#456 IBWGP⑫

「えぇ~、突然ですが、試合を開始する前にお知らせがあります」

『『??』』

「本試合は不正防止のため、抜き打ちで選手の発言が全体発言として視聴している皆様にも公開される形式となっております。なお、選手同士は通常通り会話できませんので、不正行為を行っていない選手は影響なく戦えることを補足させていただきます」

『『!!????』』

「「…………」」


 メイン会場で、司会から突然言い渡される大会の仕様変更。しかし困惑する会場に対して、選手の表情に変化は感じられない。


「ふっ、コチラは全く問題ない。はやく(試合を)始めよう」

「…………。そうですね、僕も問題ありません」


 そう言って最終調整を始める選手の2人。


 司会は『不正対策』と言っているが、選手の発言を公開したところでシングルバトルの不正を観客が看破するのは不可能だ。なぜなら、(サバイバルバトルと違って)相手の細かい状況など口頭で説明しなければならない情報が無く、なおかつ選手の視界やログは非公開のまま。つまり、音声認識以外のチートツールはそのまま使える状況なのだ。


「それでは、シングルバトル・ベスト8戦、リンシー選手対向井選手の試合を……。……」


 この試合は4本先取。地形要素は無く、運が絡む要素は殆どない、純粋な個人の技量と戦略を競い合う形式となる。





 中世のコロッセオを思わせる会場。司会や観客が客席を埋め、空中には試合開始を告げる数字が、徐々にその数を減らしていく。そんな中で…………選手が現れ、その装備が明らかになり、眩い演出と共に選手が向かい合う。


「ところで、向井とやら…………あぁ、相手には(声が)聞こえていないのだったな。まぁ良い。俺の異名を、存分に思い知ってもらおう!!」

『おっと、リンシー選手! シングルバトルでなんと! 弓を取り出しました!!』

『あれは、[ウォーアロー]のようですね。近距離戦が圧倒的に有利なシングルバトル、それもその世界大会の舞台で遠距離武器が見られるとは』


 沸き立つ会場。


 リンシー選手は万能型であり、メタに合わせて多彩な武器を使い分ける。しかしそれでも、ルールを考えれば明らかな悪手。本来ならば罵声が投げかけられてもおかしくない展開だが…………その無謀な選択は、ランキングトップの信頼により"期待"に塗り替えられた。


「さぁ、まずは挨拶だ! <トリプルショット>!!」


 リンシーの手にした矢が三本の光線となり、向井へと放たれる。


『おっと向井選手! 当然のように光の矢を斬り伏せた!!』

『通常ショットに対して決めるのも難しい"相殺"を、本当に軽々と決めてきますね。正直に言って、才能だけでは片づけられない"何か"を感じてしまいます』


 <トリプルショット>は弓系の基本スキルの1つで、放たれた矢が反発する影響で僅かに不規則な軌道を描く。この僅かなブレが地味ながら非常に厄介で、相殺の難易度を跳ね上げる要因となっている。


 相殺は『攻撃を当てればそれだけで発動する』ようなものではない。武器やその刃先であっても、通常はガード判定が優先されてしまう。対応武器の対応箇所で一定以上の速度と角度で攻撃を当てた場合のみ発動する、非常にシビアなシステムなのだ。そして発動すると、その攻撃による『ダメージを1回だけ無効化』する。注意点は、多段数ヒットする攻撃を防ぎきるのは物理的に不可能であり、バフ効果などの追加効果の発動も許してしまう。(回避扱いになるのでヒット時に発動する効果は受けない)


「ふん。まぁ、当たる軌道の矢だけ斬り伏せるくらい、俺にも出来るがな。さぁ、次はこれだ!!」


 続けてリンシーが、向井の反応を確認するように基本の弓スキルを披露していく。しかし向井は、そのことごとくを涼しい顔で対処する。


『向井選手の技能は驚かされますが…………リンシー選手、どうしたことでしょう? 基本スキルとは言え、知識面に問題を抱える向井選手に、ここまでスキルを見せてしまうのは。ちょっと迂闊な気がしますね』

『そうでも無いですよ。実際、向井選手は撃たれるがままで、距離をつめる気配がありません』

『あぁ、確かに! セオリーで行けば、すぐさま距離をつめて畳み掛けなければいけない局面を、見えるからこそ! その場でスキルの挙動を観察してしまう』

『それを利用してリンシー選手は、EXゲージを稼ぐ作戦なのでしょう』


 相殺のデメリットは、追加効果扱いである『EXゲージの増加』にも言える。つまり、リンシーは攻撃スキルを見せる"代金"としてEXゲージを稼いでいるのだ。通常攻撃やスキル攻撃を、神業で完全に対処してしまう向井だが、様々な強制効果を付与できる強化攻撃に対しては、向井の技術をもってしても対処しきるのは(ゲームデザイン的に)不可能となる。


 もちろん、相殺を発動している向井にもEXゲージは蓄積されている。しかし通常攻撃で無駄なく対処する向井よりも、無駄でもスキル攻撃を交えて多く攻撃を放つリンシーの方がゲージ増加量は多くなる。


『この調子なら、間違いなくEXゲージは(マックスまで)溜まるでしょうね』

『そうですね。スキル攻撃を見せながらEXゲージを溜め、毎回、試合を奥義(EXゲージをすべて使い切る大技)で締めくくる作戦なのでしょう。しかしそれでは……』


 EXゲージは、1試合で溜めきるのは非常に困難なバランスに設定されている。これは2試合を1サイクルとして奥義を撃ち合う展開(もちろん戦略的にゲージを小出ししてもよい)を想定したデザインになっているからなのだが…………今回は向井が殆どの攻撃を相殺(無効化)したため発生したレアケースとなる。


『問題は次以降ですよね。4本先取の本試合で、向井選手が4回も同じ展開を許すとは思えません』

『まず間違いなく、他の策も用意しているでしょうね。リンシー選手の異名は"オールラウンドマスター"。その気になれば、毎回戦闘スタイルを変更する事も可能です』

『もちろん、試合中のビルド変更は出来ませんので、仕込める策に限りはありますが』


 試合に持ち込める装備やスキルは"コスト制"になっており、合計コストが規定値以内なら何でも持ち込める。それで言えばリンシーは、消費コストの重い上位スキルを使用しておらず、裏に更なる秘策を仕込む余裕はある。


「これならどうだ! <ホーミングショット>!!」


 天高く撃ちあがる矢。誰にでも戻ってくることが予想できる攻撃だが…………リンシーはそのタイミングに合わせて、正面から通常射撃を重ねる。


『おっと向井選手! このコンボも初見で見破ってしまう! 強い! 強すぎるぞォ!!』

『流石にこれはどうなんでしょう? チート検出はグリーン判定ですが…………ちょっと信じがたいものがありますね』


 前後から迫る攻撃を、向井は半歩引いて軽々と同時に相殺してみせる。その動きは達人のソレであり、観客には彼が『アニメに出てくるボスキャラ』のように映る。


 そんな状況を目の当たりにして、司会の疑問は一見もっともなのだが…………この発言は限界ギリギリの問題発言となる。それだけ、司会者が『選手をチーター呼ばわりする』のはデリケートな行為であり、世界大会で司会をつとめるほどの人物がソレを知らないはずはない。


 圧倒的な向井の立ち回りを見て、歓喜していた観客も徐々に不信感を抱いていく。しかし当然ながら、システムの判定も『不正無しグリーン』と言っているように、彼の動きに不正は無い。


 <ホーミングショット>は、常に真っすぐ相手に向かう訳ではない。一定時間相手に向かって、決められた速度、決められた変数に基づいて軌道を修正し続ける。つまりこのスキル、相手が動かなければ確実に『決まった場所に決まったタイミングで確実に飛来する』のだ。ゆえに、放たれてしばらく軌道を確認する余裕があれば、途中で視線を外しても問題無く着弾位置とそのタイミングが予想出来てしまう。


「なるほどな。やはり…………行動補助。それも視界外の事象にも対応した、予測型。下手をしたら学習機能もありそうだな」

『おっとリンシー選手、意味深な発言だ!』

『意図は分かりませんが、リンシー選手は長年IBのトップに君臨する大ベテランです。どうやら彼は、なにか重要なものを見抜いたようですね』


 あまりにも白々しい発言。何か悪意があるにせよ、ここまで直球な発言は逆効果に思えるが…………こういったものは往々にして『あらかじめ用意された台本』に沿っておこなわれる。言う側も金銭目的で信念などは無く、下手にアドリブを交えて失敗時の責任を問われても困るので、台本に忠実な進行を目指す。


「……まぁいい。時間だ。この試合は貰うとしよう!」

『おっとリンシー選手、ついにゲージを解放したァァア!!』




 こうして1試合目は、"けん"に専念する向井を、リンシーが奥義で削り切って先取する形に終わった。

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