#467 WC事変④

「その、よかったんですか? 私(部外者)に話しちゃって」

「あぁ、うん。一応、同業者だし」

「なるほど、"そっち系"だったんですね」


 VRチャット空間で密会する風間とキャシー。風間は個人勢であり、プロゲーマーとしての立ち位置もあって知らなかったが…………今回のWC大型アプデの企画は複数のストリーマー事務所を巻き込む大掛かりなものであり、同業者間での情報共有は許可されていた。


「それで、ボス…………じゃなくて、向井千尋を倒したいって」

「あぁ、うん。その話なんだけど……」


 風間は今回の話、受けるかどうかは別にして、1つの大きな疑問があった。フォローハートは純粋なVアイドル事務所であり、もちろん企画として勝利は目指すのだろうが、"アイドル"としては優勝する必要が無い。それにもし何かしらの理由があったとしても、その場合は事務所(スタッフ)が動くはずで、多忙なトップストリーマーが個人的にプロゲーマーを頼る必要は無い。


「正直、ルールしだいだとは思うんですけど…………まともにやって勝てる可能性はゼロですね」

「"マコちゃん"たちをフル投入しても?」

「よほどアイテムの引きが良かったらワンチャン、あるかないか。何せ向井千尋って、私でも勝てない人が勝てない人にも勝てちゃう人ですから」


 マコちゃんとは、フォローハート所属のVアイドル・獅子王マコトのこと。フォローハートはアイドル事務所であり、ゲームの実力は重視していない。しかしながらそれでも、獅子王をはじめとして"プロ級"と賞賛される腕前を有する者は数名在籍している。


 だが、そんな獅子王をもってしても『練習を重ねれば風間と張り合える』程度であり、向井はそのさらに上の実力を有している。もちろん、ルール的に物量やギミックで押し切るなどの作戦が可能かもしれないが…………運頼みでいくなら風間に声をかける必要は無い。要するに、必要なのは『確実な勝利』なのだ。


「やっぱり、難しいんだ。その、勝つのは"VIP"か、その、"DooM"でもいいんだけど……」

「はい?」


 VIPは同じVアイドル事務所・ヴァーチャルアイドルプロジェクトの事であり、DooMは顔出し系ストリーマー事務所の最大手となる。


 傍から見れば、同じVアイドル事務所のVIPがライバル関係であり『ココだけには勝ちたいのでは?』と思うかもしれないが、フォローとVIPはコラボ配信などで手を取り合う事も多く、関係は良好。


 DooMにかんしては、顔出しの有無で明確な住み分けが出来ており、衝突する事は無い。


「えっと、この事は絶対にナイショでお願いしたいんだけど…………裏ではかなりゴタゴタしていて、その、"FSL"が……。……」

「あぁ~」


 FSLとは、フジシライライブスタジオの略で、厳密に言うとこの事務所はストリーマー事務所ではない。いわゆる芸能プロダクションであり、その中にストリーマーを管理している部署があるのだ。そのため出演者はタレントや俳優も多く、その演出もTVや演劇のテイストが強い。


 FSLの問題は、その立ち位置や演出にある。ストリーマー事務所としては他三社の足元にすがる程度ではあるものの、芸能業界でつちかった栄光もあって無駄に態度が大きく、そのくせ落ち目の業界と言う事もあって強引な営業にくわえ、悪い噂も絶えない。


 今回の案件も、もとは大手三社に声がかかっていたのだが…………どこから話を聞きつけたのか、FSLが強引に割り込む形で企画案やスケジュールの変更がなされ、関係各所を大いに混乱させた。


「その、優勝得点も無理やり変えちゃうし……」

「本当に、やりたい放題ですよね、FSLあそこ


 企業として利益を求めるのは良い事だ。しかしながらモノには限度がある。今後の事を考えるならば互いが得をする形が望ましく…………営業が短期的な成果のために、今まで築いてきた(ゲーム会社とストリーマーの)信頼関係を破壊していくのは看過できない。


 今回の案件では、当初は単純に先行プレイが出来て、裏ではコッソリ事務所に謝礼金が支払われる形で進んでいたのだが…………FSLが参戦するにあたって、出演者に応じた出演料の追加と、更なる『話題性のある人物』の投与。そして優勝特典としてWCの『CMの専属契約権』まで引き出してしまった。


 当然ながらWCとしては大幅な企画・予算の変更が余儀なくなり、ただでさえ遅れているアプデがさらに遅れる結果となった。他事務所に直接的な被害は無かったものの、今後、WCからこの手の大型企画が提案される事は無くなるだろうし…………キャシーをはじめとするトップストリーマーは年単位でスケジュールが埋まっており、優勝してもCM契約は受けられず、WC側も更なるスケジュールの変更が必要になってしまう。


「それに、またあの会社…………強制引退企画をやるみたいで」

「はぁ~~。また、被害者が」


 そこに加えて、FSLの定番企画に『****出来なかったら即引退!』と言うものがある。TV番組で時おり見られる、アイドルグループの人気投票などで最下位をクビにする企画だ。これがリアルのアイドルなら、まだ卒業(入れ替え)企画として成立するのだが…………ストリーマーはそうもいかない。何故ならストリーマーとしてのキャラクターや配信技術の"権利"は企業側が持っており、引退後には『一切のストリーマー活動が禁止される』のだ。


 企業側がこの権利を持つのは自衛の意味もあり、FSL以外でも引退後の再始動(通称"転生")を制限している事務所は多い。しかしながらFSLは完全禁止であり、そのうえ入れ替わりも激しい。これのせいで大勢の『大手事務所所属Vアイドル』の肩書に憧れた者たちが使い捨てにされ、おまけに配信関係の職種(裏方も含む)にも一切かかわれなくなってしまう。


「FSLの言い分もわかるけど…………これ以上、私たちの世界を、グチャグチャにされたくないの!」

「うん、そうだね」




 風間がキャシーを優しく抱きしめる。ストリーマーとしての格や収入はキャシーが勝るものの、それでも中身は一人の女性。理屈は抜きにしても、そこには様々な思いが渦巻いていた。

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