#465 WC事変②

「そういえば…………ねぇ、お兄ちゃん」

「何だよ、アイドル」


 ギルドホームの設備で素材を調合するセインと、VRの大画面で編集作業をすすめるユンユン。このギルド、基本的にログイン率は高いのだが、YYPの活動もあり意味もなくホームに集まり雑談に花を咲かせる時間は無くなっていた。


「アイドルって、まぁ……(最近はそれらしい活動はぜんぜん出来ていないけど)……アイドルなんだけどさぁ」

「どうせ、出演依頼とかだろ?」

「ぐっ。それは、まぁ…………それもあるにはあるんだけど」


 煮え切らない態度で、セインは即座に『何かしらのお願い』があるのだと察した。この2人、仲は悪くないのだが、会話はどちらも受け身タイプなので、何か用事が無い限り会話が発生する事は無い。


「他にもあるのか。別に、答えられるものなら答えるし、そうでないなら答えないだけだ」

「でしょうね。いや、まぁ、答えられたらで良いんだけど……」

「…………」

「その、魔王とか勇者って、まだなのかな~って」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって」


 あっさりしたリアクションに、ユンユンの表情が和らぐ。『ギルドメンバーの攻略状況を聞くぐらい』と思うかもしれないが、セインは秘密主義であり、このギルドも個別攻略勢の集まり。とくにセインは、トップ争いを繰り広げる最上位勢であり、扱う内容も攻略サイトにさえ載っていない最高機密となる。


「もう、なっている」

「へ?」

「だから、もう魔王になっている。ほとんど形だけだが…………この前の大会が終わったあたりで」

「え? マジ?? でも、たしか全体アナウンスとかあるんじゃなかったの??」


 たしかに、一部の根幹イベントは『****の封印が解かれました』などのアナウンスが流れ、対応エリアやNPCに変化が起きる。魔王誕生イベントが進行しているのは一般にも認知されているが…………その進行状況を確認する(最終狩場級のエリアや前提クエストをクリアしているものが少なすぎる)のは難しく、掲示板には『そろそろ勇者・魔王が現れる時期』という憶測は飛び交うものの、具体的な証拠があがらない状態であった。


「それ、たぶん情報が"新しすぎる"」

「え? どゆこと??」


 たしかに、通常ならアナウンスで新たな魔王の誕生が告げられただろう。しかしながら現在は、第七世代移行に当たってゲームの進行度がリセットされた。つまるところ、まだ(ほかのMMORPGで言うところのGvGにあたる)聖戦システムの始動条件が未達成であり、そこに関連するアナウンスも発生しない状態なのだ。


「本来、ランキングや勇者・魔王、そして聖戦システムは別イベントで…………ついでに"ODM(オリジナルダンジョンメイクシステム)"もまだ解禁されていない」

「え? あぁ~~」


 ODMとは、占領したエリアを改変して他プレイヤーを迎え撃つシステム。勇者や魔王は、このODMで挑戦者を迎え撃つことになるのだが…………ODMは勇者・魔王限定特典ではなく、別システムとして条件を満たしたPCに与えられ、他プレイヤーを迎撃する事で特別なアイテムが入手でき、それらは神器クラスの装備の素材などになっている。


「俺以外にも、何人か限定職になったヤツは居るみたいだが…………やはり、役者が揃うまでは大型のストーリーイベントは起きないみたいだな」

「もしかして聖戦システムとかって、(勇者や魔王の中に)NPCが紛れていると始まらないの!?」

「そのようだな。実際、そのあたりのイベントは後発だったし…………何より」

「??」

「今の状態で聖戦をスタートしたら、一部のプレイヤーに伝説級アイテムを独占されてしまうからな」

「あぁ~。お兄ちゃんみたいな?」

「誰がだ! まぁ、真面目に返すなら、そういうのは人海戦術が可能なLルート系の大手ギルド限定になる」


 L&Cに限らず、オンラインゲームはその都度アップデートでイベントが追加されるのだが…………勇者・魔王は"名誉称号"あつかいで初期のころから実装されていた。対して聖戦システムやODMが実装されたのは中期以降であり、それも段階的に得点が追加される形での分割実装だった。現在は、すべて揃って一括りに扱われているが、システム的には別物であり、とくに希少アイテムが得られるイベントは公平を期する意味もあって先送りになっている。


「それもそうか。それじゃあ、お兄ちゃんのそのアバターって」

「前と同じように見えるけど、これは"ヨリシロ"だな」

「おぉ~~」


 Lルートは人系種族(亜人も含む)限定なので支障は少ないが、Cルートの転生リストにはマップ移動ですら制限される種族が含まれる。そうなると街・ギルドが利用できなくなってしまうのだが…………救済措置として、1つ前の種族に変身するかたちで、限定的に制限を回避できる。


 セインの場合、1つ前(魔王になる前)のデーモンの姿になることでギルドホームに入ったが、この状態で(対応エリア外で)魔王の姿になる事は出来ず、ヨリシロ時はその種族のステータスや行動制限が適応される。


「まぁ、今はヨリシロに頼らなくともセカンドアバターで何処でも行けるがな」

「たしかに」


 厳密に言えば制限はあるのだが、今の運営はレベルや装備が平等化されているセカンドアバターでのイベントや評価を重視する方針となっており、トワキン勢などを中心としてメインアバターやメインストーリーを一切進めないプレイヤーも増えている。


「でもまぁ、俺の見立てでは聖戦やODMの実装は近いと思うぞ。とくに、ODMの方は」

「そうなの??」


 セインの表情に、何かを感じ取るユンユン。セインはゲーム開発にかかわっていないものの、親会社に務めていることもあり守秘義務が発生する情報に触れる機会が存在する。


「それに、"俺も"セカンドアバターでの活動を重視する事になるかもしれないし」

「え!? 魔王や神器は目指さないの??」


 セカンドアバターには、時間のかかる育成や過度な厳選要素は存在しないので他の活動を邪魔しない。そのためセインも世界大会に参加できたのだが……。


「会社で、色々あってな」


 セインは障害者であり、次世代のリハビリシステムの治験に参加しながら、その開発にもかかわっている。つまりL&Cをプレイするのは仕事やリハビリの一環なのだ。しかし開発作業やリハビリが一定の成果をあげた今、労働形態や生活サイクルの見直しが迫られている。


「それじゃあ、もう、ログイン時間を維持できなく……」

「いや、もっとゲーム内の露出を増やして、ダイエットシステムの販促や、各種大会に参加して会社に貢献しろって意見もあがっている」

「あ、あぁ~~」


 Eゲームの世界大会は、セインが所属する鳳医療も絡んでいたものの、主催はあくまで別組織。たしかに絶大な宣伝効果はあったが、本業は医療分野であり、ゲームの大会に肩入れするのは憚られた。しかしながらダイエットシステムなどは鳳グループが直接絡んでおり、その成功例であるセインこと向井千尋を使わない手はない。


 つまるところ、リハビリシステムの開発は落ち着いたので『正式にプロプレイヤーとして看板を背負って戦え』という事になる。もちろん即座に部署移動ができるほど回復しているわけでもなく、組織内にも多様な意見があるのだが…………プロプレイヤー化(プロゲーマー)するとして、それを医療部が抱えるのは不自然。かと言って下部組織のOVGはL&Cの開発元。開発元が直接プロプレイヤーを抱えるのは贔屓ととられてしまう。そうなるとダイエットシステムの担当部署がスポンサーになるのが1番納まりがいい。


「(体が)良くなってきたとは言え、まだ数年は経過観察を続けるから、所属部署や活動が明日(比喩)から劇的に変わるってわけでもないんだがな」

「なるほど。ってことは! 今後は撮影にも、積極的に協力……」

「どうだろうな。みんなでワイワイやっているところに俺が水を差すのも気が引けるし」

「いや、だからなんで部外者ポジションなのよ、まったく」


 スポンサー付きのプロプレイヤーになるチャンスは、たしかに魅力的だ。しかしながら嫌らしい話、医療部門の開発チームの方が給料は上であり、福利厚生も充実している。そのため、完全なプロプレイヤーになるのは躊躇して当然。とくにセインの場合は、回復傾向にあるとはいえ障害者なのだから。


「つか、アイドル事務所なんだから、依頼なんかはもう少し、体裁を整えた方がいいんじゃないのか? (ストーリーマー界隈の常識は)知らんけど」

「それはダメよ!」

「ダメなのか」

「だってお兄ちゃんの"マネージャー"が……」

「それは、俺に言われてもな」


 セインはタレントでは無いので、正式なマネージャーは存在しない。しかしながら似たようなポジションには妹のアイがついており、彼女は全力で私情を挟んだ裁定をくだしてくる。


 YYPは純粋なアイドル事務所ではないので、異性との絡みは個々の判断に任されているのだが…………所属タレントとして活動するストリーマーは女性ばかりであり、そこに出演するのをアイは過剰に反対していた。


「いや、他に誰に言えばいいのよ? って、そうか、スポンサー……」


 YYPの設立には鳳グループから派遣された人物も絡んでいる。彼女とセインに直接的な繋がりは無いものの、鳳グループの子会社がプロゲーマーとしてのセインのスポンサーになるのなら、個人ではなく企業・スポンサー権限で依頼する事も可能になる。そうなれば、さすがのアイも断りにくいだろう。


「俺もアイも、タレント活動に興味は無いが…………まぁ、仕事として正式に事例がおりてきたら、従うかな?」

「アイちゃんは……」

「しらん」




 当初は第七世代でも頂点として魔王の一柱に君臨する方針で動いていたセインだが、最終目的の多様化や、社会人としてのシガラミもあり、その活動に柔軟な対応が求められていた。

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