#440 バーチャル事務所・ユンユン③
「……。……」
「……本気なのは理解しているし、俺も偉そうなことが言えた義理は無いがな」
「その、お兄ちゃんには、腹を割って正直な意見を教えて欲しいの」
会議のあと私は、セインとプライベートチャットルームで改めて話をする事になった。
「正直な意見を言わせてもらうのなら…………将来の事を考えると、出来ればアイツラを誘うのは止めて欲しいと思っている」
「ぐっ、それは……」
もっともな意見だ。私は以前、モデルで生計を立てていた。あの時はソコソコ売れて、これからも上手くいくと思っていた。しかし現実はそうでは無かった。25歳を超えたところで、私をチヤホヤしていた人たちは一斉に離れていって、空のスケジュールが無言で引退をすすめてくる。しかし『社会経験の乏しい我儘な女に、今更何が出来る?』って話だ。
本来なら、玉の輿をつかまえるか、AVや水商売にシフトするべきなのだろうが…………プライドと友達居ない病に阻まれ、貯金を切り崩す日々を続けていたある日、私は『本来の目標』を思い出した。それが"アイドル"であり、私は貯め込んだブランド品をすべて売り払ってVRマシーンや商業用のオリジナルアバターを用意した。
「でもまぁ、将来が不安な事を理解したうえで本人が同意したなら、俺もそれ以上反対はしない。正直…………ニャン子とか、会社向きじゃないからな」
「あぁ、うん。ですよねぇ~」
よく知らなかったとは言え、我ながら無茶な事をしたと思っている。今の時代、バーチャルアイドルなんて飽和しきっていて、実力だけではどうにもならない状態だ。
成功率を考えると、やはりコスプレやオッパイで釣る作戦だろうか? イロモノのコスプレは苦手だが、スタイルには自信がある。しかしそれで成り上がっても、運営サイトの規制でいつ消されるか分かったものじゃない。確実なのは、一握りの人気事務所に所属して"箱"(グループ)で売り出してもらう方法だけど、そのオーディションのハードルが高すぎて今さらどうにもならない。
「だが性格はさて置き、実力で見たらニャン子は年収500万以上だって狙える人材だ。それに見合う給料を、サイト1つで払っていけるのか?」
「それは……」
それでも有り金をつぎ込んだおかげもあって、なんとか個人勢としてギリギリやっていけるラインに乗ることが出来た。しかし、そこからもなかなかの地獄だった。少しずつファンを増やし、貯めた資金をアバターのバージョンアップやPV作成で溶かす作業の繰り返し。本当ならダンスレッスンやボイストレーニングにも通わないといけないのだが、とてもそこまでの余裕はなかった。
「もちろん、アイツなら薄給でも文句は言わないだろうけどな。人付き合いとか、苦手な部分をカバーして貰えるのなら」
「あぁ、うん。バランスが極端なんだよね、あの人」
それもまた心理。会社や他の芸能プロダクションだと、年齢や金で見切りをつけられるところが…………ストリーマーの世界だと自由や情を重んじる層が結構いて、たとえば事務所が買収されて経営者が入れ替わると、ストリーマーは去った元経営者を追って『また1から事務所を立ち上げ直す』みたいな流れになりやすい。
それはストリーマー自体が、社会の歯車になる生き方が出来ない者の集まりであり、視聴者に直接自分を見せていく職業なので"情"をとった方がウケが良い事実がある。
「とりあえず、俺も出来る部分は協力するが…………未成年をスカウトするなら、保護者の同意は忘れるなよ」
「え、あぁ、うん」
口酸っぱい事を言いながらも、なんだかんだで協力的なセイン。今居るバーチャルルームも、セキュリティ対策がなされた有料ルームをわざわざ用意してくれた。
「あと……」
「??」
「SKを誘うなら、芋づる式にバレるだろうから先に言っておくけど、俺はアイツとリアルで面識がある」
「えぇ!?」
面識もそうだが、セインがプライベートを告白したのが何よりも意外だ。皆には(雇うかは別にして)声をかけているが、セインに関しては『機嫌を損ねる』と思ってあくまで協力しか頼んでいない。
「あと、直接の面識は無いが、他にも何人かリアルを知っている」
「え? マジで? ストーカーなの??」
「帰っていいか?」
「わぁ~、今の無し。お兄ちゃんはむしろ、される側だもんね!」
「いや、そんな事は無いと思うんだが……」
意外過ぎる事実だ。アイちゃんがリアル妹である事は聞いていたが、セインも含めて知人をL&Cに誘うタイプではない。加えて、自動翻訳機能もあって世界中からプレイヤーが集まっている。そんな世界で、知人が偶然集まるのは天文学的な確率だ。本当にそんなアニメみたいな展開、リアルであるものなのだろうか?
「でも、凄いじゃない。それならリアルでミーティングも出来るし」
「つか、おまえ、"あの子"からそのへんの事情、聞いていないのか?」
「え? なんの話??」
「いや、聞いていないなら、それで」
「ちょっと、気になるじゃないの。教えなさいよ!?」
よく分からないが、セインが協力的なのはそのあたりの事情が絡んでいるようだ。
「いや、オフ会をしたら幾つかは分かると思うが…………バレない可能性もあるのにすべて話すわけにも」
「そう言えば、SKとは面識があるって言っていたわね。でも、SKは他の子たちと全然、接点がないみたいな事言っていたわよ?」
セインの指導もあって、皆は個人情報を確り守っている。一応、ログイン時間などの情報から、同じ日本人である事と、ザックリとした職業くらいは聞いていたが。
「まぁ、話がすすんでいけば順番に分かるだろう。あぁ、あとこのチャットルーム。AR(拡張現実)にも対応しているから、今後も使いたかったら、使ってもいいぞ」
「え? マジで? それじゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
ARにも対応しているのなら、リアル会議に参加できない人もその場にいるような感覚で参加できる。もちろん、専用の機材を持っていないので対応しているスタジオかネットカフェを借りる必要はあるが…………今後の事も考えて、収益で機材を買ってしまうのもイイかもしれない。
その後、本格的なオフ会の調整が始まり…………大半のメンバーが、通勤可能なほど近い場所に暮らしていたことが判明する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます