#453 IBWGP⑨
「悪いが俺は見ての通り障害者で、医療機関との契約もあって(ブルーの)チームに所属する事は出来ない。それよりも……」
「医者なら、アメリカだって負けていないわよ? 世界最高峰の医療と報酬を……」
「アメリカの場合、最高峰でもそれに見合う報酬が必要になるだろ?」
「それは当然ね。でも、向井なら払えるでしょ? ブルーに所属すれば」
俺をブルーに引き抜くつもりのレベッカ。しかし彼女のやっている事は『札束で殴って言う事を聞かせる』であり、金のためにIBやL&Cをやっている訳ではない俺には響かない。
ともあれ、彼女に悪気は無いのだろう。見方によっては俺を『金で釣れる男』と軽く考えているようにもとれるが、それは俺が日本人であり、ロマンやプライドを重視する思想を持っているからにすぎない。そして彼女は、年俸などの分かりやすい数字で相手を客観的に評価する世界で成り上がったわけで…………これは彼女なりの"敬意"って事なんだろう。
そしてレッドにはレッドの、ブルーにはブルーの価値観があり、流儀がある。確かにチートは悪いことだが、この話は単純な"善悪"の問題ではなく、思想の違いから生まれる対立が根底にあるのだ。
「気持ちは有難いが、俺はブルーに所属する気は無い」
「ふっ、お金では動かないって事ね。まぁ、それも想定済み。むしろ、その方が信用できるってものね」
「それは俺も同意見だな」
ヒステリーでも起こすと思ったが、案外落ち着いているレベッカ。まぁ、俺の情報は事前に仕入れていただろうし、彼女のいう通り、本当に予想した展開だったのだろう。
「それならコレはどう?」
「「…………」」
「私が貴方の…………"義理の妹"になってあげる!」
「「はい??」」
予想の斜め上をいくレベッカの回答に、皆が唖然とする。
「私、前からセインのファンだったのよ。だから、これからは私が! 貴方…………
「「????」」
「何かにつけて躓いて義兄ちゃんの顔に股間を押し当ててあげるし、突然の雨に濡れて倉庫に飛び込んだら閉じ込められて……」
「待て待て、なんで行き成り養子なんて話になるんだ!? そもそも妹は既に間に合っている」
とつぜんアイのような事を言いだすレベッカ。さすがのアイも、後半のような奇行はしないが…………前半は、幾つか身に覚えがある。
「妹が居るのは知っているわ。でも、それならなおの事、
「なんだその少子化を全力で無視する過密ぶりは。いや、まぁ……」
「「??」」
「何でもない、忘れてくれ」
「「?????」」
思い返せば、俺はモテないわりに女性に囲まれており、年上にまで"兄"呼ばわりされている。それは偶然や偽装工作もあるが…………傍から見れば『妹に弱い、生粋の兄体質』と思われるのは仕方のない状況だ。
「とにかく、ブルーに所属する話は無しだ。これ以上その話を続けるなら、協力も含めて、話はココで終わりにさせてもらう」
「……OK。それじゃあ、内容を説明するわ」
「「…………」」
どこまで本気だったのか図りかねるが、素直に引き下がって本題を話始めるレベッカ。しかしこの調子だと、世界大会が終わっても、何かにつけてコンタクトをとってきそうな気がする。
*
「よし! これで一安心か」
「最終エリア次第だけど、良い場所がとれたな」
サバイバルゲーム・決勝戦。そこには高台(有利ポジション)に身を潜める日本代表の姿があった。
「しかし、事業部もグルになって不正をしていると思うと、真面目に戦うのがバカらしくなるな」
「気持ちは分かるが、諦めたらそこで試合終了だぞ?」
「そうだぜ。それに、チートを使ったからってソレで確実に勝てるわけじゃない。まだ、優勝の目は残されているわけだし……」
「「??」」
「そのくらいで諦めたら、ボスにぶっ飛ばされるぞ」
「「…………」」
複雑な表情を見せる面々。熊井はともかく、水野と土門は勝っても負けてもコレが最後の試合。厳しすぎる特訓から解放される解放感はあるものの…………その特訓で強くなったのは彼らも実感するところであり、惜しく感じる気持ちもあった。
「まぁ、俺だって易々と優勝を譲るつもりはない。こうして有利ポジで迎えうつ分には、不正も何も無いからな」
いくつかの代表チームは不正行為をしている。その代表的な不正が、運営による『対戦相手の情報のリーク』であり、本来は不正を監視する側の人間が金銭と引き換えに、選手が本来知り得ない情報を教えているのだ。
とはいえ、これはこの手のゲームでは定番の不正であり、運営も対策は施している。フルダイブタイプのVRは、VRマシーン上で『選手への情報』をすべてログに残せてしまう。そのため、本来ならば審判でも何でも『選手に不正情報を伝えた事実』がVRマシーンに記録され、リアルタイムの不正検出プログラムや、その後の検査に引っかかってしまう。
そこで中国代表をはじめとするレッドは、大会用VRマシーンのセキュリティプログラムに抜け道を作り、不正がログに残らないようにしたのだ。こうなると中継を利用して相手の配置などの情報が筒抜けとなり、有利な状況が作れてしまう。
「結局さ、サバイバルは最後まで生き残れば"勝ち"なんだよ」
「それはそうだが…………それ以上の事をしてくる可能性もある。今は油断しないで、時を待とう」
「「おう!」」
不正行為は大きく分けると3つあり、
①、協力者による情報の提供。ログに残らないので対処するのは困難だが、戦闘能力には直接影響しない。これで有利になるのは中盤の立ち回りで、相手の位置がある程度読め、素早い状況判断が求められる最終盤では効果が薄くなる。
②、
③、性能・数値改変。無敵や飛行、あるいはアイテム所持数の増加など。これはいくらVRマシンを細工しても一目で不正と分かってしまうので大会で使われる事は無い。しかし過去には『未収得アイテムを拾う前に内容を変更する』などのその場では判断のつかない不正プログラムが開発された事例もあり、警戒は必要。
④、『不正を行っていない選手を標的にする』不正。言ってしまえば難癖にすぎないのだが、食事にドーピング検査で引っかかる薬品を加えられたり、審判による忖度行為だったり、あるいはもっと単純にヤジなどの妨害でメンタルを攻撃されたりと言った不正を、平然とおこなってくる国が幾つか存在した。
ARを利用した大会が主流になった現代では、④の不正はほぼ無くなったが、中には世界の目を気にする事無く自国選手を堂々と優遇した事例もあり、常識はアテにならない。何せレッドは国家ぐるみで不正に加担しているので、ゲーム内や社会的な制裁が通じないのだ。
常人や普通の国では理解すらできないような行為でも、平然とやってくる国や権力者は…………残念ながら現代においても、滅びてはいない。
「おっと!? 危ない危ない。正確に頭を狙ってきたな」
突然、水野の頭があった位置を"矢"が駆け抜ける。コレは茂みから放たれた不意の一撃であり、回避できたのは訓練の賜物と言えよう。
「チートだと思うか?」
「どうだろうな。充分狙いを定める余裕はあっただろうし、1発だけなら偶然ド真ん中に飛んでくれた可能性もある」
矢は射程ギリギリの距離から放たれた。この場合、スキルの補正があったとしても頭どころか掠りもしないことがザラだ。もちろん、それでも当たる可能性はあるので"偶然"に賭けた可能性はあるが…………世界大会の決勝戦の舞台でプロ選手が、そんな迂闊な攻撃をしてくるとは考えにくい。
「せめてどこの国か分かれば、作戦もたてやすいんだが」
遠距離戦の攻防は、ランダム要素に左右されやすい。それは遠距離攻撃の拡散であったり、茂みなどへの牽制攻撃だったり。この場合、ある程度の被弾や無駄撃ちは覚悟して確率論的な攻防を仕掛けていく形になるのだが…………そうなってくると『相手がチートを使っているか』は非常に重要だ。なにせチーターには、その死角に相手が隠れているかどうかが分かってしまうのだから。
「こういう時、"ネス"が居てくれたら参考になったんだけどな」
「いや、アイツは……」
「「…………」」
皆が去年の代表メンバーの1人を思い出し、複雑な表情を浮かべる。
ネスの実力は、日本代表としては心もとない。しかし自身の動画でチート狩りを行っている事もあり、対チーター戦に限れば、その戦力はいくらか期待できるまでに増加する。いや、戦闘能力はやはり期待できない。あくまで、知識面での話だ。
「聞いたか? アイツ、干されてから…………(チートを使って育てた)アカウント販売をしているらしいぜ」
「ミイラ取りがミイラになったわけか」
「確証は無いが、掲示板には何件も目撃情報が貼られていたな」
「「…………」」
ゲーム業界に限った話では無いが、汎用性の低い業界で活躍した者が一度(不正行為などで)干されると、その末路は悲惨だ。ネスは、チーターや暴言などの迷惑プレイヤーを撃退する『分からせ屋・ネス』として時の人となったが、その後は話題作りのために迷惑プレイヤーとは言え、まだ分別のつかない子供の晒し上げをおこない…………はては、代表入りのために他者を陥れるようなまねをした。
「しかしネスもバカだよな。よりにもよってボスに喧嘩を売るなんて」
「まぁ運営は、ボスとの一件以前から目をつけていたみたいだけどな」
「ただ強いだけの一般プレイヤーだと思って脅したら…………そのゲームの運営を通り越して、親会社の社員だったわけだからな」
一般に、L&Cやトワキンの運営であるOVGと、親会社の鳳グループの関係性は知られていない。しかしプロプレイヤーとして運営や企業とやり取りのある者は、トラブル回避のためにも後日、一部ではあるが裏事情が語られた。その際、向井の名が出される事は無かったが…………向井の代表入りや、その経緯を聞けば、その内容はおのずと推測できる。
「呪千湯イベントだっけ? アレが終わったと同時に、スポンサーは全て契約解除。関連タイトルやチャンネルも一斉にアカBANだからな」
「ホントかどうか知らないけど、ネスの周囲に片っ端から"内容証明"が送られたらしいぜ」
「弁護士からの通知か。まぁ、普通に脅迫だし、運営は証拠(ログ)を持っているから、訴えられたら100%勝てないよな」
「「だな」」
サバイバルバトルにおいて、待つ行為は重要だ。その無駄話は一見、不真面目・不謹慎にも思えるが、緊張状態を維持するのは思いのほか負担が大きく、適度に気を抜く行為は悪いものでは無い。
「おっ、アイツラ、詰めてくるみたいだぞ」
「ふっ、"我慢比べ"は俺たちの勝ちだな」
サバイバルバトル・決勝戦。その戦いは終盤に近付き、エリア縮小に合わせて積極的な攻防が見られるようになっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます