#455 IBWGP⑪
「さぁ、次は大変注目を集める試合となっております」
「一部では、これが実質的な"決勝戦"とも噂されていますね」
「そうですね。優勝候補の本命であり、IBの頂点に君臨する中国代表のリンシー選手に対するのは…………突然現れた最強の刺客。我らが日本代表の向井選手です」
「同系列の対戦システムを有するL&Cで、向井選手は頂点に君臨しています。つまりこれは頂点対決であり…………複雑な気持ちになってしまいますが、IBとL&C、どちらが上かを決める構図になっております」
この対戦カードは、観客の支持が割れる組み合わせとなった。
中国代表のリンシーは、不正疑惑こそあるものの、それでもIBのトッププレイヤーとして知名度が高く、プレイ人口の多い地域の出身と言う事もありファン数も多い。
対する日本代表の向井は、障害者として話題性こそあるものの、基本的には『ぽっと出の余所者』であり、普段リンシーを応援していないIBプレイヤーもどちらを応援するか悩ましいところであった。しかしそんな中でも、向井の威風堂々と戦う姿は『シンプルな凄み』があり、IBをプレイしていない観客の支持を集めていた。
「それもありますが、向井選手は珍しい"一芸特化型"なのも忘れてはならないポイントなんですよ」
「一芸特化ですか? 聞きなれない言葉ですね」
「そうですね。対戦するにあたって、どうしても生まれるのが"有利不利の問題"ですが、IBは試合に変化をもたせるためにシーズンに分けて武器やスキルの性能を変化させています」
「そうですね。シーズンによっては遠距離攻撃が有利になったり、特定のスキルを軸に戦うスタイルであふれたりしますね」
L&Cは、リアル志向・物理演算重視で、武器の基本性能は形状や重さで決まってしまう。もちろん、そこに付加価値がつくものは多いが…………『ゲームの目標』となるものが多彩で、特定のビルドでは倒せない相手が居たとしても問題無い構造になっている。
対するIBは、対戦形式は幾つかあるものの、結局は個人が各ランキングの上位を目指す形式となっており、ランキングの代謝は必須となっている。そのため、累計獲得ポイントに対する報酬は無く、シーズンのテーマや新たに追加される要素に応じて『装備やスキルの性能が変更される』事が当たり前になっている。
「リンシー選手が安定してランキング上位をキープしていられるのは、どのシーズンでも安定して強い…………つまり、どんな武器、どんなスキルでも使いこなしてしまう万能型であり、たえずメタゲームを制しているからなんです」
「なるほど。そしてリンシー選手のような競技思考の対になっているのが、向井選手のような一芸特化になるわけですね」
「はい。たしかにランキング上位は有利対面を意識したメタの読みあいが盛んですが…………少し引いて全体を見渡すと、ブレずに自分のスタイルを貫いているプレイヤーは一定数居ます」
間合いの噛みあいなどから生まれる有利不利の問題は軽視できない要素だ。当然ながら有利であるにこしたことは無いのだが…………オープンアクションのIBでは、なかなかそれも簡単な話ではない。人それぞれ性格や能力に差があり、ソレが自分にあっているとは限らない。それならいっそ、自分にあったものを極めるのも1つの手だ。
ランキング順位を見てみると、メタ読みがハマったプレイヤーが上位を席巻しているが…………通算成績を見ると、どのシーズンでも安定して強い一芸特化のプレイヤーが逆に上位を席巻している。残念ながら商業的な問題で入れ替わりの無い要素を評価するのは難しいが、『ランキングの順位=実力』の図式が絶対でないことが分かる。
「ここで、試合前の勝利者予想の結果を見てみましょう」
なかなか始まらない試合。ベスト8戦ともなると、スポンサーの広告を表示する時間も倍増する。もちろん、あからさまにCMを割り込むわけにはいかないので、試合数の増加や、レクリエーションを駆使する形でなんとか広告を画面内におさめていく。
「やはり、リンシー選手が優勢ですね」
「IBのランカーの中でもリンシー選手は別格。稀に(メタを)深読みしすぎて失敗する事もありますが、向井選手は一芸特化であり、派手な必殺技にも頼らない戦闘スタイルです。読み間違える心配は無いでしょうね」
「それ、向井選手がこの場でビルドを変更したら、完全に読み勝てますよね?」
「向井選手は、ホームであるL&Cでも短剣一本(比喩)で勝ち上がっています。それを今この場で変えても、返って弱くなるだけではないでしょうか?」
「そうですね。できれば日本代表選手を応援したいところですが…………有利なのは間違いなくリンシー選手です。しかし! 向井選手も根強い人気がありますよ」
「彼の戦闘スタイルは、柔よく剛を制すと言いますか…………日本人の琴線に触れる部分があるんですよ」
「相手選手の猛攻をことごとく躱し、リーチの短い短剣で擦れ違い様に急所を両断。IBを齧った者からしたら、軽くホラーですね」
「いや、全然軽くないですよ? 目の前に間違いなく居るのに、幾ら攻撃しても当たらない。これが怪奇現象じゃなかったら、何だって言うんですか?」
「そ、そうですよね」
思わず苦い笑みがこぼれる。
向井の動きは達人の領域に到達している。それは難しくはあるものの実現可能な動きであり、突出した才能を有する者の登場はどこの業界にも起こり得る事。問題なのは、そんな天才が世界大会とは言え、人気のジャンル(銃や素手での対戦ではない)からズレているIBの世界に現れてしまったこと。これは例えるなら、バラエティー番組の変則野球にメジャーリーグの選手が飛び入り参加するようなものなのだ。
「おっ、試合の準備が整ったようです」
「お待たせしました! 今、本会場に注目の2人が登場します!」
*
「……のは、日本代表、向井!!」
『『おおおぉぉ!!』』
両選手の登場に、メイン会場が湧き上がる。
「なんとかベスト8戦まで来られました。これも、僕を応援してくれる皆さまの応援があってこそだと……。……」
『『…………』』
当たり障りのない挨拶を口にするのは向井。IBの大会では、観客の声援が対戦中の選手に届く事は無いのだが、日本人として、社会人として、向井は"模範解答"に専念した。
もちろん、一部では『関心が無いので適当に済ませただけ』と言う意見もあがっているが。
「両者が中央に歩み寄り、今、握手が交わされようとしています」
司会に促され、2人が会場の中央で手を伸ばす。これは報道向けの意味もあり予め台本に記された展開だが…………その"模範"を、リンシーは拒絶した。
「ふっ。やはり"現実の攻撃"には反応できないようだな」
とつぜん袖から短刀を取り出したリンシーが、向井の首筋にその切っ先を向ける。対する向井は無反応。その流れを受け、会場は色とりどりの反応を見せる。
「おっと、リンシー選手! 過激な挑発だ! しかしどうした事でしょう? 向井選手、これに全く反応できません」
司会はリンシーを注意しない。もちろん司会は、司会であって審判ではない。問題行動を起こしたリンシーに対してペナルティを科す権利は無いが…………かと言って止める様子も無く、絶妙な加減でリンシーを援護する。
「いくら車椅子とは言え、上半身は動くのだろう? リアルと同じ感覚で動けるIB内では、あれだけ完全な回避技術を見せているのに」
「…………」
「えぇ…………たしかに、向井選手の上半身は健常者と遜色ないはずですが……」
『『…………』』
涼しい表情を貫く向井に、会場の注目があつまる。
「そうですね。その通りかと」
当たり前の話だが、上半身を激しく動かせば下半身にもその反動は伝わる。今回は"無反応"を選んだ向井だが、反射的に激しく動いた場合、最悪『下半身の神経に負担がかかって試合が医師に止められる』可能性もあった。
「ふん! 絶対的に強いのは、どうやらゲームの"中だけ"のようだな」
「ちょ、リンシー選手!?」
「…………」
そう言ってリンシーは、向井に背を向け勝手に試合の準備を始める。対して司会は、困惑した表情を見せる。もしかしたら…………まだ向井を揺さぶる作戦があったのかもしれないが、L&C内で散々煽られてきた向井の煽り耐性は高く、即座にリンシーは"無駄"と悟った。
「そ、それでは向井選手、大会用のVRマシーンへお願いします。これより……。……」
ARでのやり取りとは言え、刃物の持ち込みや、それをあまつさえ対戦相手に向けた事に対する言及は無し。不振は募るものの……。
IB世界大会・シングルバトル。まだ試合は残されているものの、実質的な決勝戦が、今、始まろうとしていた。
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