#439 バーチャル事務所・ユンユン②

「はぁ~ぃ、それでは第972回、ユンユンチャンネル商業化会議を開きま~す」

「今回は流石にユンユンさんが議長なんですね」

「そうなのにゃ~」


 今日も円炬燵に、選ばれし英雄が集う。


「それはイイけど、呼ぶ相手を間違えてない? 私、PK担当なんだけど」

「それはホラ、リアルの話もあるから、今回は水面下の調整って事で」


 今回集められた人選は、ユンユンが独断と偏見で選んだ信用できる人材となった。そのため攻略動画の制作にあたっている自由連合のメンバーは呼ばれていない。


「まぁ、あくまで相談って事でイイんじゃね? 私なんて入院中の病人だぜ??」

「いや、アンタは病人じゃなくて怪我人でしょ? 全然違うじゃない」

「相変わらず細かいな、ヒィちゃんは」

「ヒィちゃん言うなし!」


 毎度のやり取りに笑みが漏れる。しかし今回は、ユンユンも人選を考えて仕切り屋も呼んでいる。


「ちょっと、今回はお金も絡む真面目な話なんだから、フザけないでよね!」

「「はぁ~ぃ、ナツキママ」」

「ママ言うなし!」

「お、お姉ちゃん……」


 集まった面子は、ユンユン・にゃんころ・スバル・ナツキ・コノハ・SK・Hiの7人。あと1人呼んだ人物が居たのだが、彼は当然のように狩りに出かけてしまった。しかし、ログインはしているので何かあれば連絡は可能だ。


「それで、攻略サイトを商業化するんですよね? 正直なところ、コンサルティングですか? そういう人に任せるべきだと思うんですけど……」

「いや、そこまで大事にするつもりは無いっていうか、そもそもそこまでの収入もない訳だし」


 攻略サイトの収入は、たしかに個人としては大きいが、企業でやるには少ない。それこそ本格的な事務所や機材を揃えてしまえば赤字になるほどに。


「100万ポイントだっけ? それだけあってもダメなの??」

「ん~、そのあたりの計算は複雑で予想が立てられない部分もあるんだけど…………そこから給料や経費を払ったら終わりな感じ。それになにより、攻略サイトがある日、突然ライバルや規制の煽りで潰れちゃう可能性だってあるわけじゃない? そこまで腰を据えて投資するのは、正直危険なのよね」

「それは……」

「そう言えば光熱費とかって、会社だと結構するんですよね?」

「ん~、そうね。外注費用さえ押さえられれば、あとキツいのは家賃と税金くらいかな? 場所次第な部分もあるけど、それだけで1人分のお給料くらいにはなるかね」

「「うぇ~」」


 彼女たちも就職を控え、人気職業である動画配信者に憧れる部分はあった。しかし無所属の配信者の現状は厳しく、なにより社会的地位がフリーターと変わらない事実が重くのしかかる。


「ユンユンさんって、前からバーチャル1本で生計をたてているんですよね? その、もっと低い収入で」

「まぁ、そこは私1人の事だし、ファンの支援や、税理士さんとも相談して経費をコチョコチョやってようやくね」

「なによその、コチョコチョって」

「いや、まぁ…………動画の企画って事で、いくらか生活費を経費として計上しているのよね」

「そう言えば、家賃とかパソコン代も経費になるんですよね」

「ヤバイ、頭痛が……」


 難しい話ではあるが、税金が割合で増加する以上、収入を経費で減額すればそれだけ節税になる。加えて、生活費の一部を経費として申請できれば、その分手取りが少なくても生活できてしまう。自営業の商店が赤字でも潰れないのは、そういったカラクリがあってこそなのだ。


「まぁこういう職業は、基本的に自宅で、自分のパソコンを使ってようやくって感じなのにゃ」

「それ、会社って言えるの?」

「言うだけなら言えるけど、形態的には同人サークルみたいなものなのにゃ」

「いや、その同人なんとかがまず分からないんだけど」

「にゃ~ん。助けて兄ちゃん」

「いや、セインは居ないから」


 彼が居たとしても何か解決するわけでは無いが、それでも彼女たちを纏めるだけの発言力は持っている。


「その、他のアイドルの方はどうしているんですか? 完全に個人で活動している人以外だと」

「アイドルって言うか、ストリーマー全般で言えば2拓ね。登録制の事務所に所属して、手数料を払いながら個人では難しいところだけサポートしてもらうか…………外注に近い形で、人を雇ってマネジメントや編集作業をお願いする感じ。今回のケースなら、後者になるわね」

「なるほど」


 企業と言うので仰々しくなってしまっているが、今回のケースは『個人がバイトを雇う』のとほぼ同じになる。ただしそこに、専属契約や機密事項が絡むだけで。


「そういう所は意外に多いのにゃ。機械音声でニュースサイトや掲示板の情報を紹介している所なんかは特に」

「そうですね。実は全部外注で、投稿者はソレを仕切っているだけ、みたいな感じ」

「「へぇ~」」


 動画を投稿する場合、演者の演技力や、話題の選択、編集能力に、時間やコラボ企画などの調整、必要になるものは多岐にわたり、さらに視聴者が求めるハードルも高くなっている。それを個人として低いレベルで割り切って続けるのか、あるいは外注を活用してハイリスクハイリターンな運営に移行するのか、それはその管理者の自由となる。


「めんどくせぇな。そんなの抜きで、個人的な"お小遣い"ってことじゃダメなのか?」

「それって、贈与税がかかるんじゃないの?」

「この場合だと労働に対する報酬だから所得税とかになるかな。あとは結局、市民税とかも納めないといけないのもあるわね」

「うぇ~~」

「SKさんって、事故する前はしばらく働いていたんですよね?」

「あぁ、そう言えばその辺、あんまり気にした事無かったな」

「面倒な事務処理は、雇う側がやってくれるものだからね。源泉徴収とか市民税。だからそのあたりの処理を会社でやらないってなると、それを自分でやる事になるわね」

「あぁ、それは無理かも。税金の計算って、控除とか色々あって、マジで意味わかんないもん」

「今は自動計算で勝手に出してくれるから、ちゃんと準備していれば意外と簡単なのにゃ」


 今回の場合なら、お互いが個人事業主となってお金のやり取りをする形と、個人事業主がアルバイトとして雇い入れる形の2つに分かれる。


「その準備が分からないんじゃん」

「だからこそ、私的には苦労してでも"最初にしっかり態勢を整えて安心したい派"なのよね」




 その後も話し合いは続き、結局、彼が戻るまで何も決まらなかった。

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