#459 IBWGP⑮

「おっと、リンシー選手! またしても1発貰って飛び退く形になってしまったァ!!」


 第4試合。リンシーはEXゲージを使い切った状態ではあるものの、素直に有利武器を持ち出して手堅く勝ちにきた。しかし蓋を開ければ発言通り、向井が相性さを逆手に取り終始試合の主導権を握る形になった。


「ですがリンシー選手も、致命傷はシッカリ回避できています。そのあたり、さすがはチャンピオンですね」

「そうですね。しかし有利武器である[双龍刀]が生かし切れていないのは問題です」


 リンシーが新たに持ち出した武器[双龍刀]は、一言で言えば『小太刀二刀流』だ。正確には片刃の曲刀である青龍刀の派生モデルなのだが、限界まで軽量化されており、日本刀に近い見た目になっている。その特徴は、軽さとリーチにあり、短剣と同じ重量でありながらその刀身はソレの2倍にもなる。その分、基本攻撃力やダメージカット率は低く設定されているが…………短剣二刀に対しては純粋な有利武器に分類されている。


「攻防の序盤は悪くないんですけどね。競り合いの中で、気がつけば向井選手が有利になっている感じです」

「それは無理もないですよ。短剣は移動スキルなどにメリットこそあるものの、基本的には玄人向けのマイナー武器であり、大会で優勝争いを目指す…………いわゆる"ガチ勢"があえて極める対象として選ぶことはありません。リンシー選手としても、このレベルの短剣使いを相手にするのは初めてであり、その"アテにならない経験"が裏目に出てしまっているんじゃないですか?」

「その可能性は高いですね。そうなると問題は、リンシー選手がその感覚のズレをどの段階で切り替えられるか。武器の相性自体は良いので、切り替えられれば形勢は簡単に逆転すると思いますよ」


 司会の解説は、的を得ているようで微妙に外している。


 たしかにリンシーには、向井の実力を計りかねていた部分があり、その高い領域での戦闘経験が浅かったのは事実だ。しかしその本当の"理由"は別にあった。





「(クソッ! いくら有利な"ルート"を選んでも、向井アイツ、すぐに対策してきやがる)」


 有利な武器で戦うリンシーが、またしてもダメージを受けて飛び退く。それでもギリギリのところで致命傷(クリーンヒット)や怯み(スタン)は回避しているが、それも何処まで続くかと言った状況だ。


「"(暗暗アンアン"の緊急回避は機能している。問題は、ルートの成功確率が当てにならないところか)」


 リンシーの視界端には、同条件で他プレイヤーがとった行動と、その成功率が羅列されている。これはリンシーが使用しているアシストツール・暗暗の機能であり…………本来、IBには存在しない機能であった。


 暗暗の主要機能は4つ。

①、有利行動の提案。全試合のログデータをもとに同条件下で多くのプレイヤーがとった行動・スキルを羅列し、同じ行動に移るとその動きにアシストがのる。


②、相手の行動予測。同条件で相手がとった行動の羅列。簡単な学習機能があり、相手のビルドを覚えて使用できない行動は候補から除外される。


③、緊急回避。有効な攻撃を感知し、許可された範囲で対策する。反応速度にはリミッターがついており、回避可能な攻撃でも不正診断ツールに検知されないようタイムラグが追加される。


④、乱数調整機能。ランダム要素にかんする変数を解析して、望む変数にあわせて行動する。プログラムに干渉して拡散をゼロにするのではなく、使用すると『待機状態になり、(本来知り得ない)当たるタイミングに自動発動する』というもので、性質上、近距離戦闘では使用できず、診断ツール対策で連続使用も出来ない。(当てた分、わざと無駄撃ちして外さないといけない。確率調整)



「(しかし! 有利なのは変わらないはずだ。落ち着け。落ち着いて、攻略法を導き出すんだ)」


 有利行動の提案には、幾つか"100%"の提案が見受けられる。しかしその100%は『確実に成功する』事を保証するものではない。この数値はあくまでログデータの参照結果であり、つまり『今までは成功していた』だけにすぎない。


『果敢に攻めるリンシー選手! 間違いなく史上最強の短剣使いである向井選手の! その限界を見極められるのか!!』

『先ほどの試合を落としてしまったので、リンシー選手は何処かで奥義に頼らず連勝しなければなりません。しかし状況はそこまで悪くはありません。なにせ向井選手は一芸特化。動きさえ見切ってしまえば、そこから返す手は無いはずです』


 これがターン制やコマンド方式の対戦ゲームなら、確率が確率として機能しただろう。しかしオープンアクション方式のIBでは、確率は"統計"にすぎず、実力さえ満たしていれば1%の奇跡を何度でも再現できてしまう。


 とくに近距離戦闘には、弓などにある拡散・ランダム要素が少なく、実力差が明確に出てしまう。そして純粋な技量で勝るのは向井であり、それを覆すにはEXゲージの管理が重要になる。


「(認めよう。向井の実力は俺を上回っている。しかし! 最後に勝つのは俺だ。そのために、俺は、ここで…………負ける!!)」


 達人がTVなどに露出する際、居合抜きなどの見栄えの良い技が注目されがちだが、実戦を重視する達人はあまりそれらを自慢したがらない。何故ならそれは、反復練習の末に身につく単純な技能であり、彼らにとっては"基本"にすぎず、そこを実現してきたところでソレは『スタートラインにたった』にすぎない。


 そして真に重要視されるのは"読み合い"であり、リンシーは暗暗の効果で疑似的に達人の動きを再現しているだけの偽物。ゆえに肝心要の読み合いを、統計や経験に頼ってしまっている。ゆえに相手を見て、より手数の多い攻防を読み切ってくる"本物の達人"には、どう足掻いても勝てないのだ。





「よっし! またボスが勝った!!」

「なんだよ。リンシーも、大した事無いな」


 日本代表の控室。そこにはモニター越しに同じ代表メンバーを応援する選手たちの姿があった。


「完全にチートツールの特性を看破した感じだな」

「たぶんそうだろうな。クソ運営のせいで、真相は聞けないけど」


 発言を全体公開にされたため、不正ツールにかんするやり取りが出来なくなってしまった(証拠なしにチーター扱いすると運営にペナルティを科せられる可能性がある)日本代表団だが…………向井の動きを見る限り『不正ツールの限界を見ぬき、圧倒している』ように見える。これなら、このまま勝てる可能性は充分あり、それが叶わない場合でも『リミッター解除に伴う不自然な動作』が見られるはずだ。


「いや、私たちもあの司会と一緒になってボスの邪魔をしてどうするのよ。不正を暴きたい気持ちはわかるけど、どの道、不正が見つかったって解析とか証明する準備に時間が必要になるんだから、今は試合に集中してもらいましょ」

「それは、まぁ…………そうだけど」


 不正行為を暴くのは主目的ではない。少なくとも向井が、勝利や優勝を諦めていないうちは。


 加えて、相手は組織的に不正行為に関与しているレッドであり、ここで無闇に敵対行動を見せるのも問題だ。心情を言えば『公衆の面前で不正行為を証明したい』ところだが…………現実的には『こっそり証拠集めに協力して、解決はブルーに丸投げする』のが"賢い選択"となる。


「それに…………まだリンシーの目は諦めていないわ」





『向井選手に3本先取され、後がなくなったリンシー選手! このまま負けてしまうのか!?』


 3対1でむかえた第5試合。試合開始を告げるカウントダウンが…………その数字を徐々に減らしていく。


「フハハハハ! 俺を追いつめた事は褒めてやる。だが、俺にだってチャンピオンとしての意地がある。悪いがここからは、本気でいかせてもらうぞ!!」


 カウントダウンが試合開始を告げるその瞬間、リンシーの体を光が包み込む。


『おっと! ここでまさかの特殊演出だ!!』

『これは課金フォームの専用演出ですね』




 追い詰められたチャンピオンが見せる奥の手。その姿はあまりにも予想外なものであり…………会場が七色の歓声に包まれる。

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