#463 IBWGP⑲

「……改めまして、乾杯!」

「「かんぱ~ぃ」」


 軽い余興を挟み、再度乾杯の音頭がとられる。その日、それまで各種機材が所狭しと並んでいたホテルの大広間は、ホテルらしく華やかに飾り付けられていた。


「しかし…………豪華だよな。IBの打ち上げって、毎回こうなの?」

「いや、俺も正直驚いている。場所は去年と同じだけど、料理とか、音楽とか、どこからこんな金が? って感じだ」


 見るからに高級そうな料理を頬張る水野に、洒落たグラスを傾ける熊井がこたえる。


「え? 普通に総合入賞したからじゃないの? スポンサーボーナスみたいな」

「いや、それもあるだろうけど…………それにしたってこれだけのモノ、事前の準備なしに用意できないだろ?」

「あぁ、たしかに」


 無駄に立体的なデザートを手にした風間が遅れて話に加わる。


 IBの世界大会は、日本代表が総合2位にくいこむ快挙を成し遂げた。そして大会で使われていたホテルがそのまま使われる形で…………"打ち上げ"と言うにはあまりにも豪華すぎるパーティーがひらかれた。そう、完全にパーティー。IBの日本代表はあくまで中堅であり、それまでは祝うべきか悩ましい順位が続いていた。そのため、代表者クラスの関係者やスポンサーが会場に集まる事は無く、ちょっと豪華な食事を食べて解散するのがお決まりの流れとなっていた。


「まぁ、完全に"アレ"のためだろうな」

「でしょうね」

「「…………」」

「よっ! お待たせ」

「「お前じゃない!」」

「えぇ!??」


 遅れて合流した土門が、予想外のツッコミに戸惑う。


 土門の背後には、煌びやかなドレスや気品を放つスーツを纏う人だかり。その中心には、部外者ながら大会で活躍した功労者、向井千尋の姿があった。


「俺たちを祝うっていうか、名刺を交換しに来たって感じか?」

「言うほど交換していないけどな、実際」

「業種が違うのもあって、攻めあぐねている感じ、あるよね」


 彼らも、大会で活躍した選手として壇上で話す機会はあった。しかし集まったゲストの関心は別に向いており、空気を読んで食事などを楽しむことにした。


「まぁ、俺は堅苦しいのは苦手だからイイけど…………財閥企業が絡むと、ゲームの大会もこうなっちゃうってことだな」

「俺たちもEスポーツ選手としてそれなりに有名人な訳だけど、収入は一般人に毛が生えた程度。対してアチラさんは、ガチで桁違いの金額を扱っている人たちなわけだからな」

「桁どころか、単位からして違うんじゃない?」

「「…………」」


 場違いな思いをしているのは彼らだけではない。IBの日本営業所の運営は総動員されているが、彼らにしても今まで会った事も無いような大物が会場に集まっており、尚且つその大物が何処の誰なのかを把握している。そんな彼らの表情は…………見るからに青く、時おり胃をおさえる仕草が見受けられる。


「しっかし、ボスも大変だよな」

「言ってしまえばパンダみたいなものだからな」

「ちなみに、あの濃いグレーのスーツを着ている人が、ボスのボスだってよ」


 今回の打ち上げがこれほど豪華になってしまった理由は3つ。

①、リハビリシステムの宣伝のために鳳医療から巨額の出資があった。(スポンサー)


②、大会終了後の打ち上げに関連企業の重鎮が多数出席することになった。本来スポンサーは参加可能ではあるものの、電報で賛辞を送って済ませるのが通例となっていた。しかしそこで『鳳医療のお偉いさんが来る→L&Cやトワキンの運営会社の役員も勢ぞろい→他のスポンサー企業も役員を参加させる→③』という具合に話が大きくなったのだ。


③、リハビリシステムの新規対応タイトル入りを狙うメーカーも集まってきた。リハビリシステムは理論上、第七世代VRのオープンアクション方式を採用しているタイトルなら対応可能であり、今後は(リハビリ分野限定ではあるが)全世界の医療現場に導入される話も出ている。そんな中で『対応タイトル』として医療現場で紹介されるメリットは大きく…………その後、システムをさらに進化させるために『専用タイトルの開発』も検討されている。その開発協力に加わることが出来れば、メーカーとしては安泰。そのためメーカーも営業どころか代表者クラスを出席させる形となった。


 ここまで来ると向井も居たところで話せることは無いのだが、それでも彼はリハビリシステムの顔であり、一通りの挨拶が終わるまでその場を離れられない。



「ボスのボスって……。つか、あの綺麗な人、誰だよ? 看護師って雰囲気じゃないけど」


 視線の先には、向井の車椅子を支える美女の姿。積極的に会話に混じる気配はないが、それでも時おり紹介されており"付き添い"には見えない。なにより…………ドレス姿が様になっており、オーラのようなものを感じる。


「もしかして、ボスのお姉さんとか?」

「え? 妹が居るのは有名だけど、姉は聞いた事が無いな」

「でも、結構仲良さそうだぞ? ほら」

「あぁ、あのひ……」


 話の内容までは聞き取れないが、美女の仕草は身内感が漂っている。それこそ『コイツを育てたのは私です』などと言っていそうな雰囲気さえある。


「ちょ! もしかしてあの人"Yuno"じゃない!? え? マジ!??」

「「??」」

「いや、だから……」


 美女の正体を見破った雰囲気の風間。対して男性陣は、その名を聞いても思い当たるものがない。


「ちょ、Yunoも知らないの? これだから男は……」

「そのユノって誰だよ?」

「ユノじゃない! Yuno! モデルのYunoよ!!」

「「????」」


 Yunoは数年前に活躍したモデルであり、現在は引退してメディアでの露出を断っている。ともあれ、世界規模で活躍した訳でもなければ、活動もモデル業一本だったので、その手の雑誌を見ない者からすれば知らなくて当然の存在であった。


「俺を無視するな! だからあの人は……」

「「??」」


 トワキンから出場枠を獲得した土門は、先ほどトワキンの関係者と共に挨拶回りに参加しており、その美女とも話をしていた。


「いや、な、ナイショでお願いします」

「おい、ヤレ!」

「「アイアイサー」」


 突然ハシゴを外す土門が、容赦なく締め上げられる。


「ギブギブ」

「話すか?」

「いや、だから皆も知っている人だよ」

「「え??」」

「その、中の人」

「えっ!? マジで!??」


 言及はしないものの、言われてみればその仕草に見覚えがある。


 美女の正体は、元モデルのバーチャルアイドルにして、L&Cやトワキンの公式攻略サイトの運営者・ユンユンであった。


「マジかよ。バーチャルアイドルって、正直、素顔は…………期待しちゃダメだと思っていた」

「クソッ! あんな美人に、お兄ちゃんとか呼ばれていたのかボスは!!」

「そんな事より! あの人がYunoさん本人でイイのよね!??」


 素顔は晒さず"キャラクター"を売るのがバーチャルアイドルであり、その気になればいくらでもプロフィールを盛れるわけだが…………素顔を晒しても何の問題もない美人がバーチャルアイドルをやっているケースは普通にある。もちろん、事務所のオーディションには『ブスだけどトーク"くらいなら"(多分)出来る』と甘い考えで受けにくる者も居るが、この業界はすでに飽和しきっており、個人にしてもそんな半端な認識・覚悟は通用しない。


 話は逸れたが、つまるところ…………人気職業なので容姿にかかわらず目指す者は多く、かつ駆け込み寺的な場所では無い、という話なのだ。


「そんなの、本人に直接聞けよ。今は無理だろうけど、後でチャンスはいくらでもあるだろ? それこそ……」

「「??」」

「攻略サイトの運営の話だって、あるんだし」

「あぁ……」


 ユンユンが運営しているYYPは、小規模のバーチャルアイドル事務所であるものの、主な収入源はL&Cやトワキンの『攻略サイトの運営』だ。そして第一線で活躍する彼らには、その"協力"が持ちかけられている。


 協力といっても形式は様々で、基本的には監修としてサイトに名前を載せ、本人の放送で紹介してもらう形になる。しかし無所属のストリーマーとして活動している風間には、事務所入りの話まで持ち上がっている。


「うぅ…………正直、Yunoさんは私の憧れの人なのよね。でも、でも~」


 ストリーマーは大きな括りとして事務所所属と個人勢に分かれる。そして個人勢としてすでに充分なポジションを確立してしまうと『今さら事務所に入って……』という展開には抵抗を感じてしまうものだ。実際、ストリーマーとして一番大変なのはデビュー前後であり、そこを乗り切った風間には今さら事務所に所属する利点は少ない。


「悩む事か? 俺ならノータイムで決めちゃうけどな」

「いや、貴方は……! ……??」





「……改めまして、乾杯!」

「「かんぱ~ぃ」」


 打ち上げと言う名のパーティーも終わり、近くのインターネット喫茶の個室に再集結した面々。


「本当に皆、頑張ったわね。おめでとう!」

「いえ、そんな、Yunoさんに祝っても……」

「ぶふっ!? な、なんでそのことを!??」


 フリードリンクを盛大に噴き出すユンユン。


「やっぱり、Yunoさんだったんですね! 私、コスプレイヤー時代からのファンで……」

「ちょちょちょちょ! まって! それ、私にダメージ来るヤツだから!!」


 風間とユンユンの境遇は近い。どちらもゲームが好きでコスプレも嗜んでいたが、そちらの活動が世間で注目され、職業にまでなってしまった。そんな2人に違いがあるとすれば、ユンユンの方が真面目で、モデル業1本に全力を尽くしていたところだろう。


 モデル業界はスカウトがメインであり、チヤホヤされることでモデルが天狗になりがちだ。本人の美貌もさることながら、ユンユンはそんな業界でも真面目さを発揮し大きく飛躍した。したのだが…………それでも結局、年齢制限の問題はどうにもならなかった。


 25歳を節目にモデルの仕事は激減し、中途半端な名声と貯金を手に、ユンユンは中途半端な年齢で(実質)無職になってしまった。同じ状況に陥ったモデルの選択肢は3つ。まだ名が通るうちに金持ちと結婚してしまうか、モデル時代に培ったコネを使って就職・起業するか、栄光にすがりついて堕落するか。


 そんな中でユンユンはキッパリ気持ちを切り替え、貯金をすべて機材に投資してバーチャルアイドルになった。個人勢として手探りでのデビューとなり、動画編集や広報に苦戦こそしたものの、それでも充分な投資と頑張りのおかげで一定数のファンを獲得して活動は軌道に乗った。その後は、低空飛行ながらも確固たる地位を確立しつつ…………金銭的に負担の少ない(月額課金)L&Cに転向して、今に至る。


『てぇてぇ、てぇてぇ助かる~』

『ソッチ系のノリも分かるクチなんだな』

『は~ぃ、ヴィ(バーチャルストリーマー)のユリ展開は、アメリカでも需要が高いで~す』


 ユンユンと風間のやり取りを見守る小さなホログラムが2つ。2人は、携帯端末をつかって打ち上げにARで参加する向井とレベッカだ。


「なんか、憧れの人だったらしいですよ?」

「バーチャルアイドルになっていたのは知らなかったみたいだけどな」


 取り残された男性陣が、山盛りのフライドポテトを摘まみながら答える。


 先ほどの豪華なパーティーとは比べものにならない、それこそ学生レベルの集まりになってしまったが…………参加者の表情からは"不満"の色は読み取れない。


『そうか。まぁ、いいんじゃないか?』

『アハハ、お義兄ちゃん、興味なさそ~』

『そうかもな』

「いや、少しは興味もて。つか、助けろ!」

「それで事務所に入ったら、毎日、Yunoさんに会えるんですよね!?」

「いや、それは……」


 混迷を極める会場。


 現在のユンユンは、所持していたブランド品をすべて売り払い、モグラのような生活をおくっている。今回のパーティーは、レンタルドレスと昔取った杵柄で乗り越えられたが…………ホームに帰れば、機材とBL本に埋もれるオタク女子に早変わり。そんなユンユン、そしてYYPには、風間の幻想に答えられるほどの"キレイな現状"はない。


『それで、どうなったんだ? レッドや不正については』

「「…………」」


 本題を切り出し、その場が静まりかえる。


『ここだけの話だけど…………中国代表のリンシーが、秘密裏に協力してくれる事になったわ』

「「なっ!??」」

『まぁ、そんなところか』


 予想外の展開を、1人予想していた向井。


 リンシーはチャンピオンであり、レッドや不正ツール開発に深くかかわっている疑惑がある。しかし、実際にはそれほど現在の地位に固執していない。いや、飽き飽きしている印象をうけた。不正に手を染めるにも"引き時"は重要なので、リンシーがレッドを裏切るのも特段不思議の無い展開だったのだ。


「でも、そんなこと私たちに言っちゃって、良かったんですか?」

『え? ダメだけど? だから他言は絶対にNGでお願い』

「「…………」」


 これは単純にレベッカの口が軽いだけか、それともまだ向井を狙っており、なし崩し的に巻き込もうと考えているのかは分からない。しかしリンシーも含めて、向井が好意的に受け止められているのは確かなようだ。


「そ、そう言えば! すまないボス。俺がもう少し頑張れていれば」


 怪しい空気を読み取り、話をすり替える熊井。今回は現状報告として打ち上げにレベッカも招いたが、それでも問題が『近日中に片付くものでない』ことは誰もが承知している。


『もう、ボスじゃないと思うのだが…………それはさておき、総合2位は充分快挙だと思うぞ』


 今回は中国代表が3種目で上位にくいこみ、日本を押しのけて総合優勝をはたした。しかし日本も、獲得ポイントだけみれば優勝でもおかしくない成績であった。


「それでも……」

『まぁ実際、お義兄ちゃんが普通に優勝できたのって、中国の総合優勝が確定していたからだと思うわよ』

「「…………」」


 シングルバトル決勝は大会の"トリ"であり、最後に行われた。つまり、その時点で中国の優勝は確定していたのだ。レッドとしても暗暗を使用していない国に表彰台を取られるのはシャクだっただろうが…………それでも上位に食い込んできたのは日本だけ。レッドにしてみれば想定通り、むしろ『想定以上』と評価していた可能性すらある。


『まぁ、レッドって強引だけど…………けっこう雑って言うか、想定外の展開はスルーする傾向があるから、上手いこと包囲網を切り抜けられたって感じね』

「難癖付けられて失格になるよりはマシだった。って所か?」

『そういう事』


 レッドは、切って切られての組織構造であり、ずさんな部分は多い。結局のところ、組織がいくら大きくなっても"お国柄"はどこかしらに出てくるものなのだ。


『相手が何であれ、結局、自分を飛躍させるのは自分の足だ。俺としてはチートでもなんでも、踏み台になってくれる強敵の存在は有り難いものだけどな』

「「…………」」

「はい! お兄ちゃんの宇宙人発言が出ました。はくしゅ~」

『ちょ、茶化すな!』


 薄汚れたネット喫茶の個室が笑いに包まれる。


 人は時に、欲望に目がくらんで道を踏み外す。しかし少なくとも彼らは、華やかな舞台よりも、気の知れた仲間との挑戦のほうが楽しく感じる感性をもっているようだ。




 こうしてインフィニットブレイドの世界大会は、L&Cからゲスト選手として向井千尋を交え、総合2位の快挙を成し遂げる形で…………表向きは、何事もなく終わった。

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