#445 IBWGP①

「……で、頑張りたいと思います」

「「おぉぉ!!」」


 選手の挨拶の終わりにあわせて、観客席に設置されたマイクが繋がれ、その歓声が会場を盛り上げる。


 しかしその歓声は、抽選で選ばれたエキストラのものであり、事前の打ち合わせに沿った演技であった。いや、彼らも挨拶の内容は知らされておらず、感動する気持ちはあるのだが…………大会参加選手は事前のトーナメントで決まる事もあり、このゲームに関わるものなら誰しもが知るところであった。


 今回の催しは、あくまで外部向けの告知イベント。用意されたAR会場には、各国の会場で撮られた立体映像が合成され、あたかもその場に皆が集まっているような画が映し出されている。そしてそれを見守るのは、eスポーツ関連の報道陣。eスポーツは年々その権威を高めており、近年では現実世界で行われる世界大会と同等の地位を確立していた。彼らは来るべき本大会に向け、その情報を広く世界に発信していく。


「それでIBインフィニットブレイド日本代表、最後の選手を発表します!」

「「…………」」


 突然、静まりかえる会場。


 それもそのはず、代表チームを取りまとめる各国の事業部には特別指名枠が与えられており、日本代表に関しては今まで頑なに非公開が貫かれていた。それが今、この場で発表されようとしているのだ。


「系列タイトル、Law and Chaos online7から参戦! インフィニットシリーズよりも長い歴史を持つそのタイトルで、現在! 頂点に立つプレイヤー。セインこと…………向井千尋 選手です!!」

「「おぅえぇぇぇ!???」」


 スクリーンに映し出された車椅子の青年に向け、会場から奇妙な歓声が飛びだす。それもそのはず、向井千尋と言う選手は、今回がメディア初登場であり、完全な番狂わせであった。


 いや、それよりも重要なのはその前。不意打ちで発せられたのは対人最強と謳われる伝説のプレイヤーの名前であり、謎に包まれたそのプレイヤーが突然、別のゲームの発表会で実名を公開したのだ。


「おい、今セインって言ったよな?」

「うっせやろ!? マジでセインなの??」

「え? セインって誰? なんでそんなに驚いてるの??」 


 たしかにIBの世界大会は、他のスポーツ大会と同様の厳しい審査があり、素性を隠しての参加は認められない。そのため、一部の実力者は"身バレ"を理由に予選大会の参加を見送る、あるいはある程度勝ち上がった段階で辞退する者が多い。


 セインは、プロ化するのに充分な実力を有していながらも、その意思は無く、L&C以外での露出も無かった。なにより、彼は現在Cルートの頂点の一柱『大罪の魔王の座』に向けて最後の追い込みをしているはずなのだ。それがこのタイミングで出てくるのは不自然であり、彼を知る者の多くは、その事実を受け入れられずにいた。


「いや、でも、それなら発表をギリギリまで渋っていたのは納得かな?」

「たしかにセインなら、相当参加を渋ったはずだ」

「いや、たんにサプライズで隠していただけだろ?」

「分かって無いな」

「あぁ、分かっていない。セインは、そういう浮ついたPCじゃないんだよ」

「??」


 収集のつかない観客席をよそ目に、司会が選手の紹介を続ける。


「彼、向井選手は…………見ての通り、足が不自由で、普段は病院で暮らしています」

「「!!?」」


 衝撃の事実に困惑しながらも、観客の表情は徐々に納得へと変わる。


 確かに長期入院患者なら、長時間のログインは可能であり、現実世界での活動が求められるプロ化も難しい。その説明は、散り散りだった点を繋ぐには充分な理由であった。


「今回は病院や医師の協力により、何とか出場できることになりました! それでは、向井選手、お願いします」

「はい、ご紹介に預かりました向井です。僕は事故で……。……」


 選手の口から、大会とは直接関係ない身の上話が語られる。その内容を耳にし、多くの者が彼の身に降り注いだ悲劇に同情する。しかし中には……。


「え? もしかしてセインって、宣伝で参加したの??」

「いやそれは、そういった一面もあるって話だろ?」


 向井選手は、VRを使ったリハビリシステムの開発に関わっており、大会参加はその宣伝も兼ねていたのだ。しかしそれは、彼も本意とするところではなく、拒否し、所属部署も営業には直接関わっていない事から彼の希望を尊重していた。しかし…………各所からの圧力もあり、彼は『知り合いへの便宜』と引き換えに、ギリギリになって大会参加を了承したのだった。


「……と言う事で、IBに関しては全くの初心者なので、お手柔らかにお願いします」

「「…………」」


 再び観客席のマイクが繋がれるも、打ち合わせにあった歓声はあがらない。




 しかしそれは、彼の参加を快く思わない意思からではなく…………初心者の定義についての悩みから来るものであった。

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