#451 IBWGP⑦

「「すいませんでしたー!!」」


 その日、IB日本代表チームが活動するホテルの一室には、代表メンバーが同メンバーの初心者にスライディング土下座する姿があった。


「……ちなみに、何に対しての謝罪なんだ?」

「「それは、その……」」

「ぼ、ボスの出番まで、チームを持たせられなかったと言いますか……」


 向井は主力選手でありながら、あえて2つ目の種目を補欠のまま非公開にした。その甲斐あってサバイバルバトルは、向井を恐れたチームが日本代表を避ける形で有利にすすめた。そしてサバイバルバトルの決勝戦は先行して行われるので、それ以降は向井を隠す必要は無くなる。


 しかしその作戦は(サバイバルバトルの決勝が終わる)チームバトル・ベスト8戦まで向井不在で勝ち進む事が前提条件になる。それが負けてしまったわけで、せっかくの主力選手を持ち腐らせてしまったのだ。


「別に手を抜いたわけでも無いし、それで負けたのなら、それは仕方の無い事だ」

「「…………」」


 指導方針こそスパルタだが、それに反して向井は負けた彼女らを責める事はしない。その反応は、彼女たちには意外なものであったが、実際に目の当たりにすると納得できる反応とも思えた。


 そしてそんなさなか、向井が腰かける車椅子にARの体を無言で重ねる四つん這いの鬼メイドの姿が、妙に浮いていた。


「その、でも…………もう少し出来たというか、やり方次第では勝てたかなって」


 日本代表は、格上のアメリカ代表に対して善戦した。それは司会や観客も称賛する戦いぶりであり、運次第では『日本代表が勝っていたかも?』と思えるほどだった。


「それは当然、運要素のあるゲームだからその可能性はあるだろう。しかしそれならなおの事、その運の部分を責めるのは不合理だ」


 実際問題、装備やスキルの構成から生まれる相性問題は存在する。もちろん、RPGのような極端なアンチ装備は無いものの、それでも実力が拮抗する者同志で争う場ともなると、"メタ読み"は重要な戦略要素となる。


「でも、俺たちが負けたせいで、ボスが次の試合に出られなくなってしまって……」

「ボスが出ていれば、その、チーム戦でも優勝の可能性はあったわけですし」

「「…………」」


 しばしの沈黙。


 たしかに、向井が最初からチームバトルに出ていればアメリカ代表に勝てた可能性は高い。つまり、作戦が裏目に出た形になってしまったのだが…………向井を出さない作戦は本人が言い出したことであり、リスクも承知しての提案であった。


「まだそんな事を言っているのか? だから、"俺に頼るな"と言っただろ。短期間ではあるが、特訓の末に強くなったのはお前たち自身で、実際に当初の予想よりも良い成績をだせたんだ。負けて悔しい気持ちは理解できるが、それなら俺の顔色なんてうかがっていないで、もっと先の事を考えろ」

「その、本当に…………ボスは(チームバトルの)試合に、出ないつもりだったんですか?」

「だから最初に言っただろ」


 実のところ向井は、チームバトルの参戦を最初から渋っていた。最終的には『サバイバルバトルの牽制の為にもベスト8までは他の代表の指導に専念する』とした。しかしその胸の内は、それ以降も彼女たちにチームバトルを任せるつもりだったのだ。


「その、私たちがボスの、足手まといになってしまうから……」

「そこまで言うつもりは無いが、バランスが悪く見えるのは、確かだろうな」


 向井がチームバトルの参加を渋った理由は、彼が部外者(IBを続ける意思がない)であり、その上でもなお『パーティーメンバーが足手まといのように見られてしまう』事態を危惧しての事だった。彼女らとて実力以上の成果をのこしており、本来なら称賛されるべき状況なのにもかかわらず。


「ぐしし~。兄ちゃん、完全に"師匠"って感じ。初心者の癖に、偉そうなのにゃ~」

「まぁ、その、そうだな。俺が参加したとして、今以上の成果が残せたかも怪しいのに。その、戦わずして偉そうな態度をとって、申し訳ない」

「「ちょ、そんな!?」」


 重い空気を塗り替えるため、ニャンコロがタイミングを見計らって向井を嗜める。


 そして実際のところ、向井が最初からチームバトルに参加していた場合の結果が、今回の結果を上回れたか怪しい部分があるのは事実なのだ。サバイバルバトルはランダム性が高く、下に見られれば見られるほど多くのチームから狙われてしまう。それ以外にも、チームバトルの立ち回りを覚えるために必要となる向井の負担。そして他の代表を指導できない事による全体への影響。


 それらを天秤にかけた末の答えが『指導に専念する』であり…………なにより、向井の目にはアメリカ代表に勝てない事は最初から予想出来ていた。


「結局、悔しい気持ちは"成果"で返すしかないんですよね。幸い、サバイバルバトルの決勝戦や、シングルバトルが、まだ残っていますし」

「「…………」」


 先ほどまで車椅子に重なっていた変態メイドが場の空気を読んで、もっともらしい事を言いながら前に出る。


 向井だけでなく、このメイドも対人戦では無類の強さを誇る。それこそ1対3でも、問題無く勝てるほどに。しかしそれはリアル志向で、1対多の状況も考慮してデザインされたL&Cの中の話であり、(EXゲージがあり、同士討ちの無い)IBではそうもいかない。


 こればかりは根本的なゲームデザインの問題であり、逆に言えば、実力だけでそのデザインを覆されては問題になってしまう。そして何より、仮にそれが出来たとしても、向井は大人であり、自己顕示欲を満たすためにゲームを荒らすようなマネはしない。


「ま、まぁそういう事。次の試合も近いし、悔んでいる暇は無いのにゃ」

「そ、そうですね」

「つか、ボスも試合があるんだし、俺たちの反省会に付き合わせちゃ悪いよな!」

「そう言えば、ご主人様の次の対戦相手って、優勝候補でしたね」

「そうらしいな」


 実力だけ見れば優勝してもおかしくない向井だが、彼の実力をもってしても優勝は容易いものではない。


 ハッキリ言って、IBプレイヤー全体の平均レベルは低い。それは、純粋な格闘ゲームや銃撃戦をメインにしたタイトルの方が注目度やプレイ人口、そして商業的な規模の問題で強いからなのだが…………それでも頂点プレイヤーともなれば向井と張り合えるだけの実力者は存在する。


「その、次の対戦相手は、あまり良い噂を聞かない相手です。ボスでも、気は抜かない方がいいかと」

「あぁ。たしか……」

「お取込み中すいません。その、アメリカ代表の"レベッカ"選手からコンタクトが来ていまして、その、繋ぎますか?」

「「…………」」


 レベッカは、アメリカ代表のナンバー2。日本代表で言う所の風間ポジションに立つ選手であり、本来なら大会中の接触は憚られる相手となる。


「その、自分は"アリ"だと思いますが……」

「あぁ、いいんじゃないか? もう、アメリカ代表とは試合も無いし」


 しかしアメリカ代表は、シングルバトルとサバイバルバトルを落としており、今後の試合展開に直接的な影響は無い。


「そうですね。私もOKです」

「「俺も」」

「それでは、繋いでください」




 こうして反省会を中断する形で、突如アメリカ代表のレベッカが現れる。

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