#466 WC事変③
「そういえば、皆、見た!? WCの大型アプデの話! 追加情報が出たんだよ!!」
ゲームを終え、プライベート空間での雑談配信に移行するユッカこと風間由香里。彼女は基本的にリアルイベントにも参加するプロゲーマーなのだが、それと同時に有名ストリーマーでもあり…………対戦向きではない(配信向け)タイトルのWCの話題もたびたび取り上げていた。
『>なんか戦闘要素が一気に充実するらしいな >充実っていうかRPGゲームの世界に入り込めるってかんじ? >PVに向井千尋でててビビった >大会後は一切露出が無かったけど、いきなりWCの公式PVに出てくるんだもんな』
ユッカチャンネルの視聴者は、大半がL&Cをプレイしてはいない。そのためL&Cのアップデート情報やセインの動向に関心は無いのだが…………風間と共に世界大会で活躍した謎のチャンピオン・向井千尋の事を覚えている者は多く、そんな彼が突然、WCのアップデート告知PVに登場したのだ。
「いや~、あれはビックリしたよね。飲んでた牛乳、盛大に吹いちゃったもん」
WCとは、ランダム生成されたワールドで資源を集め、それらを利用(クラフト)して様々な目標に挑むアクションゲームだ。一応、ポストアポカリプスの世界を舞台に、ゾンビなどのモンスターと戦う事になるのだがホラー感は薄く、メインはクラフト要素となっている。
『>そのジュース言い値で買おう >俺もハバネロミルクティー噴いた >それよりもプレイベントが気になる。黒塗りの影、なんか見覚えある連中がいたし >いちぶモザイク貫通していたの草』
WCの魅力・活用法は多数存在するが、やはり1番に思いつくのはマルチプレイによる大規模建築だろう。無限に広がる世界を冒険し、発見したロケーションでさまざまな資材を調達し、世界を自分たちの"色"に塗り替えていく。
これはゲーム配信をするストリーマーには都合の良いもので、ダンジョン探索や大規模建築の完成は華(撮れ高)があり、地味な建築作業も雑談配信を垂れ流すのに都合がいい。
「基本的にはL&CのダンジョンをWCのダンジョンに変換して、おまけにそのエリア限定でRPGゲームっぽい機能が使えるって感じみたいね」
初期の発表では、基本であるアバターの共有に加えて、それぞれの世界観を象徴するようなデザインのアイテムが追加される程度だと思われていた。しかしながら実装が遅れる中で、その内容もスケールアップしていった。
その追加された要素が『ダンジョンコンバート機能』であり、WCには無い(ランダム生成では難しい)デザイン性の高いダンジョンに挑戦できるようになり、加えてRPGらしいいくつかの装備やスキルも体験できる。
『>これはWCの動画が盛り上がるだろうな >壁とか破壊できるの、どういう扱いになるんだろ? >さすがに壁とかはイベントエリア扱いで破壊不可になるんじゃね? >向井プロ? や他の招待ストリーマーがプレイベントでなにやるか楽しみすぎる』
アップデートの詳細はまだ完全に明らかになっていないが、近日開かれるイベントで更なる詳細の発表とともに、先行体験として招待ストリーマーの生中継企画が発表された。その参加者として最初に公表されたのが向井千尋であり、彼はL&Cからの刺客としてイベントで重要なポジションにつくことになっている。
そして未公開の招待ストリーマーとして、公開されたシルエットの中には大手ストリーマー事務所に所属する超有名ストリーマーと思われる影が多数みられた。あくまでシルエットなので本人が出演するとは限らないが…………彼らは皆、WCの配信を定期的におこなっており、大手事務所が手を取りあう伝説的なコラボが実現する可能性は否定しきれない。
「話がそれちゃったね。一応補足しておくと、今のところ…………私は呼ばれていないので、変な期待はしないように」
『>そらそうだ >まえにWCやったの1年くらい前じゃね? >戦闘だけなら大手事務所の連中をボコせるとは思うけどね >団体戦っぽいから個人勢は呼ばれないだろ』
「それじゃあ、投げ銭の読み上げをしていくね。……。……」
一般には知られていないが、世界大会の際に個人勢であるユッカはYYPへの所属の打診を受けていた。しかしながらその後のゴタゴタで話は有耶無耶になってしまった。正直なところユッカとしては『所属するのも良いかも?』と思う気持ちは小さくないのだが…………プロゲーマーとしての活動やリアルイベントでの(タレントのような)活動を実績のないYYPが補佐するのは難しく、中途半端な関係になるのが気がかりになっていた。
*
「はぁ~、おわったおわった」
配信を終え、VR空間からログアウトした風間が、はしたない格好で冷蔵庫をあさる。時刻は零時を過ぎているため本格的な食事ははばかられるが…………ストリーマーとしてはまだまだ宵の口。疲れと喋りからくる喉の渇きが、彼女を飢えた獣にかえてしまう。
「カラアゲは…………さすがにヤバいよね? お菓子(の食べ過ぎ)は肌にくるし…………お茶漬けか、TKGか……」
散々迷ったあげく、牛乳の紙パックを片手にパソコンの前に戻る。出来る事なら後先考えずに揚げ物や甘味をかき込みたい気持ちはあるが…………イベントでリアルボディを晒す機会のある風間にとって深夜の暴食は許されない。
「ん? 通知だ……」
牛乳で無理やり腹を満たす風間が、新規メッセージの通知に気づく。このアカウントは配信用であり、その相手はストリーマーに限定される。
「え? "キャシー"ちゃん??」
メッセージの差出人はキャシー猫野。最大手Vアイドル事務所・フォローハートに所属するトップストリーマーであり、チャンネルフォロー数では風間に10倍以上の大差をつける雲の上の存在となる。
「えっと、なになに…………とう、その…………無かったらで…………ん??」
陰キャ丸出しのメッセージに、風間の解読が一歩遅れる。キャシー猫野は、配信ではトラブルキャットの異名を持つほどの弾けっぷりを見せるものの、根はド陰キャであり、配信外では絵にかいたようなコミュ障であった。
「えっと…………向井選手を"倒す"の、手伝っブゥゥゥ!!!!」
その日、風間由香里は、届いたばかりの高級メカニカルキーボードをまたしてもお釈迦にしてしまった。
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