#443 YYP

「それでは、この内容で手続きをさせて貰います」

「「お願いします」」


 ユンユンさんと二人で秘書っぽい人に頭を下げる。


 この人はコンサルタントの"清水"さん。私たちは会社として活動していくにあたり、必要な段取りをお願いする事になった。正直なところ、こんな同人サークルみたいな集まりに対して仰々しすぎると思ったが…………兄ちゃんの紹介もあり、初期準備だけは有償サービスを利用して確り整える事になった。


「えっと、それじゃあ私たちはクラウドの設定を済ませちゃいましょうか」

「は、はい」


 結局、オフィスは流行りのバーチャルオフィスを利用する事になった。これは名前の通り、(リアルでは無く)仮想空間にオフィスを構える方式で、すべての業務がネット上で完結するような職種ならサーバーのレンタル代+追加料金でオフィスが持てる今時のサービスで…………今はユンユンさんのアパートから設定を行っている。


 この設定が終われば、通勤とは無縁の会社が完成する。ちなみに、オフィスのデータはレンタルサーバー上にあるので、構造的にはL&Cのギルドホームとほぼ同じものになる。


「えっと、この設定は……」

「そこは、この管理者IDの……。……」


 しかし当然ながら、設定作業はリアルで行う必要がある。いや、分かっていればネット上ですべて出来るのだが…………とくにユンユンさんにソッチ方面の知識は無く、お互い勉強しながら進めていく形になった。


「とりあえず、こんなところかな?」

「そうですね」

「本当に、ニャンコロさんには助けられっぱなしで」

「そんなこと」


 上手く言葉には出来ないが、助かっているのはむしろコッチだ。私はすでに副業でそれなりに稼いでいたが、性格的に就職は諦めていた。それが弱小企業とは言え"会社員"になれるのだ。もちろん、将来性や収入に不安はあるが、それでも私が絶望的に苦手にしている人付き合いを回避できるし、ユルいところならクレジットカードやローンが組める利点は大きい。


「すいません。屋号に関してなのですが」

「あぁ、それはもう、"ユンユンプロデュース"(YYP)で確定しちゃってください」

「畏まりました」


 社名は、YYPに決まった。当然、社長はユンユンで、従業員は今のところ私1人。卒業や退院を期に新しく増える予定はあるが…………他のバーチャルアイドル事務所のようにスタッフを何人か"所属"という形で抱え込む計画もある。


 因みに、清水さんは兄ちゃんの紹介なので、当然ながら兄ちゃんの事は知っているそうだ。個人情報もあるのでそれ以上は教えてもらっていないが、諸々の事情は把握したうえで指導してくれている。


「そう言えば、"案件"の話って……」

「まったく、お兄ちゃんもとんだ爆弾を落としてくれたわね」

「その、"公認"になれるなんて、思ってもみなかったですね」


 所属制にもかかわってくるが、なんと、攻略サイトがL&Cの運営に『公認攻略サイト』として認定され、さらには報酬が貰える事になった。もちろんこの話を受けると、運営の監修が入るなどのデメリットが生まれるが…………それでも収入に加えて、運営から協力(情報に正否を問えるなど)が得られる利点は大きい。それこそ、他に公認サイトが生まれない限り、私たちの攻略サイトが『不動の1位』を約束されたも同然となる。


 加えて、なんと他の(オープンアクション方式の)提携ソフトからも同様の攻略サイトの作成オファーが来ている。コチラはまだ当分先の話になるが、成功率が高いのは間違いなく、そのあたりの人材も募集していく必要がある。


「アイドル、辞めるつもりは無いんだけど…………ココまで来ると、ちょっと揺らいじゃうわ」

「攻略サイトから流れてきたファンで、登録者数が増えたんですよね?」

「まぁね」


 苦い笑いのユンユンさん。


 攻略サイトの管理作業は、基本的に私が受け持つ事になるのだが、それでも仕事量的にユンユンチャンネルの運営方針に変更を加えざるを得なくなった。ユンユンチャンネルは、PVやアバターの変更は外注に頼る代わりに、普段投稿している動画の編集作業は自身で行っていた。


 それが今後は、出来る作業はメンバーに積極的に割り振っていき、代わりに外注頼みだった作業の一部を私が受け持つ事になる。つまり、それぞれ担当に専念するのではなく『得意な分野を活かす形で協力していこう』って話だ。これを提案したのは清水さんであり、当初、ユンユンさんはこの方針を渋っていた。しかし会社としてやっていく以上、効率・負担・収益を考えて、あるていど妥協できるところは妥協していかなくてはならない。


「最終は誰しも引退する事になりますけど、ユンユンさんはまだ早いですよ」

「お兄ちゃんやアイちゃんなら、好きにすればイイって言うでしょうけどね」

「「……フフッ」」


 私は、本当にツイていると思う。それはユンユンさんや攻略サイトの事もそうだが、いつも裏で暗躍、もとい、支えてくれる兄ちゃん…………向井君の後押しも忘れる事は出来ない。




 そう、向井君との出会いは……。

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