#449 IBWGP⑤
「屋敷の中の状況はどうだ?」
「……あれは、日本チームの土門ですね」
丘の草むらに身を隠す一団。その中の1人が入手したスコープで周囲の状況を確認する。
「ほかのメンバーは確認できるか?」
「いえ。ですが籠城する構えなので、まず間違いなく居るかと」
「フッ。籠城するってことは、消耗品は充分確保できているって事だ。丁度いい、攻め込もうぜ」
彼らは次の決勝戦に向け、ボーナス目的で激戦区からのスタートを選択した。その甲斐あって装備は潤沢なものの、そこでの戦闘で回復アイテムを使い切ってしまった。
「いや、迂回する」
「何だよリーダー! ビビるような相手じゃないだろ??」
「ダメだ。日本代表には正真正銘のバケモノが居る」
「セインだっけ? 心配しすぎだぜ。そもそもサバイバルに登録していたら、急でも何でも予選から出場してくるだろ? 経験だってつみたいだろうし」
「そうだぜリーダー。交代要員として登録しておくならチームバトルだろうし、俺は連携が取れないって説を推すね」
注目の新人、日本代表の向井は、シングルバトルを順調に勝ち進むも、他の種目にはいまだに顔を見せない。大衆の予想では『強いのは確かだが、我が強すぎて連携が取れずにチームバトルを降ろされた』とされているが……。
「お前たちは何も分かっていない。セインの本当の恐ろしさは"策謀"だ。実際にソコに居ようが居まいが関係ない。ヤツは常に結果を残すために最善を尽くす」
「「…………」」
リーダーの言葉が理解できない面々。実際のところ、セインは時に表舞台に現れその強さを遺憾なく発揮するが、その華やかな舞台に留まる事は無い。彼にとっての"活躍"は常に"手段"であり、その瞳は遥か先を見ている。
「とにかく他を当たる。ステルス状態も維持したいしな」
「まっ、それもそうか」
彼らに限らず、向井を警戒して日本代表との戦闘を避ける者は多かった。
*
「なんですかその無駄な動きは? 世界大会の種目には、盆踊りも含まれているのですか??」
「ぐっ。向井以外にも、こんなバケモノが居たとは……」
メイド姿の鬼を前に、思わず膝をつく熊井。ここは仮想世界であり、アバターが負ったダメージは即時回復されるのだが…………その鋭く、隙の無い斬撃は、熊井の精神を斬りつけるのに充分であった。
「ボクに言わせてもらえば、皆さんがやっているのはあくまで"ゲーム"でしかありません。その場その場で勝つ事しか考えていないから、これほどまでに基礎が疎かになるのです」
「それは! いや、そうなのだろうな」
実際の戦闘では『単純に強い者が勝つ』とは限らない。それは運であったり、相性であったり。それがゲームとなれば更にその要素は増える。それが顕著なのがWWと、それをプレイする水野だ。
WWはサバイバルゲームであり、勝利条件は"生存"となる。つまり、場合によっては誰も倒さずに勝ててしまう。もちろん彼らも、平均からすれば充分強いのだが、優先的に求められる技術が他にある以上、それを置いて、実際の道場に通って本格的に剣術を学ぼうとまでは思わない。
「それで、いつまでそうして膝をついているのですか? 切腹なら、まずは腹を斬ってもらわないと、介錯に移れないじゃないです…………か!」
「ちょ!?」
「フフフ。今日でもう、何回死んだんでしょうね」
無抵抗なエモノを、鬼が楽し気に斬り刻む。
この鬼の主人は、素人相手に『一週間で基礎を叩き込める』なんて思っていない。もちろん、ある程度教え込む事は可能だろうが、それは付け焼刃に過ぎず、かえって弱くしてしまう可能性もある。そこで考えたのが『ひたすら本当の強さを見せつける』と言うもの。ランク戦で、ドングリに背比べをさせるのではなく…………指名対戦で、本当に上の次元で戦っている者の剣筋を見せれば『ドングリの剣筋など止まって見える』と言う、極めて荒っぽい作戦であった。
「ぐっ!? しかし、なんとか見えるようになって来たぞ」
「はい? それでさっきから動かず斬られるがままだったんですか? 呆れた。貴方も日本代表を名乗るなら、捨て身でも何でも、一矢報いにきてはどうですか??」
「それが出来たら……」
「出来ないなら、せめて口汚くボクを罵ってみてはどうですか? さぁ、ボクは一向にかまわないので、どうぞ!」
「くっ…………本当に、L&Cのランカーは狂人しかいないのか?」
*
「えっと、なんと言ったらいいか…………ホント、すいません!!」
「いえ、いいんです。私たちも、この体験から得られるものがある事は理解していますから」
休憩中の風間が、ARによって映し出されたユンユンに謝罪される。
そして部屋に並ぶモニターには、他の代表メンバーが痛めつけられる光景が映し出されていた。向井が連れてきた者たちは、必ずしも代表メンバーを凌駕しているとは限らない。しかしそれでも、楽観できる相手は居らず、普段とは毛色の違う強者を前に、有意義な経験を積み上げていた。
「あれで兄ちゃん、根は熱血体育会系だから…………根性と言うか、精神面の強さを重視するのにゃ」
指導を切り上げ、現れたのはニャンコロ。
2人は風間(ユッカ)と、直接的な面識は無いものの、同じストリーマーとして互いに知る仲であり、打ち解けるのに時間は必要なかった。
「その、なんと言ったらいいか…………ストイックな人ですよね、自分にも、相手にも」
「普段は割と放任主義で、縁の下の力持ちタイプなんですけど……」
「今回は時間が無さ過ぎたのにゃ」
視線の先では、10体の"ゴースト"に囲まれる向井の姿。
基本システムは同じであっても、IBにはL&Cに無い武器や必殺技が多数存在する。それを1つ1つ調べていてはとても時間が足りない。そのため向井は、リプレイデータを5個同時に再生して、その中で要所となる部分を自身の眼力頼みで見極めているのだ。
「ねぇ、ゴーストの数、増えてない?」
「増えてるのにゃ」
「1人相手にするだけでも大変なのに、あの人、本当に地球人ですか?」
「「…………」」
視線を逸らす2人。
常人に理解できない神業は、どの業界にも存在する。たとえば同じ色の石のみで囲碁の対局をやってのけたり、深夜の峠を無灯火で駆け抜けたり。それは傍から見れば人間業では無いが、それでも間違いなく実現可能な技なのだ。
「はぁ~~。そういえば、今日の放送は良かったんですか? その、つき合わせちゃったわけですけど」
「あぁ、まぁ、私たちは編集動画メインだから」
ユンユンは事務所に所属しない個人勢だったが、自ら事務所をたちあげる形で企業勢になった。まだ規模は小さいので融通は利くものの、やはり勝手に配信を休むなどの自由な行動はとれなくなる。
「あぁ、予約投稿のストックがあるんですね」
ストリーマーのスタイルは様々で、ユンユンは事前に編集した動画を投稿する"投稿者"。対してユッカはゲームのプレイ風景を生配信する"配信者"となる。
「にゃんにゃん。それに、"営業"もしないといけないし」
「はい?」
「知っていると思いますが、私たち、L&Cの攻略サイトの運営もやっているんです」
「そうらしいですね」
そして個人勢と企業勢の違いは、その規模と多角的な企画にある。個人勢は、何らかの理由でアカウントを凍結されると、そこで収入が突然ゼロになってしまう。それは企業勢も同じだが、他の業務で損失を補填する事や、所属する別のストリーマーの動画に有償出演する手段もとれる。
「それで、風間さん…………いえ、ユッカさんには、体験だけでもいいので、ウチの事務所・YYPの活動を知って欲しいなって」
「それは……」
こうして彼女たちは、日本代表の対戦相手を務める恩を傘に、ちゃっかり有力ストリーマーと繋がりを深めていた。
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