#468 WC事変⑤
あれからほどなくして、正式にストリーマー事務所4社の参加が発表され、それに合わせて練習風景の配信も解禁された。まだルールの詳細は明かされておらず、各社『アップデートの内容を予想しながら代表参加者がメンバーを選定する』ところからのスタートとなったが…………唯一、FSLだけは参加選手に選択権は無く、どこからともなく出てきた"視聴者アンケート"と運営の意向で全ての段取りが組み立てられていた。
「すいません、向井さん。無理を聞いて貰って」
「こちらこそ、わざわざ
「そんな他人行儀な、カオリと呼んでください」
向井千尋が勤める研究施設の一室。そこには彼に挨拶に来たFSLの担当者・影山香織の姿があった。彼女の年齢は一見若く見えるのだが、物腰や立場を考えるとそれなりにいっているようにも思える。ただ…………それとは別に、開けた胸元と短いスカートを強調する仕草が目に付いてしまう。
「それで今回のご用件は……」
「えっと、良ければ下のお名前で……」
彼女は今でこそFSLの営業部門に所属しているものの、それまではミスコンや各種オーディションの受賞経験もあり、容姿や体形に自信をもっていた。
「必要性を感じませんね」
「アハハ、向井さんって、真面目なんですね~」
「「…………」」
向井の冷徹なスルーを受け、場の空気が凍り付く。互いの背後には商談を補佐する営業が数名控えているのだが…………今回はあくまで"挨拶"の名目であるのに加え、とある事情もあってただの立会人となっていた。
「先に言っておきますが、WCの件でしたら"まだ"お話しできないので」
「いえ! そこはもちろん、レギュレーションは守らせてもらいます。今回はあくまで……。……」
機嫌の悪さを漂わせる向井。それもそのはず、今回の一件は彼や鳳グループとしても不本意なものだった。業界に大きな影響力を持つFSLだが、所詮は芸能プロダクション。鳳グループ相手に強権を通せるほどの権力は持ち合わせていない。しかしながらやりようはあった。WCの営業もそうだが、末端の営業を無理やり丸め込む形で強引に契約を取り付けてきたのだ。
その結果FSLは、WCや鳳の本部に頭を下げる事無く今回の企画を通し、代わりに下部組織、鳳側で言えばF&Cとトワキンの営業所の営業と代表者が本部に頭を下げる結果となった。下部組織がやった事とは言え、正式に契約が成立してしまえば親組織も頭ごなしに断れない。これにより(背後に控えている営業も含め)大勢が減給処分となったが…………WCや鳳も、上が折れる形でFSLの提案を飲む事となった。
「もちろん、今回のイベントは"厳密には"大会では無いので交流会にも協力させてもらうつもりです」
FSLの介入のせいでイベントは本格的な『専属契約、争奪大会』のようになってしまったが、当初は和やかな交流イベントであり、あくまで盛り上がり重視。多少の忖度やグダリ展開には目をつむる、『ちょっと大がかりな案件動画』になる予定であった。
そのため、本格的に勝ちにいく人選や練習は想定しておらず、事務所を跨ぐ交流も許可されていた。と言うか、そもそもの筋書きが『大手三社が競い合うテイでスタートして、最後は皆が手をとりあってF&Cのボスに挑む』形での大団円を予定していたのだ。
「それで、交流会なんですけど…………よければスタジオを用意しますので千尋さんには……」
「向井です」
「「…………」」
恐ろしく冷え込む会議室。しかしながら営業の背筋には汗がにじんでいた。それは暑さからくるものではなく、緊張からくる脂汗であった。
「向井さんには、そちらでウチの参加者"候補"をボロクソにダメだししてもらいたいんですよ」
FSLは現在、WCのイベント参加者を決める事務所内オーディションを行っている。しかしながら実のところ主要メンバーは確定しており、やっているのは映える映像を集めつつの『クビにするメンバー』の選定。そしてイベント当日は、勝てて当然のボスをあっさり倒してしまっては映えないので、事前に向井千尋の圧倒的な強さをアピールすると共に、クビをかけて必死に戦うアイドルの画を撮影する"予定で"企画が進行している。
話はそれるが、基本的にFSLは『偶然の展開』を嫌っている。今回のイベントも、クビになるアイドルや展開を事前に決め、それを実現するために動いているのだ。
「ARによるリモート参加でお願いします」
「そこを何とか! アバターではなく、出来るだけご本人の画が欲しいんですよ!!」
「そうですか。それではこの話は無かっ……」
「待ってください! もちろん、参加していただければ"別途"、出演料や……」
「「…………」」
再度、胸元を強調する仕草を見せる影山。華々しい世界にあがることも出来なかった行き遅れの色仕掛けが無効なのは、営業からすれば明白であったが…………影山はソレ一本でここまでやってきたこともあり、他の手段を知らない。
「影山さん」
「はい?」
「モデル時代も含めて、"ソレ"で何度か問題を起こしていますよね?」
「…………」
「ウチには、業界の裏事情に詳しい者が何人かいて…………影山さんの"武勇伝"も聞き及んでいます」
「「…………」」
悪寒を通り越し、吐き気を覚える営業。
影山は若い頃、モデルやコンパニオンの仕事を幾つもハシゴしていた。しかしその殆どが枕営業で勝ち取った成果であり、その勝ち取った場所も問題を起こして出禁となっている。
「あら、こんな時間。向井さんとの話が楽しすぎて、思わず時間を忘れてしまいました! 詳細は、また後日すり合わせましょうか」
「そうですね。それでは、失礼します」
*
「うぅ、何なんだよ、あの2人」
「俺、寿命が10年は縮んだぞ」
会議も終わり、胃を押さえてトイレに駆け込む営業たち。
「つか、向井千尋って何者だ? 若いのに、心臓に毛でも生えているのか??」
「PKありのネトゲのトップだ。ギスギスした雰囲気は慣れっこなんだろう」
「それもあるだろうが、取り巻きも豪華らしいぞ」
「「??」」
「消費期限切れの影山ンバよりも、若くてスタイルの良い本物のモデルあがりや、現役アイドルゲーマーに囲まれて…………おまけに群がってくる年下のファンもクソほど多いらしい」
「「……………………」」
その後、営業たちは終始無言であった。
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