#460 IBWGP⑯
リンシーの体を、七色の光とリボンが包み込む。
「みんなの思いを胸に! 愛と正義の魔法少女! プリティーパイン、華麗に参上!!」
舞い散る花びらの中から登場したのはアニメ・プリティーパインシリーズ第三作『超スーパー異世界魔法少女プリティーパインMAXパワー』の戦闘衣装を纏ったチャンピオンの姿だった。
『『……………………』』
『えぇ…………リンシー選手! ここで持ち出したのは、何とコラボ企画限定衣装です!!」
IBには課金要素として限定のスキンやシステムボイスがある。これらは戦闘に直接影響しない趣味要素なのだが…………例外としてコラボ企画のさいに配布される特殊フォームが存在する。これは『コラボキャラになりきってプレイできる』と言うもので、通常スキンが既存装備の見た目だけの変更なのに対して、フォームは形状や演出まで変化する。
つまり『当たり判定が変化する(大抵は大きくなる)』のだが、悪用防止のため『装備やスキルが固定される』デメリットがある。そのため『見た目でビルドが見抜かれてしまう』ので競技シーンで使われる事は無いのだが…………当然ながら向井は、パインフォームの元となった装備や、その当たり判定の正確な変更点を知らない。
「そこだよ! <ラブリー ストライク>!! おっとと」
世界大会の大舞台に響きわたるアニメ声。パインのフォームにはボイスパックも含まれており、各種行動に合わせてランダムでパインのセリフが発せられる。そのため既存プレイヤーには『変質者量産フォーム』と呼ばれ、大いにネタにされ、売り上げに貢献した背景がある。
『リンシー選手、考えましたね。パインのフォームが配布されたのはIBがサービスを開始して間もない頃です。当然ながら現在は配布されていないので…………向井選手に限らず"見るのは初めて"というプレイヤーは多いはずです』
『な、なるほど。演出も派手で避けにくいようですし、作戦はハマっているようですね』
そのため当時は大いに話題にされ、古参プレイヤーなら誰しもその対策を熟知しており、そうでなくてもある程度は『伝説のネタフォームとして知ってはいる』ところに落ち着いている。
*
「いっくよ~、<ビューティー セレイン ストライク>!!」
「っ!!」
無駄に派手で、なにより目に痛いピンクの光線を必死に避ける。
リプレイデータをもとに一通り予習してきたつもりだったが…………流石に
「えへへ、可愛いでしょ~」
「(黙れ、変態)」
あと、強制的に聞こえてくるボイスも地味に厄介だ。基本的にスキル攻撃には『技名を叫ぶ』デメリットがあるのだが…………このフォームはスキル以外でも何かにつけて意味不明なセリフを挟んでくるので、いちいち反応してしまう。
「いっくよ~ <ラブリー ジェノサイド>!!」
「ぐはっ!?」
今のは<ラブリー ストライク>の強化攻撃だろうか? 無駄にデカいハートを避けたら、着弾位置でハートが爆発して小さなハートが四方に飛び出してきた。
「ちょっと本気、出しちゃうよ! <ファンシー デストラクション>!!」
「(どうでもいいけど、技名が物騒で出鱈目なのは、作風なのか?)」
正直なところ、リンシーの実力は『熊井と同等』程度だ。そこにチートツールで動きを補う形でチャンピオンになったようだが…………確証は無いが、韓国代表などのチーターとは、また少しチートツールの挙動が異なる印象を受ける。もしかしたら、『たんなるレッドの顧客』ではないのかもしれない。
「はにゃ~~ん。クト君も手伝ってよ~」
「(クトって、その触手生物の事か?)」
どうにも情報量が多すぎて集中できない。
できれば肉薄して、強引に攻める形で主導権をとりたいのだが…………単純な魔法使いではないためか、近接攻撃もそれなりにあり、なによりソノ当たり判定が謎過ぎるのが厄介だ。
周囲を浮遊している珍獣の当たり判定は…………少なくとも普段は無いようだ。
腰についている無駄にデカい赤いリボンは…………完全にただの飾り。当たり判定すらない。
無駄に短いスカートは…………何故か触るとダメージを受ける。
「もう、来ちゃダメ!!」
「なっ!?」
あのマジックロッド? やはり見た目と当たり判定が一致していない。
L&Cの装備はとっくの昔に、全て物理演算制御に置き換わったが…………どうやらこのフォーム、そうとう古い規格で作られたものらしい。感覚としては『コマンドアクション方式の格闘ゲーキャラと戦っている』気分だ。
「ちょっと本気、だしちゃおうかな~」
「はぁ…………それはいいが、その目に痛い配色は、なんとかならないのか?」
おもわず愚痴が漏れる。
まだEXゲージは溜まっていないはずだが、ここに来てリンシーの衣装に羽やリボンが追加され、杖も槍のような形状に変化した。
*
『ボス! パインフォームは……』
『必要ない!』
『『!??』』
第5試合が終わり、わずかな待ち時間を使ってチームメンバーがアドバイスをこころみる。しかしそのアドバイスを断るのは他でもない。意外過ぎる秘策に苦戦する向井本人であった。
「おっと向井選手、チームメイトのアドバイスを断るようです」
「パインフォームの対処法は、古参プレイヤーなら知っているはずです。ソレで言えば熊井選手あたりは詳しそうですが……」
本来、公開されないチーム間の会話までもが、不正対策の特別措置で会場に流される。日本代表団からしてみれば『ブルーに協力していることがバレた』と思う出来事だが…………レッドは(基本的に公平性や規則を軽んじているため)緊迫した状態でなくても平然と介入してくるので判断がつかない。
『しかし、このままじゃ!』
『良いじゃないか。ずっと嫌そうに戦っていた
『え??』
向井の語る理由は、周囲が思うものからはズレており、理解が追い付かない。
『彼は万能型のチャンピオンとしてIBの頂点に君臨しているが…………本当はリアルバトル系よりも派手なキャラモノが好きだったんだろう。相性の問題で今まで使えなかった"1番"を使える機会が、ようやく巡ってきたんだ』
『『…………』』
そもそも傍目には、リンシーが楽しそうかどうかも読み取れない。しかし、それでも楽しそうと言うのなら『秘策がハマって有利がとれたから』と考えるのが普通だ。しかし向井は違った。
今でこそIBは『リアルなオープンアクションの装備バトルモノ』として"カスタマイズキャラ"で戦うスタイルに落ち着いているが、初期のころはまだまだキャラゲー感が強かった。しかしオープンアクション方式は(自由に動けるため)キャラクター性を維持することや、見た目や物理演算を無視した動きを再現するのに向かない。単純に他タイトルとの差別化の意味もあって、結果は今の『カスタマイズキャラありき』のゲームデザインに落ち着いたのだ。
そしてリンシーは、古参プレイヤーとしてその変化を快く思っていなかった。普段は感情を殺し、利益と勝利のために全てを捧げているが…………本来は『現実なんて忘れて頭空っぽにしてゲームを楽しみたい』と思っていたのだ。
『それなら…………俺も敬意をもって相手するまでだ』
『『……………………』』
不正行為に手を染めている相手に対し、敬意なんてあったものでは無い。しかし向井は、何でもありのMMORPG、それも悪役サイドのルートで叩きあげられた猛者だ。いまさらチートや精神攻撃に動じるヤワなメンタルは持ち合わせていない。
『…………』
向井の言葉を、何食わぬ顔で聞き流すリンシー。しかしその口元は、わずかに吊り上がっているように見えた。
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