#452 IBWGP⑧

「ハァ~ィ、日本代表の皆さん。まず、無理を言った事を謝罪させてちょうだい」

「その、先ほどぶりです、レベッカさん」

「レベッカでいいわ。その代わり、私もユッカって呼ばせてもらうけど」

「え、あぁ、それは構わないですけど」


 突然現れ、自分のペースで話を進めるアメリカ代表。手早く挨拶を済ませて本題に入る。


「それで本題なんだけど…………アナタたちに助言したくて、声をかけさせてもらったわけ。もちろん試合は無いと言っても、大会中だからナイショと言うか、個人的な助言って事でお願い」


 レベッカの真の狙いは、何となく分かるが…………彼女は同じ大会参加者であり、接触できる相手は限られる。もちろん大会運営に、選手のプライベートを法的に制限する権利は無い。しかしそれでも、試合中の外部との接触や、対戦相手への秘密裏の接触などは、処罰の対象になる。


「その、アチシら、席を外した方が良さそうなのにゃ?」

「ん~、別に、考えて行動してくれるなら、聞いてもらっても構わないわよ? その気になれば、幾らでも拡散する方法はあるんだし」


 何があるか分からないので当然今のやり取りは記録しているが、レベッカも運営からペナルティーを科せられる覚悟はあるのだろう。と言うより、俺の予想が当たっていれば、むしろ有力者には拡散しておきたいはずだ。


「それ、重い話だって言ってるのと同じなのにゃ。って事で、アチシ"たち"は兄ちゃんに任せるのにゃ」

「そうですね。何かあれば、何でも言ってください」


 そう言って去っていくニャン子とスバル。いちいち俺を引き合いに出すのはどうかと思うが、この調子ならしばらく特訓も出来ないので、帰しておくのが無難だろう。


「それじゃあ…………ハッキリ言わせて貰うけど、アナタたちがこれ以降、勝ちあがるのは不可能よ!」

「「…………」」


 大振りなジェスチャーで言い放つレベッカ。


 実際のところ、この後の試合はサバイバルバトルの決勝に続いて、シングルのベスト8戦が控えている。当然ながら対戦相手は優勝候補であり…………言っては何だが、熊井と風間はベスト8戦が正念場となるはずだ。


「それは、ボス…………向井さんも含めてって意味でしょうか?」

「そうね。むしろ、向井が一番、厳しいんじゃない?」

「"リンシー"か」


 リンシーとは、中国代表の一人で、IBのランキングで一桁シングルをキープする猛者だ。数居る優勝候補の中でも本命と噂される人物で、次の対戦相手となる。


「たしかにリンシーは強いけど、セインさんなら!」

「無理ね。だって彼、"チーター"だもの」

「「…………」」


 その場が静まりかえる。


 世界大会の大舞台、それも『衆人環視の会場でチート行為なんて出来るのか?』って話だが、実のところ不可能ではない。もちろん、あからさまな改ざんは無理だが、ちょっとした反則なら可能であり、トッププレイヤー同士の戦いなら、そのわずかなアドバンテージの差もバカに出来ないものとなる。


「たしかに、中国は反則の常習犯だ。特にサバイバル系タイトルは軒並み荒らされている」


 中国に限った話では無いが、幾つか、反則の常習犯として悪名を轟かせる国がある。国で一絡げに決めつけるのは良くないのだろうが、実際問題(フリー対戦ならともかく)監視の厳しい近年の大会で個人がチートで勝ち上がるのは不可能であり、つまりは選手団や審判なども含めて不正に関与しているって話だ。


 そしてそう言った組織は、運営を抱き込めば簡単に対戦相手の情報を入手し、優位にすすめられるサバイバル系のタイトルを好むのだが…………それも昨今のチート技術の向上により、ジャンルを問わなくなってきているのが現状だ。


「ほんとうに、あの辺の国は懲りないって言うか…………そもそも思想的にスポーツマンシップを守る気が無いのよね」

「たしかに、警告イエローカードやBANされた回数を、まるで武勇伝のように語る人は多いですね」


 L&Cにも、外部ツールによるチートを試みる輩は居る。しかし、賞金ありの公式大会が無い事や、アカウント販売が出来ない事もあって、大規模なチート組織に狙われたなどの話は聞かない。


 しかし基本的には、大規模な不正行為を完全に対処できるメーカーは稀だ。なにせ相手は、国家ぐるみなのだから。


「アイツら、それで昨年は出場停止をくらったのに、まだ凝りていないのか!?」

「つか、IBだってセキュリティは強化したんだろ?」

「調べたら、そのセキュリティ強化パッチの制作陣に"レッド"が潜んでいたのよ」


 レッドとは、組織的なチート行為で稼いでいる組織や、そんな組織を支持する者たちの総称だ。


 そんな連中がまかり通っているのなら『対象国や繋がりのある選手を永久追放してしまえば?』と思うところだが、実際にはなかなかそうもいかない。レッドは、平然と産業スパイや大規模な評価の改ざん、はてはヘッドハンティングや株価操作など、半端な規模のゲーム開発会社ではとても太刀打ちできない工作を行ってくる。そしてなにより、人口と市場規模の問題で、レッドとの関係を完全に断ち切ったタイトルを『世界大会が開催できる人気タイトル』に育てるのが事実上不可能なのだ。


 結局、その都度粛々と反則をとり、規約に沿ったペナルティーを当事者に科していくしかないのが現状であり…………トカゲのしっぽ切り、そして新たに開発されたチート行為を地道に暴いていくイタチごっこを繰り返すしかない状態になっている。


「でも、セインさんは既に、予選で"ジュンドク"を破っているぜ!?」

「確かに彼もレッドだけど…………優勝候補の中では最弱、無駄にプライドの高い国が勝手に優勝候補を名乗っているだけの面汚しじゃない?」

「それは、まぁ……」


 俺が予選で倒した優勝候補の1人・ジュンドクは、韓国代表であり、この国も国家ぐるみの反則行為が絶えない。


 しかし派手なチートは使えないわけで、もとのPSが低いとチートを使ってもなお勝てない事態は往々にして起こる。チートありのジュンドクの実力は『熊井にも高確率で勝てる』くらいだが、チート無しなら多分『風間と同等か、それ以下』ってところだろう。つまるところ『チートを使うと1~2まわりほど強くなれる』程度のものになる。


「それで、結局日本代表おれたちにソレを話て、何がしたいんだ? チート対策が大事なのは分かるが、それは選手のする事じゃないだろ??」


 そう、対策は運営の仕事であり、IBの本部や各国の事業部がすること。選手としては『怪しい行動に対して検査を要求する』くらいしか出来ないのが現状であり、"公平"の観点からも選手の権限はソレで充分だと思う。


「たしかに、"選手"としてはね。でも、私は違うわ。私、"ブルー"に所属しているの」

「「…………」」


 ブルーとは、正式名称・青い翼ブルーウイングと呼ばれる組織で、一言で言えば"反レッド"勢力だ。自動翻訳技術の向上により、ほぼすべてのタイトルを世界に向けて配信できるようになった現代において、レッドを排除する行為はそれだけで致命的な売り上げの不利を背負う形になる。それは単純に"順位"の問題だけに留まらない。なぜなら『世界的に売れなければ開発費が回収できない』からだ。逆に言えば、レッドは金に物を言わせた開発を行い、ブルーを敵にまわしても自勢力内だけで"ある程度"開発費が回収できる強みがある。


 ともあれ、ブルーも完全に負けている訳ではない。ブルーはアメリカを拠点としており、彼らを支持する世界企業は多く、(残念ながらVR業界では負けているが)他のプラットフォームはブルーが勝っているものもあり、一進一退と言った状態だ。


「そこで提案なんだけど、向井…………貴方、私たちのチームに所属しない? プロプレイヤーとして、正式な形で」

「え? それって、凄い事なんじゃないですか!?」

「たしか、欧米のチームって、スポンサー料が桁違いなんだよな?」


 ブルーは大きく4つの組織に分けられる。

①、国別対抗戦は行わず、ブルー系のタイトルでおこなわれる"プロチーム対抗戦"で、『チームの総合順位』と『MVP選手の投票』で争うグループ。イメージとしては"メジャーリーグ"であり、一般人のブルーの認識は大半がコレになる。


②、レッドの介入を許さないクリーンなタイトルの開発。


③、あえてレッドの息のかかった大会に参加して、その手口を学び、時にはその不正を告発するプロゲーマー集団。


④、上記の活動を支持し、出資するスポンサー。


 当然ながら俺は、ハッカーでも無ければ何かしらの権力者でもないわけで、今回の誘いは③となる。そしてそこに加え、今回の試合に限らず、正式に③に迎え入れて継続的にその活動に参加させたい口ぶりだ。


「まぁ、向井ほどの実力があれば、(年俸)100万ドル以上は余裕、それこそ1000万ドルだって狙えるんじゃない?」

「「おぉ~~」」




 突然飛び出す大金に皆が喰いつく。しかし俺としては、本題から目をそらす形で切り出しているのが気に入らない。まぁ、レベッカとしては『逃がしたくない理由がある』わけで、食いつきの良い話題を先にあげたのだろうけど。

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