#458 IBWBC⑭

「なんと言う事でしょう! 信じられません。向井選手、最強の削り奥義である<アローレインインフィニティ>を受けながら、チャンピオンのリンシー選手を押し切ってしまいました!!」

「あぁ、はい、はい。えぇ、ここでお知らせです。機材トラブルの為、試合を一時中断するそうです。なお、問題が無ければすぐに再開……。……」


 相手のみに当たり判定のある矢の雨を一定時間発生させる奥義<アローレイン∞>。1発の威力は低いので防御ビルドに対して効果は薄いものの、その分回避ビルドには強く、リンシーが不利な弓を選んだ理由はココにあった。とは言え、即効性の無いランダム攻撃なので残り体力しだいでは強引に押し切られてしまうリスクがあり、実際その通りになってしまった。しかしコレはリンシーの"ケアレス"ミスではない。充分な体力と距離をもっての発動であり、結果はさて置き、その瞬間の判断としてはむしろベストと言えるものであった。


 予想外だったのはそれに対しての向井の行動。それまで丁寧な対処に徹していた彼がゴリ押しとも言える大胆な攻めに転じたのだ。


 虚空から無尽蔵に飛来する矢の雨をしのぎながら、チャンピオンであるリンシーに肉薄して、矢の雨と本人の攻撃を同時に受けつつも圧倒してみせる向井。もちろん彼もノーダメージとはいかない。EXゲージ解放時の自動回復効果や、奥義発動中の行動制限があってこそ成立した奇跡であり、残り体力も極僅かであった。


「あぁ、はい。ここで待ち時間を使い、選手にインタビューしていきたいと思います」

『『!!!!』』


 思わぬサプライズに沸き立つ観客。本来、試合中の選手に司会がコメントを求めるなど、有り得ない妨害行為なのだが…………彼らはそんな常識に捕らわれることなく、向井にマイクを向ける。


「えぇ、凄い動きでしたね。あの時、回避に徹することなく前に出たわけですが…………どうなんでしょう? 向井選手としては<アローレイン∞>を凌ぎきる自信があっての行動だったのでしょうか?」

「あぁ、あの奥義、そんな名前だったんですね」

『『!!?』』


 向井は初心者であり、全てのスキルの正式名称を把握していない。それは考えてみれば当然なのだが…………この大舞台で他人事のように答える向井の姿は、司会や観客に改めて『規格外の初心者』である事を印象付けた。


「えっと、対処しきる自信があったかって話でしたね。全域攻撃のようだったので、逃げても無駄。そのかわり使用者は無防備なんじゃないかと思いまして」

「なるほど、知らないが故の大胆な行動が、功を奏したわけですね」


 向井の言葉には若干の嘘が混じっている。確かに奥義の名前は知らないものの、その特性やダメージ量は知るところであった。


 この奥義、分類としては『ダメージフィールド』であり、一度発動すれば使用者の状態にかかわらず効果は持続される。くわえて、弓攻撃や各種スキルの使用に制限はあるものの、行動できる状態になるので追撃や回避行動にうつるなど自由がきく。


 対処方は『距離をとって防御に専念する』のがベストとされている。その場合、効果終了時に弓の有利な間合いから仕切り直す形になってしまうが、それでも奥義の中では珍しく防御貫通ダメージが存在しておらず、使用者の追撃で体勢を崩されなければかなりダメージを抑えられる。つまるところこの奥義、相手に左右されやすい初期奥義なのだ。


「そうなりますね」

「それだけじゃないですよ。リンシー選手にとっての一番の誤算は…………今まであれだけ丁寧に対処していた向井選手が、とつぜん大胆な攻めに転じた事だと思います。そのあたりは、どうだったんでしょう?」

「それは、まぁ、どこかで大胆に攻めるために体力を温存したわけですから」


 リンシーはもちろん、向井がセオリーを知らない事は想定していた。しかしこの奥義、見るからにRPGのボスが使ってきそうな技であり、向井なら感覚的(ゲーム脳)に対処法は分かるとふんでいた。


 ともあれ、リンシーとしては前に出てこられても『それはそれで』くらいの感覚であった。基本的に不正ツールは『視界外の攻撃には対処できない』。(いくつか視界外の攻撃を感知する補助スキルはあるが、正確な回避行動に移れるほどの情報量は無い)つまり肉薄した状態で、上から降り注ぐ矢と、下から放たれる足技を同時に対処するのは不可能なのだ。あくまで"プログラム"では。


 そんな中で向井は、上下からランダムに繰り出される攻撃を、ギリギリではあるものの同時に対処してのけた。


「なるほど。これで2勝1敗、一気に有利になったわけですが、正直なところ勝機はどのくらいだと考えますか? もちろん、リンシー選手が持ち出してくるであろう、更なる"秘策"も加味して」

「そうですね……」

『『…………』』


 会場の視線が考え込む向井に集まる。その"間"は僅かであったが、その飄々とした物腰に、皆が揃って吸い込まれる感覚を覚えた。


「リンシー選手は非常に戦いやすい相手なので、このまま余裕をもって勝てると思いますよ」

『『!!??』』


 それはチャンピオンに対して、あまりにも傲慢が過ぎる回答であった。


「そ、そうですか? リンシー選手は不利な弓で戦っていましたが、次からは短剣に対して素直に有利な武器を使ってくると思うのですが……」

「でしょうね。だから戦いやすいんですよ」

『『!!????』』


 圧倒的強者の発言。本来ならば『メタ読み対策でサブウエポンを用意してきた』となるのだろうが、向井に限っていえばソレは考えにくい。


「たしかに勝てる確証は無いですね。ですが…………リンシー選手はやはり、チャンピオンと言うだけあって戦闘技能のレベルが高く、戦っていて攻防の噛みあいが良いんですよ。初心者にありがちな、まったく意味のない"予想外"が無いというか、意表をついてくるにしてもソコにちゃんと"理"があって、だから僕も安心して踏み込んでいけるんですよね」

「は、はぁ……」


 向井は機械ではない、ゆえに人間の限界は越えられない。しかしリアルでも、たとえば居合の達人が弾丸を両断するなどの『人間の限界を超越している"かのような"動き』は実現可能だ。いくら銃の攻撃が剣速を超越するものであっても、弾銃口を向けられればその軌道は予測できるし、表情や指の動きで発砲のタイミングもおのずと感知できる。向井にとってのリンシーの攻撃は、まさに銃のそれなのだ。


「私の知り合いのレーシングドライバーが、サーキットで繰り広げられる限界バトルよりも、公道で一般人に混じって(法定速度で)走る時の方が、よっぽど怖いと言っていましたが…………それに近い感覚なのでしょうか?」

「そうかもしれませんね」


 達人の領域で戦う向井からしてみれば、素人の思い付きほど予想外なものはなく、逆に不利でもベテランがセオリーにそって攻めてきてくれたほうが読みやすい。それなら『ベテランが突然ランダムな攻撃をしてきたら最強なんじゃね?』と思うかもしれないが…………実戦における極限の攻防は詰将棋と同じであり、意表を突くためだけに本当に無駄な行動を挟んでは最終的にライフレースで競り負けてしまう。


 (2D格闘ゲームには"択"に持ち込む戦略も存在するが、それはあくまで二者択一の攻撃であり、純粋なランダム攻撃、いわゆるレバガチャではない。そしてそのランダム攻撃は裏目に出る確率の方が高いのでプロは基本使わない)


「おっと、ここで機材の調整が終わったようです! このあとはリンシー選手にもお話を伺う予定でしたが…………それはまたの機会で」


 司会が、裏方の指示に従って向井のインタビューを中断する。これは向井のメンタルを崩すための妨害行為であり、それが"無駄"と思えるなら続ける理由は無い。


「…………」


 この妨害行為、結論を言えば大失敗であった。それは向井のメンタルの強さもそうだが、1番の問題は『向井のコメントを聞くリンシーへの精神ダメージが考慮されていない』点にある。本来この妨害行為が効力を発揮するのは『追いつめられている者に対して』であり、向井は現在リードしており、加えてその立場は『負けても失うもののない気楽な招待選手』なのだ。


 対してチャンピオンのリンシーは、作戦が裏目に出て大ピンチの状況。その状況下で、向井の余裕の発言を聞かされたのだから、その内に秘めた苛立ちは計り知れない。




 こうして絶望的にも思えた対リンシー戦は、第三試合にきて"早くも"向井が優位をとる形になった。

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