#447 IBWGP③
「いや~、流石はセイン、じゃなかった向井さんです!」
「そんなに言いにくいならセインでイイですよ」
「しかし参ったよ。まさか倒しきれなかったとは」
基本操作を教えた直後の『熊井vs向井』は…………なんとダブルKOによる引き分け。同系のバトルシステム経験者とは言え、初心者がいきなり日本代表と互角の戦いを見せたのだ。強いと言うのは聞いていたが、ここまで来ると驚きを通り越してホラーの領域だ。
「それはそうですよ。なにせ"セイン"はL&Cのトップ、つまり世界一位なんだから!?」
「それは痛感したよ。正直、後半は俺も本気だった」
熊井さんの強さは私も知るところであり、そんな彼が苦戦する姿には驚かされたが…………この結果はある程度予想していたのか、熊井さんの表情は落ち着いている。
熊井さんの最高ランクは、たしかシングル10位だったか。序盤は確かに手を抜いていたが、終盤はL&Cに無い戦闘システムを利用して強引に引き分けに持ち込むのが精いっぱいだった。初回でコレなら次はもう、引き分けに持ち込めるかすら怪しいだろう。
「申し訳ないのですが、バイタルチェックを……」
「あぁ、すいません。ちょっと失礼して」
「え? セインさん、どこか悪いんですか?」
話も途中に、向井さんが控えていた看護師に呼び止められる。一応、彼は怪我人であり、その治療も兼ねてL&Cをプレイしている。
「そういう訳では無いんですけど、いつもは常時バイタルを測定できるマシンでインしているので」
「あぁ、なんか凄すぎて、足が不自由なの、忘れていました」
「これは形式的なものなので気にしないでください」
「ゲームしながら神経の治療が出来るって、凄い世の中になったものですね」
「あぁ」
昔読んだ漫画で、耳や目の不自由なキャラが『不自由だからこそ感覚が研ぎ澄まされて強い』みたいな設定があったけど、向井さんもその類なのだろうか? いや、まったくの無関係って事は無いだろうけど…………それで強くなれたら、同じモニター参加者は皆、ランカークラスの実力が得られる事になってしまう。ここはやはり『もともと才能があったところにゲームに集中できる環境が合わさった』結果と考えるのが妥当だろう。
「それより、参加種目はどうします? ぶっちゃけ、セインさんが居れば
「つまり、向井さんの2種目目をどうするかって話か……」
まだIBのシステムに慣れてもらう必要はあるものの…………向井さんの実力なら、シングルは間違いなく表彰台レベル。そこに加え、もう1種目でも表彰台入りすれば、総合成績でも表彰台が見えてくる。
「まぁ、順当に行けばサバイバルですね。セインさんは丁度スカウト系ビルドですし!」
「そうだな。L&Cの内容的にもそれが無難か」
「待ってください! それはそうかもですけど……。……!?」
異議を唱えたのは水野。彼は私のファンらしく、大会で私と共闘できるのを楽しみにしていたようだ。いや、ファンかどうかは確定していないのだが…………彼は私のチャンネルのプレミアム会員であり、態度を見るかぎりまず間違いないだろう。
それは悪い気はしないものの、私はストリーマーであり、特定のファンとリアルで交流を深めるのは憚られる立場にある。今回は国別対抗ってことでなんとか代表入りできたが、やはり私のメインはバーチャルアイドル・ユッカとしての活動であり、アイドルとして守るべき部分は守らないと生きていけない。
「それならいっそ、こう言うのはどうですか!?」
*
「えっと、自分はそれでも構わないですけど」
提案された種目分けは意外なものであった。
シングルバトル:[熊井]・[向井]・風間(予想:風間)
チームバトル:[風間]・向井・土門・水野(熊井・土門・水野)
サバイバルバトル:[水野]・[土門]・熊井(向井)
てっきりサバイバルバトルに回されると思っていた二種目目はチームバトルになり、代わりに熊井さんがサバイバルバトルに回る形になった。
・適性表(シングル・チーム・サバイバル)
熊井:[優]・ 良 ・ 良
風間: 良 ・[良]・ 良
水野: 不 ・ 可 ・[優]
土門: 可 ・ 良 ・[良]
向井:[優]・ 優 ・ 優
「いや、でも…………熊井さんは、それでイイんですか!?」
「ん~、そうは言っても、俺はシングル以外はトントンだからな」
IBでの総合成績は熊井さんがトップらしいのだが、彼はシングルバトル専門で、他の種目の腕前は『可もなく不可もなく』程度らしい。そこで風間さんが提案したのは、不確定要素の多いサバイバルは重視せず、チームバトルに俺を組み込んでシングルバトルと合わせて2本柱で総合成績を稼ぐ作戦。(理想を言えばチームバトルを風間・熊井・俺にしたいのだが、ルールの問題でそれは出来ない)
それならサバイバルバトルに俺が入って成績を稼いでも同じに思えるが、風間さんは『トータルで見れば、その方が上位を目指せる』と言って譲らず、熊井さんもそれに賛同した形になった。その言葉に嘘は無いと思うのだが…………真の狙いはサバイバルバトルのリーダーである水野さんと俺を組ませないためだろう。彼は俺を敵視しており『このままではポテンシャルを発揮できない』と考えたのだ。
「まだ申請には猶予があるし、とりあえずこの組み合わせで様子を見ましょ?」
「それは……」
水野さんが、風間さんと組みたがっているのは態度を見れば一目瞭然。彼は自分の専門分野であるサバイバルバトルで良いところを見せたいようだ。WWはサバイバルバトルに特化したタイトルであり、他種目での活躍は難しい。つまり、チームバトルに入ってもレギュラー入りできないのだ。
一応、シングルバトルの3枠目を捨てて、風間さんをサバイバルバトルに組み込む事は可能だ。しかしこの組み合わせは、シングルバトルの総合成績を下げてしまうリスクに対して得られるリターンが見合っていない。
「さぁ、そうと決まれば時間も惜しい。さっそく……。……」
他のスポーツも同じだが、やはり国別対抗大会は普段組んでいるチームで参加できないので大変だ。しかし観客からすれば、感情移入しやすく、イレギュラーも起きやすいので見ごたえがある。
今回の話、『日本代表が総合成績で上位に食い込むのは不可能』である事は事前に聞いていたので、俺も『個人成績だけ稼いで終る』つもりだった。しかし、総合成績でも上を目指す姿を見て、畑違いとは言え大会を適当に流そうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。さすがに表彰台は難しいにせよ、せめてそれに近いところまで…………そしてなにより、日本代表を応援してくれる人々のために『ベストを尽くさなければ』という気持ちが湧いてきた。
こうして俺はスポーツマンシップを思い出し、遅ればせながら闘志に火がついた。
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