#464 WC事変①

「それじゃあ、今日はゲストが……」

「え? はじまっているの? ちょっと、タイトルコールとか、何か無いわけ!??」


 L&Cに限った話ではないが、ゲーム内の空間を撮影スタジオのように活用する者たちがいる。


『>姐さんガンバー!! >誰だよこの女 >真面目そうな人でちょっと期待』


 視界端に表示したウインドに、一斉にメッセージが流れていく。


「そんなの、3日で飽きたわ」

「飽きたって、それでよくやっていけてるわね」


 彼女たちは動画"ストリーマー"。厳密にいえば生配信をおこなう配信者(ミーファやビーストなど)と、編集動画を投稿する投稿者(ユンユンなど)に分かれるのだが、ようするに映像コンテンツを発信する者たちだ。


「いけてるからいいのよ。ってことで、ゲストのHiです」

「え? あぁ、その。Hiです。よろしく」


 気だるいノリで仕切っているのがストリーマーのミーファ。そして、ゲストとしてそのノリに振り回される真面目な犯罪組織のボスはHi。


『>今日も平常運転で安心した >最近は猫被りもやめています >それでも毎日配信はやめない謎 >姐さんは地が真面目だから真逆なの草』


 ミーファは当初。年齢などの問題でモデル業を引退し、ストリーマーとしてやっていくためにL&Cを始めた。そして紆余曲折あったのちに、現在の配信スタイルに落ち着き…………雑談をメインに、モデル業界やL&Cの情報の発信。そして稀に冒険に出かける形で、底辺ストリーマーとして貧しくも安定した生活をおくれるまでになった。


「姐さん言うなし。コメントこいつらBANできないの?」

「いちいちツッコミ入れてるから喜ぶのよ。スルーして」

「え? あぁ、まぁ」


 Hiは(直接的な繋がりは無かったものの)ミーファの人柄は聞き及んでおり、その落差やストリーマーとして軌道に乗っていることに違和感を感じてしまう。


『>姐さんに掘(つっこ)まれ隊、参上 >結局、図太さなんだよなストリーマーって >炎上発言はまだですか?』


 ミーファは底辺ストリーマーであり、普段の配信はそれほど盛り上がらない。それでも軌道に乗ったのは、モデル業界の裏話(暴露)やL&Cのトッププレイヤーとの繋がりがあってこそだが…………そのせいで何度も炎上騒ぎになり、活動休止が囁かれた。


 しかしながらミーファの活動は今も続いている。それは天性の適当な性格と、ギスギスした女社会を生き抜いた経験、そして何より『今さら働きたくない』と言う強い思いがあり、それが引退を幾度となくとどまらせたのだ。ストリーマーは(その人気や収入にかかわらず)辛辣なコメントで心を病みがちで、炎上に限らず突然引退を発表する者が後を絶たない。


 しかしながら、辞めるかどうかの判断は(企業勢は別だが)自身で決めるものであり、その点ミーファはどれだけ叩かれても気にせず続ける強い(図太い)メンタルを持っていた。そうなれば不思議なもので、彼女の考えや活動を気に入り、応援する者が一定数あらわれる。


「それで、なんで来たの、アナタ??」

「何でって!? いや、そうだった。次の大型アップデートの話よね。もう、さっさと説明して帰らせてもらうから」


 文句を言いながらも、目的を遂行するHi。彼女が今回、ゲストとしてミーファの配信に呼ばれた理由は『L&Cの大型アップデートの解説』だ。


『>ひさしぶりにL&Cの企画キタ >本題に入るまでに10分かかりました >そういえばこのチャンネル、ゲーム配信だった >なにそれ初耳。ダイエットちゃんねるだとばかり』


 話はそれるが、ミーファは現在、完全な引き籠りになっている。当初はまだ、モデル業や結婚に未練があり、時おり顔出し配信もしていた。しかしながら根が自堕落なせいで、気づけば今の自由気ままな生活が手放せなくなっていた。彼女は(性格はさて置き)美貌やスタイルは"上モノ"であり、手段を選ばなければ就職先や結婚相手を見つける事は可能だ。


 しかしながら怠惰の甘い蜜にどっぷりつかり、ついでに脂肪もどっぷりついたミーファは、華々しい生活よりも"現状維持"を強く望むようになった。配信では心無い言葉に傷つくこともあるが、それでもモデル業界の人間関係のドロドロや、スタイルや流行にのっていく苦労や費用を考えれば遥かにマシ。むしろ、そんな世界に憧れや未練を持っていた自分が滑稽に思えてしまうほど。


「そうだった。また体重が……」

「まてい! そう言うのは(アプデの)話が終わった後にして」

「えぇ~。でもいいの? YYPってズブズブなんでしょ??」

「ぐっ」


 話はそれるが、L&Cの運営もかかわっているリハビリシステムの開発は次のステージへと移行し、現在はVRを利用したダイエット器具への転用が試みられている。ミーファは、そのモニター参加者の1人であった。


「まぁいいや。これ以上脱線したくないし、さっさと説明してよ」

「え? あぁ、そうね」


『>この落差よ >急にスンってなるの毎回ウケル >今日も配信の延長はなさそう。ほんとブレないよね』


「えっと、大型って言っても、この前の闘技場ほどじゃないんだけど……」



 今回のアップデートの焦点は2つ。

①、ランキングシステムの修正。これまでも短期間のスコアを重視する形で調整はあったが、プロプレイヤーも意識する形で一定の順位を保証する『殿堂入りシステム』が追加された。


②、連携(コンバート)タイトルの追加にともなう調整。連携対象は引き続きセカンドアバターやその対応装備限定になるが、このたび自由度の高いタイトルとコンバート可能になったことから(内部処理を中心とした)調整が入った。


「えっと、それじゃあ殿堂入りした人は、もう、ランキング争いや勇者・魔王にはなれないの?」

「何を聞いていたの? だから、シード選手みたいな扱いになるのよ。大会とかでログイン出来ない日が続いても、順位を維持している判定でイベントが進む感じ」

「なるほどね??」


『>理解していない顔だコレ >判定だけってところがミソだよな。ランク依存で起きるイベントは受けられるけど、表面上の順位は下がるから、代わりに別の人がランク入り出来る >上位陣は基本不動だったから、これからは入れ替わりが頻繁に起きて盛り上がるかも >これ、セインを大会に参加させるための忖度だろ草』


「そもそも運営は、闘技場やセカンドアバターでの戦績を重視する方針みたいだし、今後はランキングを重視する考え方自体、薄れていくんじゃないかしら」

「あぁ、世界大会、盛り上がったんだっけ?」

「ホント、興味ないのね。毎日(L&Cの)配信しているくせに」


 MMORPGの"目標"は、人それぞれ自由に選べるわけだが、勇者・魔王、そして聖戦システムが実装されてからはランキングも含めてソレらが多くのプレイヤーの最終目標となっていた。しかしながらこのシステムは実力と経験・装備の蓄積がモノを言うものであり、最上位を狙えない中堅以下のプレイヤーのモチベーションを削いでしまうデメリットがあった。


 それまでも非公式で一定のランクを保証するシステムは存在していたのだが、今回、トワキンやEスポーツの大会など、ゲーム外での活動を重視する事となり、殿堂入りと称して調整・可視化される運びとなった。


「だってアレ、チートが横行していて、腹立つから見ない方がいいって言われてるじゃない?」

「それは、まぁ……。でも! セインはそんなチートをモノともせずに優勝したのよ!!」

「ふ~ん」

「「…………」」


 気まずい沈黙。Hiに限らず、ミーファも一時期はセインを意識していたのだが…………引き籠りのストリーマー生活をおくるなかで、恋愛や結婚、そもそも将来設計を考える事自体が煩わしくなり、いつしか苦手意識と言うか、眩しいものを避けるような感情をいだくようになっていた。


『>はいはい、ツンデレ乙 >世界大会は組織的なチートが発覚して大騒ぎになっている >セインの強さは本当にキモかった >Eスポーツは大幅なルール改定があるっぽいよ。レッドが不正できないように』


 現在、Eスポーツの世界大会は、匿名のリーク情報のおかげでレッドの組織的な不正が発覚し、次大会が開催できるかも怪しい状況だ。しかしながら、それでもなおセインこと向井千尋選手は活躍した。そこに加えてリハビリシステムはダイエットにも転用できることが分かり、世界規模で注目を集めている。


 欧米系組織であるブルーは、自身が管理するリーグ制度を世界規模に拡大する構想を推進しているようだが…………日本をはじめとする中立国・組織や、レッドの残党組織は『大幅改革(不正対策)を行ったうえでの"現状維持"(中立組織)』を推奨している。


「そ、それよりも! 問題は"ワールドクリエイター(WC)"よ! アナタも知っているでしょ!? ストリーマーなんだし!!」

「え? ま、まぁ……」


『>あ、これ、知らない顔だ定期 >マジかよWCを知らないとか、自宅のトイレの場所が分からないのと同じだぞ >さすがw モデルで、サブカルはまったくかかわらずに生きてきたってのがよく分かるな』




 世界的に人気、それもストリーマーを中心に高い指示を集めるタイトル、ワールドクリエイターのオープンアクション版が遅ればせながら第七世代VRに正式対応し、このたび、F&Cとコンバート可能となる。

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