#469 WC事変⑥

 代表的なオープンアクションゲームの魅力は、何と言っても『リアルと同じ操作感でプレイできる』点にあるだろう。これは仮想空間に没入して楽しむフルダイブVRの特性ともマッチしており、高い支持を集めている。


「しかし、"カムイ"と"リョータ"は安定していますね」

「"ジョー"や"ヒカル"も負けていませんよ!」


 FSLゲーマーズ総合チャンネル。本来、ストリーマーのチャンネルは企業勢でも個人管理が一般的で(もちろん事務所が広報用のチャンネルを持つ事はあるが)通常配信はストリーマーが自宅で、自分のチャンネルを利用して配信するかたちになる。しかしながらFSLは、団体企画やグループでの活動も多いため、事務所が(個人・総合を問わず)チャンネルを一元管理し、配信も基本的に会社所有のスタジオからとなる。


 それはストリーマーにとって悩みの種である編集作業やスケジュール管理を任せられる利点もあるが…………その収益や権利は事務所がすべて持っており、個人の意向や、それこそ引退するタイミングまで事務所に握られてしまう。


「お~っと、やはり"ヨゾラ"が一歩遅れる!」

「やはり、体を使う競技は厳しいようですね」


 そして配信に映し出されているのはWCのイベントに参加する御剣 神威ミツル ギカムイ(通称カムイ)・神崎 亮太カンザキ リョウタ(リョータ)・不知火 丈シラヌイ ジョウ(ジョー)・斗真 輝トウマ ヒカル(ヒカル)・星野 夜空ホシノ ヨゾラ(ヨゾラ)の5人。


「大会の舞台となるのはWCですが、トワキン(正確にはL&Cだが、練習に使っているのがオフラインプレイが可能なトワキンと言うこともあり、一般に認知されているトワキン呼びに統一している)のコンバートステージと言う事で、トワキンこちらでの活躍が大会の成績に直結すると思われます!」

「一応、クラフト要素もありますが…………どちらにせよ、最後はダンジョンやボスと戦うことになります。ファン投票の結果とは言え、戦闘面で4人に後れを取るヨゾラは資源回収でどこまで活躍できるかがカギになってくるでしょうね」

「そうですね、資材回収はランダム要素も……。……」


 基本的にストリーマーは女性の方が伸びやすいのだが、女性ストリーマーは他事務所が強く、プレイするゲームの相性もあってFSLのゲーム部門は男性ストリーマーを優遇する方針をとっていた。


「ハハッ! 余裕だぜ!!」

「くそっ! やっぱりMVPはカムイだったか」

「ほんと、カムイが居れば敵なしだな!」


 ボス戦も終わり、1番活躍したMVPにボーナス演出がくわわる。このMVPの算定基準は、タンカーやヒーラーとしての行動も加味されるのだが…………基本的にはPTリーダー(勇者ポジションのプレイヤー)が獲得するものであり、そのポジションについているカムイが受賞するのはトワキンをやり込んだ者なら分かり切った結末であった。


 しかしながら当人たちも含めて、ソコには触れない。もちろんプレイング次第で番狂わせは起こりうるのだが…………番組として、分かり切った結末に面白みは無いからだ。そして都合の良い事に、FSLゲーマーズの視聴者は女性中心であり、大半がトワキン未プレイ。それどころか、プレイングの良し悪しすら分からない者ばかり。結局のところ彼女たちはアイドルファンであり『推しの活躍シーン』が見られればそれでいいのだ。


「その、あまりお役に立てなくて……」

「まぁ気にするなって。ヨゾラはクラフトで挽回するチャンスがあるんだから!」

「コッチも悪かったな、使える装備を回す余裕がなくて」


 活躍の機会が無かったヨゾラを、他のメンバーがフォローする。ここだけ見れば微笑ましいシーンだが、視聴者コメントは荒れに荒れる。何故ならカムイをはじめとする男性ストリーマーは熱狂的な女性ファンに支えられており、彼女たちは自分の推しが他の女と絡むのを極端に嫌う。


 それは男女を入れ替えても同じことが言えるのだが、その熱量はチャンネルや事務所の方針次第。FSLが頻繁に所属ストリーマーを解雇する理由はソコにもあり…………ヘイト役として、矛先が向けられるストリーマーを作為的に用意しているのだ。


「おっと! ここで緊急メッセージだ!!」

「これは…………"乱入"です! 誰かがこのステージに乱入してきました!!」


 司会が突然の乱入に狼狽える。しかしながら当然、これは演出。普通にゲストを登場させ、和気あいあいとした雰囲気になっても場は盛り上がらない。


 もちろん、それはそれで需要があるのだろうが…………少なくとも運営は、そういった盛り上がりは求めていない。


「おい! あれって……」

「間違いない! 向井千尋だ! Eゲーム世界大会の優勝者! 向井千尋だ!!」

「そんな!? なんで本戦のボス役が乱入してくるんだよ!??」


 白々しくも乱入者の紹介がなされる。この展開を、当然彼らは知っていたのだが…………これがFSL。あくまでエンターテインメント番組として、このチャンネルは構成されているのだ。


「お~っと、ここで特別ゲストの登場だ!」

「IB世界大会・個人戦優勝者にして、WCの大会で我らを迎え撃つトラキンからの刺客です!!」


 画面が切り替わり、赤黒い霞を纏って現れるのは、向井千尋のアバター・セイン。今回のイベントでは参加者同士の事前交流も許可されており、そこには向井も含まれているものの…………彼は相変わらず"任意参加"を全て断っており、FSLはソレを利用する形で向井の独占出演権を獲得した。


 世界大会以降、向井が公の場に現れるのはコレがはじめてであり、FSLのSNS部隊はコレを即座に拡散し、膨大な同時視聴者数を稼いでいく。


「さっきから見ていれば……。ゲーマーズを名乗っているから少しは期待したが、中身はド素人じゃないか」

「なっ!!?」

「たしかにプロのお前から見れば……。……!!」


 開口一番、喧嘩を売っていくセイン。彼は元より挑発的な人物だが、社会人としての常識は持ち合わせている。


 そう、これもFSLが用意した筋書き。女性人気の高い向井にファンを奪われないよう、第一印象が悪くなるような演出を指示したのだ。コラボ相手を陥れるような演出は、本来避けるべきなのだが…………短期的な利益を追求し、演者や他企業を使い捨てにする。このやり方はFSLの上層部が指導する手法であり、彼らはそれを"常識"であり"鉄板"と考えていた。もちろん、長期的な視点で見れば会社にとってマイナスなのだが、そんなものは頭の固くなった老害には通じない。悪びれるどころか『賢いやり方』だと、自分を都合よく肯定してやまないのだ。


「そこまで言うのなら…………5人同時で構わない、かかって来い」

「なっ!? チャンピオンだからって調子に乗りやがって」

「落ち着け皆。今のセインコイツは通常乱入者。装備は同じだから勝機は充分にある!!」


 乱入者は通常アバターであり、その戦力は1人分。単純計算で5倍の戦力となるので、プロが相手でも素人目には『良い勝負が出来そう』に思える。つまり、"試合運び"を操作しても不自然さは生じないわけだ。


「そんな! なんで! あたら! ないんだっ!!」

「落ち着け! 常に三方から仕掛けるようにするんだ!!」


 圧倒的な実力差をもって5人を翻弄するセイン。対する5人の実力は、実のところL&Cで言えばランキング圏外。そもそもプロ級の実力があればプロになっているし、アイドルとしての活動もあって練習時間もとれていない。


「それが本気か? お遊戯に付き合う趣味は無いんだがな」

「クソッ! これほどなのか…………世界の壁は」


 筋書きに沿って苦戦する面々。しかしながら、その光景を見守る運営の心中は"焦り"が生まれていた。


『おい、お前たち! 何をやっているんだ! 誰がそこまで一方的に負けろと言った! それじゃあ本番で勝っても、八百長を疑われるだろ!!』


 FSLが用意した筋書きでは、今回の勝負はヨゾラに足を引っ張らせる形で"敗北"し、本戦では雪辱をはらす形で勝利する展開となっている。


 ファンからすればカムイたちは絶対的な存在で、それでも演出としてこの場は負けて欲しい。そのためボス戦後の消耗した状態や、ヘイト役であるヨゾラを用意した。した、のだが…………ここまで酷いとヨゾラの存在も意味をなさず、たんなる『アイドルの公開処刑』となってしまう。


『向井さん! やりすぎです!! もうすこしカムイたちをたてて……。……!?』


 運営も向井に指示を出すのだが、放送中の指示は一方通行。なにより向井はリモート参加なので、物理的に止めることも出来ない。


「ふん。"疲労"で本来の動きが出来ていないようだな」

「え? あ、それは……」

「素人、それも疲労困憊の相手を倒しては、俺の名に傷がつく」

「え? ちょ!??」


 突然、剣を納めログアウト処理をはじめるセイン。ゲーム仕様的にこの間は無防備であり、ここを攻撃すれば一方的にダメージを与えられるのだが…………さすがにソレが出来るほど、ゲーマーズも恥知らずではない。


「装備を整え、作戦を練りあげ、"全員"の力を纏め上げろ。そこまでやれば…………大会では、良い勝負が出来るだろう」

「え? ……あぁ、「ありがとうございます!!」」




 予定とは異なるが、それでもプロがアマチュアに胸をかす展開に持ち込み、この場は上手くおさまった。

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