#457 IBWGP⑬
「2試合目は打って変わって、攻める向井選手に対してリンシー選手、防戦一方です!」
第2試合、向井は序盤から距離をつめ、試合を有利にすすめる。IBのベースは対戦ゲームであり、RPGベースのL&Cほど極端な(前衛と後衛での)能力差は出ない。しかしそれでも、短剣ビルドは機動力に優れ、弓ビルドの得意レンジを潰しやすい利点がある。結果としてこの試合は『セオリー通りの展開』となった。
「追い詰められているように見えますが、リンシー選手は冷静です。むしろ"望んだ展開"なんじゃないでしょうか」
「そうなんですか?」
「リンシー選手は先ほどの試合でEXゲージを使い切っています。基本的には予想通り、ビルドを切り替えながら戦うのだと思われますが…………何もストレート勝利する必要はありません。先に1勝して、次の試合はゲージを貯めるのに専念する。あとは取って取り返してを繰り返せば、先に4勝するのは先行するリンシー選手になります」
「なるほど。ベテランらしい堅実な立ち回りですね」
IBにおいて、EXゲージの管理は重要だ。それは自身だけでなく『如何に相手に無駄遣いさせるか』も含まれる。それで言うと、そもそもスキルに頼らない向井に強化攻撃や緊急回避による無駄遣いを誘うのは難しく…………この試合はリンシーが、誘いに乗らない向井に苦悩しつつも、地味な立ち回りでEXゲージを貯めていく展開となった。
*
時は遡り……。
「ブルーが独自に開発した(不正行為)検出ツールでスキャンしてみたけど…………結果は"イエロー"(可能性あり)止まりだったわ」
「クソッ! やはり現バージョンで、レッドの不正を暴くのは不可能なのか!!?」
「バックドアの問題もそうだけど、そのチート、基本動作は結構限定的って言うか、IBやネットワークに干渉しない(VRマシーン内で完結するタイプ)アシスト系ツールなのが問題なのよね」
日本代表が練習に励むホテルの一室。そこにはレッドの不正を暴くために日本選手団に接触したレベッカの姿があった。
「結局、1番の問題は運営が結託しているところなんじゃない? それこそチートツール無しでも運営の協力があれば、サバイバルバトルはズルしたい放題になっちゃうわけだし」
レッド陣営は、間違いなく不正を行っている。だがしかし、ARを利用しての通信対戦では相手の不正に対して干渉する手段は限られる。もちろん、こちらも金にモノを言わせて(怪しい代表チームのスタッフを買収するなど)現場をおさえることは可能だ。(実際、ブルーは金で雇った協力者から幾つか情報を買っている)
しかしそれではトカゲの尻尾切りで終わるだけ。不正行為を斡旋している組織を丸ごと検挙するか、その不正ツールの動作を確実に検出するツールが必要になる。
「そうなのよ。努力の方向性が間違っているというか、根本的に価値観が違いすぎるっていうか」
「そうですね。結局、どこまでいっても悪いのは技術じゃなくて、それを使う"人"なんですよね」
「ちなみに…………義兄ちゃんのチート判定は"レッド"、思いっきり不正しているって出たわ!」
「ちょ!? ボスわ!!」
突然、嫌らしい笑みを浮かべて言い放つレベッカ。
「もちろん私も、義兄ちゃんがチーターだなんて思っていない。そんなのプレイングを見ていればわかるもの」
「いや、まぁ、そうですよね」
不正ツールは"プログラム"で動いており、感情で動いている人間の『単純な上位互換』では無い。そこには得意不得意があり、特徴がある。単純な数値を比較すると『向井の動きは常識を逸脱している』ものの、そこには人間らしい感情や駆け引きが見て取れる。
「ブルーと言っても、現実はこんなものなの」
「「…………」」
もちろんプログラムでも、人間的な動きの再現や、それを正確に判断する事は可能だ。しかしそれには、リターンに見合わない投資や人材が必要になる。IBは世界大会こそ開かれているものの、その中ではマイナータイトルであり……。
「正直なところ、ブルーが本気(大金を積む)になれば、今回の件を強引に解決することは可能よ。でも…………資金や人材には限りがあるし、他にも幾つか監視しているタイトルがある中で、IBにコレ以上の予算は割けないの」
「「それじゃあ……」」
「悪いけどこの大会中に、レッドの不正を完全に暴くシナリオは…………用意していないわ」
「「…………」」
それは仕方の無い事。ブルーが見ているのはあくまでレッドであり、この大会で不正ツールを使用している"客"は二の次なのだ。もちろん、大掛かりな不正行為なので『ただの顧客』とも言い切れないが…………それでもブルーとしては『大会自体は、そのメーカーや運営の問題』として一歩引いた位置から干渉する方針になっている。
見方によっては『正義の組織』とも言えるブルーだが、そこには欧米人(アメリカよりも広い括り)や欧米系の企業の思惑があり、それは単純な正義感からくる活動とは言い切れない。
「それで結局、俺に何をさせたいんだ?」
話は逸れに逸れたが、問題は『向井に何をさせるか?』であり、レッドやブルーへの勧誘は余談にすぎない。
「それはもちろん……」
「「…………」」
「難攻不落の義兄ちゃんとお近づきに……」
「帰れ」
「わ~、冗談冗談! 本気で回線を切断しようとしないで!!」
実のところレベッカは、前々からセインに対して接触を試みていた。それが今回ようやく叶い、舞い上がる気持ちが所々で出てしまう。
「わかったから(無駄だが)抱きつこうとするな。早く言え」
「うぅ……。まぁ、べつに難しい話は何も無いわ。そもそも、不正を暴くために不正をさせたら意味無いし」
不正と言っても、当然ながら『勝つための不正』ではない。とは言え、これが映画なら『対戦相手にハッキングをしかけるので、改ざん前のログデータを入手できるまで時間を稼げ』的な要求はあっただろう。しかし現実は、そこまでドラマチックには出来ていない。
「まぁ、そうよね。それじゃあ追い込んで、リミッター解除を待つ感じ?」
「それもあるわね」
実際のところ、サバイバルバトルでは韓国代表が何度か怪しい狙撃をしていた。それは『運が良かった』の範疇に納まっているが、それも連続して起これば不正行為の証拠となる。
「まぁ、理屈は分かるけど…………そんな都合よくいくのか? そもそも、そのリミッターの切り替え機能が付いていない可能性もあるだろ?」
「もちろん。でも、ついていない可能性も、あるわよね?」
「ぐっ。それは、まぁ……」
水野の指摘をバッサリ切り捨てるレベッカだが、それでは結局、向井のやる事は『普通に勝ちに行くだけ』になってしまう。
「つまり、相手がチートをフル活用する展開に持ち込めばいいわけだな?」
「そう! さすがは義兄ちゃん! 話が早くて助かるわ」
チートにも『出来ない事』はある。本来は、その出来ない部分を探り出し、そこに突破口を見出すべきなのだが…………それでは不正プログラムの全体像を確認するのは叶わない。今回ブルーは、レッドの不正を暴くための"準備"として、その機能を出来るだけ正確に把握しておきたい思惑があった。
「でも、それってつまり…………不利な状況で戦えって事よね?」
「ちょ!? いくら相手がチーターだからって、ボスに試合を捨てろって言うのか!??」
ブルーへの勧誘や、謎の妹宣言の理由はソコにある。向井は疑いようのない優勝候補だ。それこそ技能を数値化したら、間違いなくトップの数値を叩き出すほどに。そんな相手に『勝つのは諦めて、捨て駒になれ』と言うのだから、それに見合った報酬は必要になる。
「ハッキリ言ってしまえば、そうなるわね。その、私だって、初対面で頼んでいい事じゃないのは分かっているし…………その、私に出来る事なら、何でもするつもりよ。だから……」
「それなら問題無い」
「「えっ??」」
「俺は最初から……。……」
話は試合へと戻る。
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