#462 IBWGP⑱

「おっと、早くも慣れてきたのか! 向井選手、動きにキレが戻ってきましたね」

「たしかに向井選手の動きはよくなっていますが、より正確に表現するなら、リンシー選手の"テンポ"に合わせてきた印象ですね」


 旧仕様の謎フォームに苦戦するも、早くもその未知に対応して見せる向井。


「そうなんですか? 素人目にはよく分かりませんけど」

「リンシー選手も向井選手も、基本的には手堅く冷静に戦うタイプで…………つまりは考えながら戦っているんですよ」

「確かに作戦に沿って攻めるというか…………少なくとも勢い任せな印象は無いですね」

「はい。ですがパインフォームのリンシー選手は、悪く言えば考え無し。勢い重視でスキルや変身を惜しみなく見せています」

「なるほど。しかしそれは、どうなんでしょう? あまり良くない傾向に思えるのですが」

「そうでもないですよ。なにせ……。……」


 リンシーはチャンピオンとして普段から冷静に相手を分析して、手堅い勝ちを目指している。しかしパインフォームに身を包んだ彼は違った。勢いよく攻めたて、出し惜しみもあまりしない。


 全ての攻撃を見切ってしまう達人に対して猪突猛進は悪手にも思えるが、実際のところはそうでもない。そもそも考えながら戦えば、上手なのは向井の方。つまり、培った感性を頼りに激しく攻め、考える暇を与えないのが最善手だったのだ。


「やっていることのレベル、高すぎません?」

「それはもう、実質、決勝戦ですから」

「ハハッ、そうでしたね」


 しかしその最善をもってしても、リンシーは向井を押しきれてはいない。


「パインフォームの厄介なところは色々ありますけど、トップレベルの攻防にかんして言えば1つ。解像度が低いってのがありますね」

「解像度ですか?」

「はい、パインは小学3年生の少女で、しかも2世代前の規格で作られたアバターなんです。まだ小柄なアバターに適応させれば違和感は少ないんですけど…………それを高身長の成人アバターにあてると、その判定はドット絵かってほどに粗が目立ってしまうんですよ」

「2世代ですか? それはさすがに……」


 当たり判定が見た目と一致しないのは当然。そもそも規格が違うのだ。さらにそれを、それぞれのアバターに合わせて強引に引き延ばしているので細部の粗が余計に目立ってしまう。


「本当に違いは僅かなんですけど、それでも紙一重の回避を常にしている向井選手には厳しいでしょうね」

「なるほど」

「まぁその分、パワーバランスも2世代前。"スキルの打ち合い"になると確実に削り負けてしまうと言う致命的な弱点を抱えており、現在は競技シーンから引退していたわけです」

「それは……。あっ、それなら向井選手は!」

「はい、向井選手はスキル攻撃に頼らない戦闘スタイルなので、有利なのは間違いないですね」


 パインなどのコラボ企画限定フォームは『運営の一存で仕様を変更できない』という問題を抱えている。もちろんソレは契約次第なのだが、パインフォームにかんしては(運営の経験が浅かった事もあり)実装当時にパイン側の権利者との取り決めで『そのまま使い続けられる』事が保証されてしまっている。そのため、コストや火力などは旧仕様のままで、そのうえでなお大会でも使用できてしまう特異な存在となってしまった。


 当時はまだコスト制が導入されていなかったので仕方ない部分もあるが、それでも大会を含めて使用可能な状態を維持するのは問題だ。そんな中で運営がとった対策は『少しずつ基本火力を上げていく』と言うものだった。その結果、当時は充分強かったパインフォームも、アップデートが進むに連れて徐々に火力不足となり、穏便に競技シーンからフェードアウトしていった。





「(そんな、ありえない!? もう、当たり判定を見切ったのか!??)」


 またしてもリンシーの攻撃が空を切る。たしかに幾つかはすでに見せた攻撃だが、それでも『見た目と一致しない攻撃』を見ただけで見切るのは不可能だ。


「(やはり、チートで強制的に回避しているのか…………それとも当たり判定を可視化する機能でもあるのか。あるいは本当に……)」


 IBの演算処理はサーバー側で行われており、個別のVRマシンは情報の送受信と、その結果の描画に使われている。そのため、本来は不正ツールの介入(無敵化など)は出来ない作りになっている。そのためリンシーが使う暗暗にも、本来知り得ない、あるいはまだ送信されていないデータを読み取る機能は無い。メインはあくまで戦闘補助であり、それは『見えている情報』が元になっている。


 もちろん、技術的にはもっと踏み込んだ不正も可能だ。しかし、派手な介入は必ずサーバー側のマスターログに痕跡が残ってしまう。普段のフリーマッチならいざ知らず、それを大会で使うのはリスクに見合わない。


「(いや、今、余計な事を考えるのは無しだ。1度、勢いで押しきると決めたらソレを貫くまで。相手がチーターであろうとなかろうと関係ない。パインフォームを持ち出したからには、それに恥じない戦いをするまでだ!)」


 見た目は完全に変質者だが、それでもリンシーは再度決意を固めて向井に挑む。彼は不正行為を行うチーターではあるが、それでもチャンピオンとして、そして何より…………パインを愛する1人の戦士であった。


「もう、終わりにしよぅ。この、負の円環を……」


 世界が暗転し、流れ星が瞬く星空へに包まれる。そしてパインは、ウエディングドレスを思わせる純白のドレスを纏う。パインの奥義<アルティメット パイン>が発動した。





「派手な演出だな」


 純白の衣を纏うリンシーが、重力を無視し宙に浮遊する。その姿は…………中心部さえ見なければ、間違いなく美しく、なにより神々しい光景であっただろう。


「…………」


 手にした杖は弓の形をとり、七色の流星を絶え間なく射出する。


「(色ごとに特性の違う攻撃を時間中、無制限に撃ちまくれるってところか)」


 追尾する星、盾になる星、爆発する星、決められた軌道で行くてを遮る星。様々な星が襲い来る夜空を、向井は臆することなく飛び込む。


「(爆発する星は…………遅いので動いていれば問題無し。追尾する星は…………速度や曲がり方が一定なので後ろに回られても避けられる。遮る星は…………素早いが縦・横・斜めの3パターンのみ。発動さえ見逃さなければ対応は間に合う。盾の星は…………一定の速度で周囲を旋回しているだけなので無視)」


 七色の流星を、向井は初見ですべて見切っていく。その事実はそこだけ見ればチートじみているが、それまでに幾つもヒントはあった。何より、アルティメットパインの動きは向井が戦いなれた『RPGのボスの動き』に酷似していた。


「ごめんね。もう、そこには居ないの」


 決まったと思われた向井の攻撃が宙を斬る。怯むことなく追撃に移るが、それらも須らく星空を斬り裂くのみでパインに届かない。


「(瞬間移動…………いや、そもそも無敵なのか?)」


 そう、アルティメット状態のパインは無敵。全ての敵、全ての不幸、全ての運命を書き換え…………神となったのだ。


「これで終わり。すべては、あるべき場所に……。あるべき姿に……」


 世界は光に包まれ…………無音の世界に"エクストラウイン"の文字が浮かび上がる。





「勝者! 向井千尋!! 皆さま、勝者に温かい拍手を」

『『!!????』』


 予想外の宣告に戸惑う観客。試合を見る限り勝ったのはリンシーであり、本来ならば3対3で最終戦に移行するはずであった。


「えぇ、説明させてもらいます。パインの奥義<アルティメット パイン>は、使用中は無敵になり…………発動中に相手を倒しきれないと特殊"敗北"になります」

『『えぇぇ……』』


 パインは作中、最後にアルティメット化して世界崩壊の運命を根底から書き換える形でエンディングを迎える。それまで失われた人も、世界の歪みも、すべて無くなり、新たに平和な世界が創造されるのだが…………その世界に、神となったパインの姿は無い。それが、アニメ・プリティーパイン2期の最後なのだ。


 ちなみに、3期ではパラレルワールドということで何事もなく復活するパインだが…………それはさておき、リンシーは奥義発動中に向井を倒しきれなかったので強制敗北となり、4対3で向井がこの試合を制する形に終わった。


「はぁ~ハッハッ! 完敗だ!!」

「え? あ、あぁ」


 突然笑い出し、拳を突き出すリンシーに対し、向井は戸惑いながらも拳を突き返す。


「俺に勝ったからには、優勝しろよな。それじゃあ!」

「…………」


 それだけ言ってその場を立ち去るリンシー。呆気ないほどサッパリとした幕引きに、皆が一様に戸惑いの色を見せる。


「えぇ、それでは勝利者インタビューに移りたいと思います。それでは……。……」


 中国代表であるリンシーを贔屓していた司会も、とくに『不正行為だ! 無効試合だ!!』などと難癖をつけることなく、そのまま勝利が認められる。試合後も散々ゴネた韓国代表に比べると、清々しささえ感じてしまうほどだ。


「本当にリンシー選手の技能は素晴らしく、何より多彩な戦略で僕も、そして何より観客の皆さんを楽しませてくれる戦いに…………改めてチャンピオンの凄さを感じましたね」


 日本人として、大人として、とりあえずチャンピオンを称えておく向井。


 それはさておき、実のところ司会やリンシーは周囲が思うほど"勝ち"に拘っていなかった。韓国代表は生活と、なによりお国柄からくる私怨で日本代表を目の敵にしていたが…………リンシーは既に充分な収入と地位を獲得しており、なにより(負けはしたものの)全力を出し切り心地よい達成感に包まれていた。司会も、あくまで金銭目的で中国やレッドに組みする国を優遇していただけで、それ以上のことはサービス対象外。試合さえ終われば、わざわざ司会じぶんの顔に泥を塗るような行為をする意味は無いのだ。


「しかしパインフォームの攻撃を、よく1試合で見切れましたね」

「完全に見切っていたわけでは無いんですけど…………描画設定で解像度や演出を落としたら、なんとかなりましたね」

「そ、それは……」


 盲点を突くような解決方法に、司会が言葉に詰まる。たしかにパインフォームは2世代前の規格で作られた荒いモデルであり、つまり現行の画質設定には対応していないのだ。それなら完璧ではないにしろ、対応できる設定におとしてやれば、まだいくらか正確に描画できる。


 加えて話には出さないが、モデルの荒さならドリッチ版のトワキンも負けていない。そしてL&Cにも荒いモデルは存在する。それは一部のNPCに限った話だが、時代をさかのぼればL&Cにもパインに近い挙動のモデルは存在しており、そういった相手との戦闘経験が向井にもあったのだ。


「そんなところでしょうか?」

「え? あぁ、そうですね。ありがとうございました。あらためて、向井選手の勝利に……。……」


 向井が一瞬、舞台端に視線を移すと、司会は慌ててインタビューを終わらせる。試合は予定時間を大幅に超過しており、スタッフからは"マキ"の支持がでていた。


「それでは、失礼します」




 こうして、事実上の決勝戦と称される向井対リンシーの試合は、向井の勝利に終わった。そしてその後の試合でも、リンシー以上に向井を追いつめる者は現れず…………そのまま向井は、シングルバトルの優勝者となった。

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