぁ。俺が相手する以前に、道中で全滅するレベルだったぞ」


 ゲーマーズの実力がプロに及ばないのは事実だが、実のところWCの難易度設定として『道中で全滅しかねない』と言うのは正常で、もともと何度か死に戻りつつ攻略する設計となっている。


 しかしながら、お披露目イベントで『グダりたおしたせいでボス戦まで辿り着けませんでした』となる展開は避けなければならない。そのためそこでも追加調整が迫られた。


「一応、ゲームセンスが高いのを謳っているのですよね?」

「センスはそこまで悪くないのだろうが…………問題は圧倒的な練習不足だな。アイドルでもあるから仕方ないのだろうが」

「結局、お金儲けが優先なのですね」

「それは俺も同じだ。生活費なしには、ゲームは続けられない」

「それは、そうですけど」


 組織が大きくなれば、抱えるシガラミも大きくなる。そのせいでコケた会社やタイトルは数知れず。それらは怠慢だの手抜きだのと叩かれるが…………少なくとも現場は、許される範囲でベストを尽くしている。


『すいません! 向井さん!!』

「「…………」」


 ステージギミックを担当する開発者の声が、またしても響き渡る。





「まさか3フレームもズレていたとは。ほんとうに、助かります」

「いえ、コチラも細かな指摘をしたせいで……。……」


 4社が競い合うために作られた特設エリア。そこではWCとL&Cの開発に加え、駆り出された営業が慌ただしく飛び回っていた。しかしながらそれでも進捗は悪く、帰宅はおろか睡眠時間さえ取れているか怪しい状態となっていた。


「すいません向井さん。自分たちでは、こんな細かい違いは分からなくって」

「いえ、これくらい」

「せめて診断ツールが正常に動作してくれていたら」


 WCはストリーマー御用達のタイトルであり、知名度で言えばL&Cの遥か上を行く。しかしながら意外な事に、開発者の人数や質は伴っておらず、ブラックボックス化しているプログラムも存在していた。それはゲームの性質や運営形態を考えれば仕方ないものなのだが…………そうなると急な仕様変更や、大規模なイベントに対応するリソースは自社だけでは賄えない。


「向井さん! そろそろお休みになられては?」

「お夜食も用意したので、よければ一度ログアウトして……」


 手の空いたL&Cの営業が、すかさず向井に群がる。彼らは今回の一件で、FSLの介入を許してしまった負い目もあるが…………それとは別に、親会社の社員であり看板プレイヤーの向井に頭が上がらない。


「いえ、まだやり残したこともあるので」

「そうですか。それで……」

「はい?」

「その、鳳の方々は……」

「あぁ」


 営業の本当の目的は、親会社である『鳳グループの心情』の聞き取り。L&Cの開発会社であるOVGは鳳グループの中でも医療部門が担当しているのだが…………それはともかく、今回の一件で営業の権限をこえる変更が余儀なくされ、関連会社も含めて大いに迷惑をかけた。


「本部は、そこまで気にしていないですよ。それよりも、イベントが無事、成功するかを注視していますね」

「そ、そうですか!」


 鳳は扱っている案件や金額が大きい事もあって、営業が思っているほど今回の一件を大きくとらえてはいない。問題は、つつがなく終わる事と、その後の訴求効果にある。


「でも、安心はできないですよ?」

「え?」

「FSLが、このまま大人しくしてくれるとは思えないですし」

「「あぁ……」」




 すでにFSLは、ゲーマーズを勝たせるために八百長まがいの申し出を幾つも突き付けている。さすがにWCやOVGは、それらを突き返しているのだが…………FSLはその程度で止まれる会社ではなかった。

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