#444 YYP②
「そう言えば、ユンユンさんはお兄ちゃんの正体を知っているんですよね?」
「え? まぁ、兄ちゃんの事は"もしかしたら"程度だったんですけど…………アイちゃん、いや、愛花ちゃんに関しては、妹から聞いていたので」
向井君との出会いは、中学の頃所属していた陸上部。通っていた中学校は部活動の所属が義務であり、そうなると問題になるのは『やる気のない人たちの受け皿』だ。まだ文化系の人は良いのだろうけど、運動部はサボりたくてもチームや試合でなにかとかり出されてしまう。その点、陸上部は個人競技であり、顧問の先生もユルい感じの人だったので、帰宅部志望や、そこまでいかなくとも同じくユルいノリで流したい人たちが集まっていた。
私は別にサボりたかった訳ではないのだけど、小学校の頃から陸上を続けていた事もあり深く考えずにそんな陸上部に所属してしまった。今思えば美術部に入るべきだったのだが、当時はまだアニメやゲームにはそこまで詳しくなかったのだ。
そんなわけで不真面目な人の割合が高いながらも、その輪に加わりたくも無かったので1人でコツコツ続けていた陸上部に、後輩としてやってきたのが向井君だった。彼はいわゆるドライ系のイケメンで、モテるにはモテたけど、真面目な性格のせいで敵もそれなりに居た。
そして着実に結果を残していった向井君だが、陸上部が成果を上げて注目を集めたり、皆で応援に行ったり、なんて流れをよく思わない人たちの間で軋轢が深まっていった。当然ながら、向井君は不真面目な人たちなんて相手にしないし、軽い脅しに屈するほどヤワでもない。
そしてついに事件は起きた。不真面目なグループが行っていた嫌がらせが限度を越して、衝突が起きたのだ。しかし幕切れは驚くほど呆気ないもので、真面目な優等生の向井君相手に、不真面目な生徒や顧問が擁護されるはずもなく、纏めて処分される事になった。
その時、私は何も出来なかったけど…………同じ真面目組として近くでよく見ていた。結果は"勝利"と言って差し支えないものだったが、そのせいで向井君は遊びたい盛りの生徒(中学生)にクラスや学年の垣根をこえて嫌われるようになってしまった。
しかし、そんな事をモノともしないのが向井君。その後は特に大きな事件も無く、卒業に合わせて私と向井君の接点は無くなった。なったのだが…………しばらくして妹から、向井君が交通事故にあって一生、歩けない体になってしまった事実が知らされた。
「あぁ~。しかし、凄い偶然ですよね。ゲーム内で知り合いに出会うなんて」
「そこまででは無いと思いますよ? だってL&Cはワンサーバーだから。むしろ……」
「??」
その時は本当にショックだったし、時々、その後の展開を妹に訪ねていた。しかし、相手は病院から出られない体であり、私も積極的に何かできる性格ではないので、それっきりとなってしまっていた。
そんな中で私は、ゲーム内で向井兄妹と思しき人物に出会った。愛花ちゃんとの面識は無かったので最初は『(聞いていた)性格と名前が似ているだけの他人』と思っていたが、やはりセインは向井君そのままで、永遠のソロプレイヤーだった私も、思わず心変わりしてしまった。
「これまで数えきれないほど大勢の人と擦れ違ってきて、ようやくって感じです」
「へぇ~」
しかし、2人が元気でやっている事が分かっても…………両親を亡くしている事実は変わらない。L&CやYYPの事は抜きにしても、私は何かしらの形で2人を助けられたらと思っている。
「あぁ、それと!」
「??」
「今更だけど、ニャンコロさんって、デジタル系の仕事をしていたんですよね? そっちは良かったんですか??」
「え、あぁ、うん。アレはあくまで個人の活動だから」
最近やっていなかったので、私もすっかり忘れていた。
私は性格的な問題で、自宅で出来る仕事を探していた。その結果行きついたのが"デジタルデザイナー"であり、大学で必要な技術を学びながら…………個人や同人サークルからバーチャルアイテムの制作依頼を受けたり、自分でもマッサージ器具のレビュームービー制作の仕事をこなしたりして、ソコソコ稼いでいた。
「そうなんですか? えっと、それでですね…………もしYYPの業務として協力できるものなら、教えて欲しいなぁ~、なんて」
「えっと、それは…………その! ユンユンさんも知っての通りのモノしか、作っていませんかひゃ!?」
「??」
思いっきり声が上ずってしまった。
私が作っていたバーチャルアイテムは、いわゆるコスプレ系であり、同人なので如何わしいことにも使われるし…………レビューにかんしても、アバターやボイスチェンジャーを通しているとは言え、思いっきり年齢制限付きのマッサージ器具とそのレビューだ。
もしそのレビュー動画が、ユンユンさんや、それこそ向井君に知られたら……。
「………………」
「ニャンコロさん。顔が赤いけど、大丈夫ですか??」
「ひゃいん!? こ、これは違うの!!」
危なく、スバルちゃんみたいな状態になってしまう所だった。
「やっぱり、モテるんですね。あの人」
「「あっ」」
清水さんの視線が刺さる。その『やっぱり』ってのが気になるが……。
そんなこんなで私たちは清水さんの協力もあり、無事、YYPの立ち上げに成功した。
しかし私たちは知らなかった。攻略サイトの案件や、コンサルタントを雇うために払っていた"代償"を。
*
告知1
ひとまず、商業化のお話は一区切りで、(お正月休みを投じた)連続投稿は今回で終了になります。続きは、また余裕が出来たらという形でお願いします。
告知2
新作として『トンネルを抜けるとそこは異世界でした ~クラスメイトなんてどうでもイイけど、俺はこの地獄を生き延びて自由を勝ち取る!~』を公開しはじめました。内容はタイトルそのままですが、興味が湧いたなら一読してもらえると助かります。
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