#448 IBWGP④

「IBサバイバルバトル予選Bブロックの戦いが、今、始まりました」

「我らが日本代表チームは…………どうやら、激戦区を避けて廃墟エリアからスタートするようですね。これはまず、確実に予選通過を狙う作戦でしょうか?」

「サバイバルバトルはランダム要素が大きいですからね。予選で無理をしないのは良いと思いますよ」


 IB世界大会を中継する日本代表公式中継VRルーム。この場には無数の中継映像を前に、プロの解説者がその状況を分かりやすく説明する姿があった。


「そうですね。好成績をおさめたチームには次の試合でのみ有効なボーナスアイテムが支給されます。しかしそれは絶対的なものでは無く、倒されてしまえば奪った相手も使用可能です。準決勝ならまだしも、予選でソレを狙いに行くのはリスキーですね」


 サバイバルバトルは試合毎に参加できるチーム数が多いことから、予選も合わせて試合数が3回しかなく、本来は最後まで生き残った1チームが勝利するところを、ランダム性を加味して定められた条件(順位や特殊ギミックの解放など)をクリアすれば次の試合に進める形になっている。


「まぁ、有利なのは変わりないので、序盤のアイテム運次第では果敢に挑戦していきたいですね」

「そうですね。まずは得意武器のレジェンドを引き当て、回復アイテムなどの消耗品を効率よく回収していくところからです」


 ギャラリーの多くが、その分かり切ったセオリーの説明を聞き流す。サバイバルバトルは構造上、どうしても序盤の動きは単調になりがちで、解説者もクライアントに指示された非経験者向けの説明の消化を優先する。


「それでは、ここで日本代表チームの紹介に入ります。まず、リーダーを務めるのは……。……」


 チームの構成と、その大まかなプロフィールが紹介され、続けて解説者が彼らの意図を推測していく。


 解説者は当然ながら日本代表チームの運営と繋がりがあるが、詳しい内容は知らされていない。それは不正防止のためであり、選手団と外部の連絡は(特に試合中は)厳しく制限されている。


「しかし、熊井選手がサバイバル3人目の選手として出てきたのは意外でしたね。予想では、注目の新人、向井選手が濃厚だったと思うのですが」

「チームバトルの予選に熊井選手は居なかったので、この展開を予想した方は多かったと思いますよ。向井選手に関しては…………発表が本当にギリギリでしたからね。代表チームも、彼が居ない前提で編成を組んでいたのではないでしょうか」

「なるほど。体への負担も考えて、参加種目は絞っているのかもしれませんね」


 向井選手は入院患者であり『怪我人を戦わせるのか!?』と言う意見もあるが、より正確に言えば"障害者"であり、扱いとしてはパラリンピック選手に近い。医師の補助が必要なのは変わりないが、彼の出場を拒めば、それは"差別"となってしまう。


「それでも交代メンバーとしてチームバトルかサバイバルバトルに登録はしているはずなので、可能ならば……」

「見て見たいですね。彼のホームグラウンドであるL&Cは、オープンワールドのRPGゲームです。シングルバトルのように純粋に1対1で戦う局面はほぼほぼ無いので、本領を発揮できる環境はサバイバルバトルとなるのですが……」


 向井選手はシングルバトルの予選で、行き成り優勝候補の1人を完封するという快挙を見せた。その圧倒的な強さと、新たなリハビリシステムに参加する障害者としての話題性は凄まじく、彼は今や時の人。大手ニュースサイトも彼を大々的に取り上げたため、国内外を問わず"向井千尋"の顔と名は広まり、この大会の視聴者数も例年を遥かに上回るものとなっていた。





「気を抜くなと言っただろ! 常に状況を体で把握して、ニュートラルな状態を維持しろ!!」

「は、はい……」


 厳しい指導に、息を切らしながらも答える風間由香里。彼女は年上であり先輩プレイヤーではあるものの、火のついた新人は彼女を凌駕する実力を有しており、なにより容赦がなかった。


「判断が遅い! 相手の動きを正確に把握できていないから、いちいち反応が遅れるんだ!!」

「は、はい……。その、ちょっと、休憩を……」

「まだ一発も入れられていないのにか?」

「それは…………そうなんですけど」

「…………。まぁいい。ログアウトして少し寝ろ。覚える事が多すぎてパンクしているようだからな」

「あ、ありがとうございます」


 風間のアバターが、倒れながら光となって散っていく。


「その、お疲れ様です」

「あぁ、ありがとうございます」


 ログアウトした向井に、渋い顔のスタッフが飲み物を手渡す。


「その、向井さんて、思った以上に、その……」

「鬼のようですか?」

「いや、その……」


 口では濁すが、その表情は彼の言葉を肯定していた。


 向井は新人ではあるものの、同系の戦闘システムで培った技術は他メンバーを凌駕するのに充分であった。そうなると主力として試合にフル出場させたいところだが…………それを拒んだのは他でもない本人であった。そして彼は、出来た空き時間を他メンバーの指導に当てたのだ。


 もちろん彼は新人であり、L&Cに存在しない要素を覚える必要はある。しかしそれは、実際に体験するのが手っ取り早く…………何より彼は、他メンバーに欠けている『純粋な戦闘技術』を持っていた。


「自分も当初は無難にやり過ごすつもりでしたよ? でも、やっぱり皆、日本代表になるところまでは頑張ってこれたわけで、そういう"頑張る事"に対する適性はあるみたいですね」

「あはは、そのようですね」


 視線の先には、疲れ果ててソファーに横たわる風間の姿。


 彼女は元々対戦ゲーム系のコスプレイヤーであり、衣装だけでなく、体形の維持とそのゲームの攻略に人生をかけていた。その努力が実りプロ化、そしてストリーマーとして生計が立てられるまでになった。


 しかしプロゲーマーとしての収入は頭打ちになり、コスプレ系ストリーマーとしての収入が日に日に多くなっていった。彼女としては、コスプレや配信者としての活動も好きであり、その成功は素直に嬉しかったのだが…………プロゲーマーとしての彼女は、思う成果が残せない現状に憤り、配信を理由にその成績不振を無理やり納得している状況が嫌で仕方なかった。


「それで、"例の件"はどうですか?」

「あぁ、そうでした。上から許可が出たので、今日中には専用サーバーが用意できるそうです」

「お手数をおかけします」

「いえいえそんな。むしろ感謝しているくらいで」


 例の件とは、指導員として向井の知り合い数名を練習に参加させる話で…………セキュリティの問題で部外者を会場に入れる、あるいはアクセスポイントを解放する事は叶わなかったが、代案として外部に練習用のサーバーを新たに設け、そこで代表メンバーに特訓を施す形になった。


「そう言って貰えると助かります。やはり、フリー対戦で得られるものには限りがありますからね」

「え、あぁ、そうですよね」


 選手が普段対戦しているレート戦は、その実力に見合った対戦相手が優先的にマッチングされる仕組みになっている。当然ながら代表入りした選手のレートは最高ランクであり、トッププレイヤーといくらでも対戦できるのだが…………その対戦相手の実力は、向井の目から見て足りないものであった。


「うぅ…………なんで、あたらない…………つよすぎ…………コロ…………シテ」

「「…………」」


 仮眠をとる風間の口から寝言が漏れる。




 そんなこんなで、短い期間ではあるものの、日本代表チームは優勝に向けて努力を積み重ねていた。

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